618.Side Story:in Parliament4
「……──さて。一通り事件について振り返ったところで。皆様お待ちかねの、帝都復興計画について話しましょうか!」
「「「「「!!」」」」」
ケイリオルが愉悦を帯びた声で宣言すると、貴族達はびくりと肩を跳ねさせて口を噤んだ。
「これについては僕よりもシャンパージュ伯爵に説明いただいた方が早いでしょう。では、お願いしても?」
「ええ! 任されました!」
ホリミエラの顔までもが愉悦に咲く。一見して優男な彼のまるで悪魔のような表情に、シャンパージュ伯爵家と因縁のある家門の当主達が、「ひぃっ!?」とか弱い悲鳴を上げる。
「ゴホン。皇家を中心に、わたくし共シャンパー商会、そしてランディグランジュ侯爵家にて既に帝都の復旧を進めており、この調子でしたらあと一ヶ月程で復旧そのものは完了致します」
「お、おお! それは僥倖だ。さ、流石はシャンパー商会ですな!」
「そそ、そうですね!!」
貴族達がわざとらしく持ち上げると、ホリミエラは汚物でも見るような目で彼等を睨み、続けた。
「この調子ならば、あと一ヶ月もかかるのです。お分かりですか? 一ヶ月要してようやく、復旧が成し遂げられるのですよ」
「よ、よいではないか。それ程早く復旧が終わるのは、やはりシャンパー商会のちか──」
「来月。六月の上旬に何があるのか、皆様お忘れなのですね。ああ……なんと愛国心の無い方々なのでしょうか」
「え?」
「六月上旬といえば、建国祭…………はァッ!?」
「「「「「「建国祭!!」」」」」」
苛立ちを募らせつつもつとめて冷静に振る舞うホリミエラに促され、貴族達はようやく一大イベントを思い出した。
──建国祭。それはフォーロイト帝国の建国記念日を祝う為に用意された、最長で一ヶ月に及ぶ帝国民が愛する最大の祭り。
パーティー嫌い・祭り嫌いの皇帝の意向で、毎年二週間程度で終えることを強要されていたが……今年は久々の例外。四年に一度訪れる、完全なる建国祭を行える年なのである!
四年ぶりの一ヶ月に及ぶ建国祭を全力で盛り上げるべく、帝国民達は数ヶ月前より準備に励み、地方民も帝都への旅行計画などを立てていた程。
当然、そのような稼ぎ時を商売ジャンキーのホリミエラが見逃す筈もなく。彼はおそらく、フォーロイト帝国内の誰よりも建国祭への熱意を滾らせていた。
──が、しかし。建国祭の舞台となる帝都がこの有様なので、彼は非常に焦っていた。何もしない貴族達への不満を募らせながら。
故の、この圧である。何もしていないという自覚があるのかないのか、貴族達は顔色を悪くする一方だ。
「我々も全力を尽くしてはいるが、やはり帝都全域におよぶ重軽度の被害となると手が回らなくなる。最も被害の出た西部地区を中心に復旧しておりますが、このままでは建国祭には到底間に合わない。皇家の支援とランディグランジュ家のボランティアだけでは、まだ足りないのです」
だからお前達も協力しろよ。と言わんばかりの圧に萎縮する貴族達を横目に見つつ、ロアクリードがゆっくりと挙手する。
「シャンパージュ伯爵。我々リンデア教も、帝都の復興支援に名乗り出て構わないかい?」
「!?」
まさかの発言にミカリアは瞠目し、キッとロアクリードを睨んだ。
いつかの夜にリードと名乗った聖職者の青年が今や教皇となり、しかしてあの頃と変わらない穏やかな面持ちで提案したものだから、
(縁とは、本当に不思議なものだな)
ホリミエラは感慨深くなり、小さく微笑んだ。
「──えぇ、勿論ですとも。しかし、寧ろ宜しいのですか? 貴方がたにとってなんの利益もないでしょう」
「困った時はお互い様と言うだろう。君達にとっては馴染みがない教えだろうが……リンデア教では、隣人が困っている時は迷わず扶けることが最たる美徳とされていてね。私は、教義に則った行動をしたいだけなんだ」
だから、普通の厚意として受け取ってくれたら嬉しいよ。とロアクリードは微笑む。が、その裏では、
(はは、いい気味だね聖人サマ〜〜? 絶対中立の立場故に何も出来ず、さぞや歯痒いだろうね〜〜。元々、帝都復興の為の支援をさせてほしいとベール伝にアミレスさんに伝えていたし、なんなら既にケイリオル卿に打診していたけれど……敢えてあの男の前で宣言してよかった! けっこうスッキリした!!)
