614.Main Story:Ameless2
相変わらず、ミシェルちゃんはよく分からない質問を繰り返す。んんんん……? と唸りながら、彼女はまたもや意図の見えない問いを投げかけて来たのだ。
「それじゃあ、フリードルは……?」
「彼は……どうも近頃は気が触れているから、あまり関わりたくはないけど……嫌われていても変に執着されていても、大事なお兄様であることに変わりはないかな」
「き、気が触れ……え? じゃあ、えっと、み、ミカリアは!」
「私の存在が彼にとって少しでも救いになるのなら、誰になんと言われようが彼の友達であり続けたい。私とミカリアは……とても、似ているから。彼には自由になって欲しいと思ってるよ」
「えぇ……ふ、複雑……。アンヘルは? 彼はどうなの?」
「アンヘルはごくごく普通のスイーツ好きの同志だよ。ただ…………うん。想像を絶するような苦痛を味わってきた彼のこれからの日々が、生きていて良かったって思えるような──甘く楽しいものになりますように。って祈ったりもしてる」
「い、祈りですか……これはもしや……やっぱりそういうことなの……?」
以前アンヘルから託された、吸血鬼一族の事実上の絶滅までの顛末を描いた絵本。正式にシャンパー商会を通して出版され、とある吸血鬼の一族の過ちは、今や帝国市民を中心に広まりつつある。
その内容を反芻しながら、私はアンヘルの幸福を居もしない神様に祈った。──どうか、彼が少しでも報われますようにと。
なので、嘘ひとつ混じらない本心そのもので回答したのだが。ミシェルちゃんは訝しげにこちらを見遣り、ぶつぶつと呟くだけで。
「……なるほど。お兄さんが言ってたのはそういう……これはなんというか、うーむ。難儀だなぁ…………」
怪訝な視線から一転。ミシェルちゃんのそれは、珍獣でも見るかのようなものになった。
なんだその目は。
「……これ、多分何も言わない方がお兄さんにとって良い方に働くよね。うん。きっとそうだ。よし──きゅ、急に変なことを聞いてごめんなさい! あたし、もう帰りますね!」
「え? もう帰っ──」
露骨な怪しさを全身に纏い、ぎこちない笑顔で彼女はスササッ、と後退する。そのまま後ろ手に扉を開き、「お邪魔しました!」と元気に言い放って退室した。
「……一体なんだったの……?」
一人取り残された私は、呆然としながらその場で首を傾げた。
♢♢
「はぁっ……!」
既に一往復はした廊下を疾走する。途中ですれ違った侍女さんに『危ないですよ』と窘められたので、全力疾走ではなく競歩ぐらいの小走りだが。
やがて、何度目かの角を曲がったところで、道の先に目的の人を発見する。
「おに──じゃない、カイル!」
「あぁ、やっと戻って来た。忘れ物は見つかっ」
「カイル! 大変だよ!!」
「ちょっ……何なに急に詰め寄るな」
カイルの言葉を遮る勢いで捲し立てる。
「アミレス、あの子すっごい鈍感だよ!! びっくりするほど! なのに重度の博愛主義者っぽくてちょっぴり怖いよ!!」
「アンタ忘れ物取りに戻ったんだよな?? なんで忘れ物取りに行ってそんな話が出てくんだよ」
もしも。恋とか愛ではなく、お兄さんが、ただずっとアミレスと一緒に居たいのなら……なんとかそれを叶えてあげたいと思った。
お兄さんには前世でお世話になったんだもん。今世でこそ恩返ししなきゃ! と思ったのだ。だから、お節介だとは思うが、アミレスからカイルに対する気持ちを聞きに行ったのである。
──その結果が、アレなわけだけど。
なんというか……お互いにあのレベルの重い感情を向け合ってるのなら、両想いでいいと思うんだけどなぁ。
お兄さんは恋愛を否定するし、アミレスは本当に友達としか思ってなさそうだし。なんなんだろう、この人達。下手な愛情よりもずっと怖いよ。
「経緯はイマイチ分からんが、まあ、アンタの言ってることには激しく同意する。アミレスはなぁ……クソ鈍感だし、無自覚人誑しだし、愛され方が分かんねぇくせに身内への愛が重いし、何気にスパダリ攻め様の素質まであるんだよ……いつになったら他人の人生を狂わせた自覚を持ってくれるんだろうなァ…………」
愚痴のように語るが、彼の表情はどこか明るい。──これで好きじゃないってどういうこと? もうっ、あたしには分かんないよ!!
「というか、人生を狂わせた……ってどういうこと?」
アミレスはそのレベルの事件を起こしていたの!?
「見てりゃ分かるだろうよ。アイツの周り、アイツに性癖か人生を狂わされた奴しかいねぇから」
「そ、そうなの……? じゃあまさか、お兄さんも……」
「もれなくそうだな。正気を捨ててなきゃ、人生オールインとか出来ねぇっつの」
「は、はあ……」
この人、アミレスに人生オールインしてるんだ。え、重っ………………。
「おいなんだその呆れ顔は。お前が始めた物語だろうが」
「す、すいません」
ペコペコと謝りながら、あたしは思う。
かつて自分も憧れていた、逆ハーレムなるもの。皆に愛してもらえるというのは確かにとても魅力的なのだが……いざそれを目の当たりにすると、『大変そうだなぁ』という感想が勝ってしまった。
アミレス、一周まわって怖いぐらい皆に愛されていて大変そうだなぁ……。
よかった。あたしは逆ハーレム未遂で終われてよかった。あたしにはロイがいるからもう十分だね。高望みなんてしちゃ駄目だね。ウンウン。




