603.Main Story:Others
苦しい。息が出来ない。頭が動かない。体が動かない。心臓が止まる。血が固まる。筋肉が失われる。死が、すぐそばにいる。
首から下が物言わぬ宝石と化し、上空からは謎の破壊音が降ってくる。──ああ、間に合わなかった。私が鈍臭い所為で、皆に責任感を感じさせてしまう。
「「「「──アミレス!!!!」」」」
「王女殿下……っ!?」
「主君──!!」
「〜〜〜〜っ!!」
宝石化に気づいた皆の悲鳴が重なると同時に、
「……──誰だ。誰が、アミィを殺そうとした?」
絶体絶命の私の元に、一体の精霊が顕現した。
どこか子供っぽいけれど、誰よりも穏やかな営みを愛する、私が知る中で一番美しいヒト。そんな彼が、血走った目で、射殺すように妖精女王を睨んでいる。
ねぇ、シルフ。私の為に怒ってくれてるの? そうだとしたら嬉しいなぁ。最期なんだから…………そう、勘違いしてもいいのかな────。
♢♢
「貴様だろう。よくもボクの宝に手を出してくれたな──妖精女王ッッ!!!!」
「あぁ……っ! 逢いたかった。あいたかったわぁっ、わたくしのお星さま!!」
精霊王の怒号が響き、妖精女王の顔が恍惚に歪む。フリードル・ヘル・フォーロイトと偽名サラの牽制をものともせず、彼女は愛しき者の元へ駆け出した。
フリードルとフリザセアが足止めとばかりに氷河を生み出し、攻撃したのだが……流石は妖精女王。その身に纏う奇跡を破る事は出来ない。
(陛下の結界が無くなった今、俺達は権能を使えない。奇跡を破れぬ以上、我が眷属と共に全力で足止めするしかあるまいよ──!)
権能を引っ込めて氷魔法を使用し、フリードルの氷上の楼閣の効果範囲と強度の底上げを行う。シルフの登場──頼みの綱たる極光結界の解除を受け、権能を使ってはならないと判断したフリザセアは、最善を尽くすべく即座に支援に回ったのだ。
「邪魔しないで! わたくしは、わたくしはただお星さまに────っ!」
「我等が姫に手を出しておいて、“ただ”と? 貴殿の目的が何であれ──……俺の孫娘に危害を加えた以上、その手足が使い物にならくなると思え」
演奏を止めぬフリードルが、孫娘? と眉を顰めると同時。辺り一帯が真冬の深夜並の極寒となった。その中心に立ち、フリザセアはまっすぐと妖精女王を見据えた。
──少しでも動けば、凍傷で四肢を潰してやる。とでも言いたげに。
「…………フリザセア。妖精女王を殺すなよ。その害虫に聞かなければならないことが幾らかあるんだ」
「御意のままに」
据わった目で前方を睨み、シルフはアミレスへと視線を移した。首元まで宝石化した影響で呼吸もままならない愛し子を見て、強く歯軋りする。
「辛いよね。怖かったよね。……ごめん、アミィ。ボクの所為で……君が苦しむ羽目になった。本当にごめん」
「っ、……ぅ…………」
(──シルフのせいじゃ、ない)
シルフは時魔法を使用した。このままでは呼吸困難の末にアミレスは死亡する。それを回避すべく、彼はアミレスの時を止めたのだ。さすれば再度時間を進めるまで彼女は苦しむ事も死に至る事もなくなるだろう、と。
死んだ訳ではないが、しかし生きているという訳でもない。時の中に閉じ込められ、苦悶を浮かべたまま石像のように固まったアミレスを抱き締めて、シルフはその額に軽く口付けた。
(…………絶対に、元に戻してあげるから。少しだけ待っていて)
小さく「エンヴィー」と呟くと、紅いポニーテールを揺らしてその精霊は馳せ参じる。アミレスを彼に委ね、シルフは踵を返した。
「アミィを頼んだぞ」
「は。命に代えても、姫さんの身を守ります」
小さく頭を垂れたエンヴィーは、眉根を寄せて、星空のマントの中にアミレスを閉じ込めた。彼女の尊厳をも守らんと、苦悶に歪む表情を隠したのだ。
押し寄せる弱い妖精や、穢らわしい妖精の群れ。それの退治は三体の最上位精霊と人間達に任せ、精霊王は凍土を往く。
「妖精女王。貴様が何を目論んでいるのか……なんて分かりきった事は聞かない。その代わり、唯一つ我が問に答える事を許す」
「なあにっ?」
「──貴様は、ボクの愛し子を殺そうとしたのか」
精霊王は問う。尊顔に青筋を浮かべ、地を這うような低い声で。
「いいえ? わたくし、あの子の瞳は欲しいけれど……瞳以外はどうでもいいもの! でも……お星さまのお気にいりなのはやっぱりゆるせないから──死んじゃってもいいと思うわぁ!」
妖精女王は答える。悪意など一片たりとも混ざらぬ純粋な瞳で、声を弾ませて。
「そうか。──今すぐ死ね、害虫」
ギロリと睨み、シルフは光魔法を発動した。無数の魔法陣から放たれた熱光線は、集束するかのように一点を目指す。
しかしそれは、妖精女王を貫く直前で吸収される。ラヴィーロの力で隆起した宝石が、壁となったのだ。
(宝石……そういうことか。あの妖精が魔法を吸収したのだろう。そしてアイツが、ボクからアミィを奪おうとして────)
カイル・ディ・ハミル達より殺意を向けられ、牽制され続けているラヴィーロを見遣り、シルフは一度標的を変えた。
妖精女王を殺す前に、アミレスの無事を確保すべきだと考えたようだ。
「わたくし、あなたに伝えたいことがあるの! あなたに逢って、どうしても伝えたい言葉があったのっ!」
シルフは聞く耳を持たないのだが、妖精女王もまた空気を読む頭を持たず。彼女はついに、その言葉を口にしてしまった。
「わたくし、あなたが好きなの。好きで好きでたまらなくて──あなたがずっと、欲しかったのよ!」
(……嗚呼。ついに、この時が来てしまった)
叙情も知らぬ幼気さで必死に恋心を伝える妖精女王に向け、ラヴィーロは憐憫の視線を送った。