意外といい性格をしているロアクリードは、世界一嫌いな男に嫌がらせをする機会を見逃さなかった。彼の思惑通り、ミカリアは穏やかな作り笑いの下で、激しく憤る。
(当てつけのつもりか? 当てつけのつもりなんだろうな。この男はそういう男だ。知ってか知らずかすぐ僕と姫君を引き離そうとするし、姫君の前で僕を貶めることに余念がない。なんという卑劣さか……!!)
声には出さずとも心の内で捲し立てる。ロアクリードが彼を心底嫌うように、ミカリアもまた心底ロアクリードを嫌っていた。
ここまでくればいっそ鮮やかな相互嫌悪っぷりである。
しかし、ミカリアは百年近く聖人を務めてきた男。つとめて冷静に、聖人として彼は振る舞う。
「……勿論、我々国教会としても手を尽くさせてもらうよ。フォーロイト帝国に限らず、友誼を結ぶ国の一大事とあらば、国教会は平等に力になると約束しよう」
「おお、流石は聖人様!」
「リンデア教や国教会がお力添えしてくださるならば、建国祭期間中にはなんとか復旧が終えられるやもしれぬのでは……!」
何も知らない異教の指導者による言葉より、彼等にとっても身近な天空教──その教えを唱えし国教会の指導者の言葉のほうが、彼等の心に響くのは自明の理。ロアクリードの時よりも遥かに反応があった。
「終わるんじゃ、ではなく終わらせるのです。建国祭の開幕は六月四日。目標は……そうですね、六月十日には帝都全域における復旧を終えたいところです」
(──十七日のメイシアの誕生日は、なんとしてでも予定をこじ開けなければならないのでな。さっさと復旧を終わらせねば!)
親バカもとい一人娘を溺愛するホリミエラは、娘の誕生日だけは絶ッッ対に仕事をしないと毎年決めていた。四年に一度の大規模建国祭でもそれは変わらないらしい。
「とッ────」
「「「「十日ぁっ!?」」」」
「はい。十日です」
あまりの無茶振りに貴族達が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をすると、ホリミエラは鬼畜さが隠し切れていないにこやかな笑みを作り、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出した。
体を震え上がらせ、いい歳したおじさん達は小動物のように縮こまる。とにかくホリミエラが怖くて、何も反論が出来ないらしい。
♢♢♢♢
「……──といった流れでいきましょうか。皆々様、各種手配の方、よろしくお願いします」
「はいよ」
「お任せを」
「ああ、分かった」
ケイリオルが話を総括すると、ログバードとホリミエラとトールがそれぞれ軽く返事する。
誰もホリミエラの圧に勝てないまま、帝都復興計画の話は進み、多くの貴族に半ば無理やり協力を取り付けた形で話はまとまった。
数時間に及ぶ会議を終え、ゲッソリとした様子の貴族達がゾロゾロと大会議室を後にするなか、今しがた纏まった帝都復興計画と妖精族侵略事件の資料に視線を落として、フリードルは思う。
(…………精霊の所為で起きた事件なのだから、街の復旧も精霊にさせるべきではなかろうか)
精霊の力があれば、建国祭に間に合うように復旧する事とて叶うだろう。と、件の関係者達がなんとなく目を逸らしていた事実に気づき、フリードルは眉間に皺を寄せて、冷えた息を短く吐き出した。




