617.Side Story:in Parliament3
非常に機嫌が悪く、言葉に棘がある二人の説明が終わりを迎えると、続いては妖精軍──女王近衛隊との戦いへと話題は移った。
空から、地から。不気味な空間の歪みより妖精の軍勢が帝都になだれ込んできた光景は、まさにこの世の終わりのようだった。当時帝都に滞在していた貴族達はそれを思い出し、苦い顔になる。
「──件の信徒より奇跡力を剥奪した直後、女王近衛隊なる妖精軍が侵略を開始。妖精女王本人まで降臨し、帝都は本格的に妖精族との戦いの舞台となりました」
これはマクベスタ・オセロマイトが説明する。彼もまた、当事者としてこの会議に参加していたのだ。
女王近衛隊との対峙についての説明を求められたマクベスタは、時にほんのりと嘘を織り交ぜつつ、九割は真実に彩られた報告を行う。
「当時妖精と対峙した我々は、まず女王近衛隊と呼ばれる軍隊の幹部相当の妖精達を各個撃破する事に。幸いにも戦力的に余裕があり、無事作戦成功と相成りました。その後は報告資料にもありますように、女王近衛隊内での叛逆と内部分裂により、妖精女王は妖精界に戻り、女王近衛隊は瓦解したようです」
上手い具合に攻略対象がアミレス一行にボコられた件を隠しつつ、マクベスタは淡々と説明する。
すると一人の貴族が挙手し、マクベスタに質問を投げかけた。
「マクベスタ王子。妖精と戦ったと聞くが……具体的にはどのようにして、妖精を討伐してみせたのだ? 妖精とはなんとも厄介な力……奇跡力、とやらを持っているのだろう?」
「……そうですね。端的に言えば、死ぬまで殺し続けたというだけです」
「──は?」
「奇跡力とて有限である以上、それが底を尽きるまでとにかく戦い続けただけに過ぎません。少なくとも自分達はそうでした」
「……『自分達は』、とな?」
他の者達はどのようにして妖精を屠ったのか。貴族達の興味がそちらに向いた為、マクベスタは、列席している他の当事者達に順に視線を送った。
「……自分が聞いた限りでは、そちらのジスガランド教皇も似たような作戦をとったとか」
(ここで私に振るのかい!?)
「──ま、まあ。そうだね。どちらが先に死ぬか……なんて我慢比べをしたよ、私も」
ぎょっとした表情で固まったロアクリード=ラソル=リューテーシーが困った様子で答えると、「なんと。ジスガランド教皇もご助力くださっていたとは……」と貴族達は感嘆の息を零す。
「…………そう感謝される事ではない。私は偶然この件に首を突っ込み、流れに身を任せていた結果、妖精と戦っただけだ。感謝ならば──やはり、君達国民を守るべく身を粉にした王女殿下達にすべきだろう」
人好きのする笑みを浮かべ、ロアクリードはさらりと標的をずらす。そもそもがアウェーであり、この場に異教の指導者も同席する以上、あの男の前で自分ばかりが持ち上げられるというのは、可能なら避けたい展開なのである。
その後も当事者を中心に妖精との戦闘についての話が弾み、早くも十数分が経過しようとしていた。
「──我等が王女殿下をはじめとした有志の尽力の甲斐あって、女王近衛隊を無事撃退。帝都の安全は守られました。改めて、王女殿下方に感謝を述べなければなりませんね」
このまま収拾がつかなくなると判断したケイリオルが強引に締めくくる。その言葉を受け、どこからともなく当事者達への拍手が起きた。
閑話休題。話題は、『何故妖精は帝都を狙ったのか』というものに変わる。それが分からなければ、今後もし似たような事態に陥った際に対策のしようがないからだ。
しかし。その瞬間、ごく一部の男達の間に緊張が走る。
彼等は知っていた。妖精の目的がとある精霊であったことを。そしてそれを明かしたならば、精霊の契約者ということになっているアミレスが、批難の矢面に立たざるを得なくなると、理解していた。
故に。なんと彼等は、誰一人妖精の目論見については報告しなかった。報告書に記載しようとすらしなかったのだ。
(……妖精の目的がたった一体の精霊だと知られては、その精霊を呼び込んだアミレスが糾弾されかねない。一体どうすれば…………)
マクベスタは逡巡する。唇を真一文字に結んだ険しい顔で、じわりと手の甲に汗を滲ませて。
同じくして、イリオーデやミカリアやロアクリードが出方を窺っていた時だった。瞳を伏せて黙考していたフリードルが、おもむろに目蓋を持ち上げて口を開く。
「──氷の城。フォーロイト帝国が誇る時と歴史を重ねしこの王城こそ、妖精の狙いだった。奴等は煌びやかなものを好むという……この美しき城が、相当妖精女王の気に召したのだろう」
(フリードル殿……!?)
まるで真実のように語られた嘘八百に、マクベスタは瞬いた。否、マクベスタだけでなく、真実を知る者達は全員驚いたことだろう。
(この借りは高くつくぞ、アミレス)
臣下を前に嘘を並べるというのは、割かし彼の信念より外れた行動だが……背に腹はかえられなかったらしい。
小さく息を吐き、フリードルは堂々と腕を組む。その姿を見て、誰が彼の言葉を疑えようか。
「それならば納得ですな。この城は何年経っても美しいまま。神の造った芸術品のようですから」
「では、もしまた妖精が侵略してきたならば……その時は王城を守れば良いのだな。比較的、対処もしやすそうではないか」
「元より王城には幾重のも結界が展開されておりますし、気を張りつめる必要も無さそうで安心しました」
「それに、我々には皇帝陛下や皇太子殿下、そして王女殿下がいらっしゃる! 此度も最小限の被害で済んだのだ、もし二度目があろうと憂うことは何もあるまい!」
貴族達は胸を撫で下ろし、談笑する。
どこか平和ボケした姿に妖精と対峙した男達が呆れの視線を送る傍らで、ケイリオルは苦笑し、話を進めようと口を挟んだ。




