604.Main Story:Others2
「はじめて会ったあの日からずっと、ずぅっと──あなたに恋をしていたわ。だからお願い、わたくしだけのお星さまになって!」
「……はぁ。聞くに堪えない戯言だろうとは思っていたが、予想通りとは。生憎とボクは貴様を心底軽蔑しているし、吐き気を催す程嫌悪している」
「なんでそんなことを言うの? どうして? わたくしがあなたを好きなのに、どうしてあなたは応えてくれないの?」
「はっきり言っても伝わらないとは。とんだがらんどうだな、貴様の頭は。会話するだけで頭痛が酷くなる」
猫被りのシルフしか知らない面々は、らしくない冷徹さと傲慢さを前面に出すシルフに戸惑った。
そして。己の何が悪いのか理解出来ていない女もまた、困惑する。
(どうして、どうしてなの? お星さまはどうして、わたくしのものにならないの?)
欲しいものを全てを手に入れてきた彼女にとって、それは理解し難い出来事であった。
難しい事を考えずともただ『欲しい』と言えば全てが手に入った。誰もが全てを差し出してきた。そうやって気紛れにあらゆるものを手に入れてきたものだから、彼女は手に入らないものがあるなどと考えもしなかったのだ。
「──ボクは貴様が嫌いだ。貴様から向けられる感情も、執着も、何もかもが煩わしい。貴様のものになるぐらいなら神々に尻尾を振った方がマシだと思える程にな」
殺意すらも抱く相手に媚びる方がマシ──。その言葉に、同じくして神を憎む悪魔は、気持ちは分からんでもない。と乾いた笑いを浮かべた。
どれだけ鈍感でも気付かざるを得ない明確な拒絶。白の山脈のように高い心の壁と、魔界の深淵峡のように深い溝。シルフの言葉は、妖精女王に生まれて初めての絶望を与えた。
「………………うそ。うそよ。そんなはず、ないわ。だって、わたくしが……わたくしは、あなたを好きなのよ? なら、わたくしのものになって当然でしょう? どうして……あなたはわたくしのものにならないの────?」
目玉が転げ落ちそうな程目を見開き、彼女はぶつぶつと呟く。
「いや、嫌よ。わたくし絶対に諦めないわ。だってわたくしは──あなたが欲しいから!!」
ラヴィーロの予想通り、妖精女王はその恋を諦めなかった。失恋を受け入れなかった。
狂ったように髪を振り乱し、彼女は駆け出した。目指すはシルフ──ではなく、彼の心を奪う小娘の元。
「あなたさえ……っ、あなたさえいなければ! お星さまはわたくしを見てくれる! わたくしのものになるのよッッッ!!」
「──いいえ。貴女様の望む未来は、決して訪れてはくれないのです」
荒れ狂う妖精女王の前に立ちはだかったのは、包囲網を掻い潜り駆け付けた、ラヴィーロであった。
「アイツ、何を企ん……ぅ、ッ!」
眩暈がする程の頭痛に襲われながら、カイルはぽつりと呟く。
「たい、ちょ……お願いだから、無茶、しないで……くれよォ……」
ラヴィーロの言葉を疑わず信じてきたサンクも、これには戸惑いを隠せない。ロアクリード達のことも忘れ、ハラハラとした様子でラヴィーロを見つめていた。
「ラヴィーロ? あなた、何をしているの?」
「……弁明は致しません。私は、私の判断で女王陛下の道を阻んでおります」
「何をしているのと、わたくしは聞いているのよ。どうしてあなたが……わたくしの邪魔をするの?」
「貴女様を想っての事、と言えば…………女王陛下は我が愚行をお許しくださりますか?」
思いもよらぬ展開に、人間達は唖然とする。
「わたくしを想ってのことなら、今すぐそこをお退きなさい。わたくしがどれだけお星さまを求めていたか……他でもないあなたが知らないなんて、言わないでしょう?」
「勿論ですとも、女王陛下。──なればこそ。私は貴女様の恋をこれ以上応援出来ない。応援してはならないと思ったのです」
「何を言ってるの? いいからそこを退きなさい! わたくしの命令が聞けないの!?」
肩で風を切ってずんずんと進み、ラヴィーロの隣を通り過ぎようとした瞬間、妖精女王の足が宝石と化した。
「──────あなた。わたくしに、歯向かうというの?」
「……これこそが我が忠義と信じております故」
化けの皮が剥がれたのか、狂気に塗れた黒い相貌。言葉通り黒く染まった眼球と咥内からは、その狂気が這い出ようとしていた。
「あなたは、わたくしの宝物だったのに。あなただけは、わたくしを裏切らないと、見捨てないと、そう思っていたのに。──わたくしを裏切るのね、ラヴィーロ」
「〜〜〜〜ッッ!!」
彼の肩にしなやかに置かれた手。妖精女王が触れた部位が壊死したように黒ずみ、ラヴィーロの宝石の体を徐々に崩壊してゆく。「隊長ォ!!」とサンクが叫び駆けつけようとするが、サンクの足もまた宝石化し、身動きが取れなくなってしまった。
勢い余ってその場に倒れ込み、サンクは悔しげな表情で「ッなんで……!!」と奥歯を噛み締める。
(すまない、サンク。汝をこれ以上私の我儘に付き合わせる訳にはいかないのだ。……寿命諸共、奇跡力を略奪されている。これが、女王陛下の固有奇跡──奇跡之花の力か)
だが、
「──私は今日、死ぬ覚悟でこの場に立っているのですよ。女王陛下」
「…………!!」
計画通りと笑い、ラヴィーロは奇跡を起こした。上空に世界と世界を繋ぐ扉が開かれ、そこから一つの人影が降ってくる。
(かつて妖精と恋に落ちた人間……その、末裔の男よ。その身に宿る奇跡で、どうか、妖精の恋を打ち破ってくれ)
「──後は任せたぞ。最初で最後の、我が契約者」
ラヴィーロの背後に着地した男は、鈍色の髪を振り、穏やかさの中に確かに在る凛々しい紫色の瞳で、狂える妖精女王を捉えた。
「「レオナード……!?」」
「〜〜っお兄様!!」
妖精に連れ去られ行方不明となっていたレオナードの登場に、エンヴィーとシュヴァルツが瞬き、ローズニカが涙を浮かべる。
そして、当のレオナードは。
(気は乗らないけど……そういう契約だからやるしかない。──ありったけの奇跡を起こせ。俺はやれる。俺なら出来る! 音の魔力と奇跡力を、もう一度奏でてみせるさ!!)
ラヴィーロとの契約履行の為、己の役割を果たそうと全力を尽くさんとする。
「……──俺の魔法を聞け。俺の魔法を聞け。これは、我が意思にして我が命令。そなたの生涯を鎖に繋ぐ判決である」
それは、数少ない音魔法の詠唱文。あまりにも強制力が強すぎるからと記憶の片隅に追いやっていたそれを、レオナードはついに解禁した。
「妖精女王ニアベル! 命令だ。失恋を認め、その恋心を捨てろ!!」
「っ!? どうして、わたくしの名前……を……っっっ!!」
妖精女王──妖精ニアベルは瞠目し、身震いした。




