606.Main Story:Others4
感情を綻ばせたラヴィーロから放たれたのは、己を信じ共に歩んでくれた腹心の部下への、最大級の感謝であった。
「──私と出会ってくれてありがとう。己の在り方すらも分からぬ私にとって、汝からのひたむきな尊敬と感謝というのは、少し、面映ゆかったが……とても嬉しいものだった」
「〜〜〜〜ッ、ラヴィーロ、さん……っっっっ!!」
どう足掻いてもこの別れは避けられぬと悟り、サンクは俯いて肩を震えさせた。それを横目に見遣り、
「……精霊王。汝に頼みがある」
なんとラヴィーロは、残り僅かな命で取引を持ち掛けた。
「どの立場で言ってるんだ、貴様。身の程を弁え──」
「首を縦に振らねば、この街全体を宝石化して自壊し、道連れにしてやるが」
「……外道め。何が望みだ」
ラヴィーロがその気になれば帝都との心中とて可能であろう。それが容易に想像出来たので、シルフは苦虫を噛み潰したような表情で取引に応じた。
「残りの妖精を、見逃してはくれないだろうか。近衛隊は壊滅状態であり、残るは女王陛下の為にと勇気を振り絞った者ばかりだ。だからどうか……まだ生きている彼等を、妖精界に帰してやって欲しい。汝であれば可能であろう?」
提示された条件はなんとも一方的なものであった。
確かに、人間精霊連合軍による殲滅を経て、彼の語る通り、残った妖精は見習い兵士や穢妖精ぐらいなものだ。
これならば見逃しても差し支えはない。……のだが、
「捨て駒のように扱っておきながら、何故今更下々を気にかけるんだ?」
見逃してやる理由も特に無い。
「……確かに私は、この計画の為に全てを犠牲にした。契約を遵守るべく愛し子だけは殺さぬよう留意したが……他の全てを私は切り捨てた。必要な犠牲だと目を逸らした。──私を信じた者達を裏切ったのだ。罪滅ぼしをしたいと願う事さえ、私には許されぬのだろうか」
ぽつりと零したラヴィーロに舌打ちをお見舞いし、シルフは「さっさとしろ」と吐き捨てた。
ラヴィーロは「感想する」とだけ述べ、感知出来る限りの妖精・穢妖精の全てを妖精界に強制送還する。
帝都中から存命の妖精が消えた事を確認し、孤独の中戦っていた終末の獣──フィンは、首を傾げつつも理性を取り戻し元の姿に戻った。
エレノラも、ゲランディオールも。武器を携え、どこか腑に落ちない様子ながらシルフの元に舞い戻る。
「これで、私の役割は全て終わったか」
「……含みのある言い草だな」
「当然だろう」
ピシッ、と大きな亀裂がラヴィーロの顔を駆け抜ける。肩の荷が降りて気が大きくなっているラヴィーロは、爽やかに、今際の言葉を吐いた。
「──私はとうに、奇跡力の大半を失っていたのでな」
シルフが目を見張った瞬間、ラヴィーロの肉体は粉々に砕け散った。地に転がる七色の宝石達は、先程まで人型を取っていたとは思えない程、無機質に輝いている。
(……つまり。先程の人質発言は虚勢だったってこと?)
ふざけんな! と、シルフは騙された事に気づいてわなわな震えた。
しかしどれ程怒りを覚えようが、件の男は既に死しており報復など叶うまい。それにまた憤怒を抱きつつ、シルフは踵を返した。
勿論。向かうは、己が愛し子の元。ずんずんと肩で風を切って進み、宝石化したアミレスを支えるエンヴィーの前にて立ち止まる。
シルフと目が合う。エンヴィーは静かにマントを広げ、腕の中に隠していた少女を解放し、ふっと微笑みを浮かべた。
「寝てる、ね。──相当な痛みだったから、きっと、時の中で気絶してしまったんだろう」
「でも、姫さんは五体満足です。結果的には妖精女王も退ける事が出来たので……これならば、俺達の勝ちと言えるでしょう」
腕の中で眠る少女は、不穏な汗こそ流せど、その体に目立った外傷はなく。ふと見ただけだが、魔力炉等の体内の異変も無さそうだ。
「……良かった。アミィが無事で。本当に良かった」
噛み締めるように繰り返された言葉。自分の事情に愛し子を巻き込んでしまったことを悔やみながら、シルフはエンヴィーからアミレスを預かり、抱き抱える。
「アミレスは無事なのか!?」
「王女殿下……!」
「あのっ、主君はどうなったんですか!!」
「アミレス──」
「我が愚妹は無事か」
ラヴィーロを相手取っていた為、アミレスの一大事に駆けつけられなかった面々が、ようやく自由になったその体で駆けつける。彼等は一様にして心配していたが、宝石化から解放された彼女を見て、またもや一様に胸を撫で下ろした。
♢♢♢♢
「──皆さんこちらにいらっしゃいましたか」
「お。戦い、もう終わってるみたいだな」
「そりゃあよかった。僕もう疲れちゃったからさ〜」
「嘘をつくな、嘘を。オマエ、先程まで嬉々として妖精を痛ぶっていたではないか……」
各個撃破作戦の為散らばり、まだ合流出来ていなかった面々が続々と集結する。
特大戦力たるミカリアとアンヘルの到着がもう少し、厳密にはあと数十分早ければなァ──。とカイルが遠い目になったところで、ユーキとセインカラッドの後ろから、更に二つの人影が。
(うぅ……この人との接し方、よく分からないよぅ!)
と、内心で嘆くミシェルの横で、
(……──やはり、あの跡は…………)
やけに真剣な様子で考え込む、シャルルギル。どうやら単独行動していた彼を、念の為にとミカリア達が拾ってきたようだ。
「それにしても。まさか妖精との諍いに巻き込まれるとは。人生、何があるか分からないものだねぇ」
「おいおいリード。お前、巻き込まれたって語る割に相当はしゃいでなかったかァ〜〜?」
「余計なこと言わないのー」
わざと、意識を逸らしているのか──ロアクリードの露悪を喜び反芻するシュヴァルツ。悪魔らしいその愉悦的な一面に、若き教皇は眉間を押さえた。
「お兄様ぁっっ!」
「レオナード様!! よくぞご無事で……ッ!!」
「ローズ。モルスも……心配かけてごめん。それと、ただいま」
「ほ、ほんとうに……っ、じんぱい、じだんですがら……っ!!」
レオナードとローズニカが涙ながらに熱い抱擁を交わす傍で、護衛騎士のモルスは深く背を曲げていた。
──わいわいと。勝者達は盛り上がる。
その幕引きを担ったのが敵方の裏切り者だったとは言えど。彼等が命をすり減らして奮闘し、最善を尽くした事に変わりはなく。
ならば祝おう。今ばかりは、奇跡を司る存在を退け、勝ち残った人間達を褒め讃えよう。この戦いの功労者は眠ってしまっているが……彼女のぶんも、今は喜ぼう。
……──饗宴は終幕した。我々は、大切なものを守り抜き、そして取り戻したのだと。