607.Epilogue:Festa delle fate
フォーロイト帝国は皇宮・東宮。
そこでは、三体の竜がカードゲームに興じていた。
「む。妖精共の気配が消えおったわい。つまり──アミレス達は勝ったのじゃな!」
きゅぴんっと頭上のアホ毛を跳ねさせ、ナトラは満足気に笑う。
「流石ですわね、お嬢さん達は。……何も力になれなくて、私としては不甲斐ない限りなのだけれど」
「ベールが気に病むことじゃない。僕達はそれぞれ、満足に戦えない状態なんだから。下手に暴れてもいたずらに被害を拡大させるだけだっただろう」
「でも……」
「こうして如何なる外敵からも娘の帰る家を守る事。それが竜に与えられた役目だったんだから、反省点なんてどこにも無いよ」
物憂げな表情のベールを、クロノは彼なりに慰めようとする。
竜兄妹は妖精との戦争にあたり、待機を言付かっていた。それはひとえに彼等の力が強大過ぎるからであり……クロノの言う通り、下手に暴れられると極光結界を以てしても帝都への被害は避けられないと、シルフは考えたのだ。
しかし、『アミレスを泣かせた妖精共に意趣返しをせんと、この煮え滾りし腸は収まらん!』とナトラが駄々をこねるものだから。数分程頭を悩ませ、シルフは一つの妥協案を提示した。
それが、アミレスが唯一心より安らげる場所──彼女の帰る家を守るという大役なのだ。
実際、何度かこの東宮に妖精が訪れもした。その度にナトラとクロノ、そして少し前に彼等を訪ねて来たベールが、妖精を全て返り討ちにしてきたのである。
「早く帰ってこないかのぅー。早く帰ってこないかのぅー。むふふっ、我、しっかりとあやつの留守を守ったのじゃ。これはアミレスに褒めて貰わんとな!」
無邪気に体を揺らし、ナトラは侍女達が用意した茶請けの人型クッキーを頬張る。そこでポロリ、と。クッキーの一部が割れ、机に落ちた。
「……むむ。クッキーを食べるのは未だに慣れん。なにゆえ、我の牙は鋸の歯のようなのじゃ……?」
不貞腐れながら落ちたクッキーを拾い、ナトラは少しだけ、鋭い瞳孔を動かす。
(……頭の部分が落ちてしまったか。あまり縁起が良いとは言えんな)
ぱくりとクッキーを呑み込み、ナトラは窓の外を眺めた。
♢♢
「──ああ。もう、終わったのですね」
途端に静けさを取り戻した帝都を見遣り、僕は呟く。
フォーロイトが懸命に発展させてきた街は、もはや半壊状態。これは復興が大変そうだ。
……まぁ、こうなる事を予想して、既に街の復興や各種支援の手配に移っていたのですが。
「さあて。これからまた、忙しくなりますねぇ。一体何日間寝られなくなるのでしょうか」
自分で口にしておきながら、とても虚しくなるそれに乾いた笑みを浮かべつつ。僕は次の用事に向かう。
街では、戦い疲れたのかぐっすりと眠る彼女を、これまた不思議な面々が囲んでいる。魔眼で様子を窺っていたところ、悪魔が察知したのか牽制されてしまったので、その後は分からずじまい。
だがまぁ……彼等に限って、悪いようにはしないだろう。アミレスはきっと大丈夫だ。
…………なのに。どうして、こんなにも胸騒ぎがするんだろう。
「……何かと悪い方向にばかり妄想を膨らませてしまうのは、我が悪癖だな」
多感な頃に推理小説に出会ってしまった弊害、と口を滑らせば世界中の推理小説ファンに後ろ指を指されてしまいそうだ。
──この胸騒ぎが、悪癖による妄想で済んでくれる事を、今はただ祈ろう。
これにて、長かった妖精の饗宴編終幕となります。
次話よりまた新編が始まりますので、ごゆるりとお待ちいただければ幸いです。