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592.Mucron VS Michalia,Michelle

 ミカリアの放った神罰──《天使よ、聖なる裁定を下せ》。空間を裂くような音を伴い放たれた熱光線は、溢れんばかりの殺意を束ね、ただ一体(ひとり)を灼き尽くそうとした。

 しかし、


「……──おめ、化げ物でねが」

「……主の裁きを逃れたおまえに、そのように宣う資格は無いと思うよ」


 その妖精は、立っていた。豪雨のように舞い落ちる薔薇の花びらに囲まれながら、彼は焼け爛れた手をぶらりと揺らす。

 なんとムクロンは、山岳一つ消滅させられる熱量をその両手で受け止め、余すこと無く全て、寿命を奪い尽くしたのだ。

 奪った寿命の量に比例して薔薇が咲き散った為、辺りは血の海と見紛う程、赤い花びらに覆われている。


「バラがいっぱい……」


 目が潰れそうな眩しさから一転、戦場が赤薔薇に埋め尽くされた事により、ミシェルはわっと目を丸くする。風が吹く度に赤い花びらが空に攫われ、馨しい香りと共に舞う。此処が戦場であることにさえ目を瞑れば、なんとも心奪われる光景だ。



(やはり、無意味だったか。──これで、僕が取るべき選択は決定した)


 贋物のような瞳でムクロンを見据えた後、ミカリアは静かに目を伏せる。

 すると、彼の背中で淡く輝いていた黄金の翼が消えた。ミカリアが目を開けば、その目も普段と変わらぬ温和なものに戻っていて。


(……魔法だけでなく神罰も彼の殺害対象に含まれるとなると、僕に出来るのは物理攻撃──肉弾戦のみ。そうと分かれば後は簡単だ)


 ミカリアは再度、自身に付与魔法(エンチャント)を使用した。そしてまた、ムクロン目掛け突撃する。



「次は物理(ぶづり)が……!!」

「ああ。武器を壊されては困るからね。それに、こちらの方が楽だ」

「わった舐めらぃだものだな、わも」

「何を言っているかは、てんで分からないけれど。君の手札はだいたい見えた。負けるつもりはないよ」

「わも、負げるつもりはね!」


 拳と拳のぶつかり合い。ミカリアとムクロンは、互いに武器を捨て、拳一つで殴り合った。



(ふむ。やはり……予想通りだ(・・・・・))


 打撃音が幾度となく鳴り響く戦場(リング)の上で、ミカリアはあくまで冷静に思考する。

 先程、ミカリアは神罰すらもある検証の為に用いた。そして、ムクロンの起こす奇跡について仮説を立てたのだ。

 ──彼に触れられたものが等しく死を迎えるのではなく、彼に触れられたものはその瞬間に寿命を奪われるのでは?

 だから彼は、一定時間発動し続ける神罰《天使よ、聖なる裁定を下せ》を使用して確かめた。


(彼の、寿命を奪う奇跡──死神の手、とでも仮称しようか。それの発動条件は手のひらが触れる事。確かに恐ろしいものだ。だけど……)


 もし、ムクロンの奇跡が『触れたものを殺す』ものであったなら、神罰は彼の手に触れた瞬間に無力化された筈だ。しかし、そうはならなかった。彼はあくまでも、神罰を防ぎきっただけに過ぎない。

 そこから導き出される答えは。


(──あの手は、寿命が(・・・)無いもの(・・・・)を殺せない)


 不老不死。それは定命の輪から外れた、時に置いて行かれた者達のこと。……強くなり過ぎたあまり、昇華してしまったミカリアがそうであるように。

 故に、ミカリアは肉弾戦を選んだ。魔法や神罰は殺されてしまうが──……とうに定命を放棄したこの身ならば、寿命の剥奪で死に至る事は無い。そして今、殴り合いの最中で確信した。──ムクロンの固有奇跡、百花枯病(ハンズ・ハーデス)を封殺出来ると。


 事故でなったようなものだけど、不老不死で良かった。とミカリアがほくそ笑むと同時。ムクロンもまた、違和感から心中を揺らがせていた。



(──こいづ、どんき触っても無事(ぶず)なんだげど……どったごどだ?)


 もしかして不死者(アンデッド)ってやつか? と、ムクロンは眉を顰める。

 互いに武器を持たず素手で殴り合っている為か、ムクロンの手のひらは度々ミカリアの肌に触れ、彼の眼窩からは奇跡の証たる薔薇の花びらが舞い落ちている。しかし何故か、当のミカリアは平然としているのだ。


「……おめ、ほんに何者なんだ」

「僕かい? 僕は──聖人だよ」

「化げ物の間違(まぢが)いでねぐで?」

「おや、化け物だなんて。心外だな……僕はこれでも、希望の象徴なのだけど」


 一進一退の攻防を繰り広げつつ、妖精と聖人は問答する。


(……こぃが希望(ぎぼう)象徴(しょうぢょう)? 気が(ぐる)ってらんでねのが?)


 こんな化け物が……とムクロンが目を疑ったところ、


「今、失礼な事を考えていただろう? 顔に出ているよ」

「!」


 ミカリアが目敏くそれを見抜き、鋭いストレートをお見舞いする。間一髪のところでそれを避け、ムクロンは舌打ちを一つ。


((らぢ)が明がね……っ)


 眼窩の薔薇の下に、焦燥が滲む。

 このままでは奇跡力を消耗する一方で、いずれは己が不利になってしまう。とにかく少しでも戦況を変えようと、ムクロンは次なる一手を繰り出した。


((さぎ)にあの女ば──!!)


 無数の赤い花びらがふわりと浮かび上がり、ピタリと空中にて動きを止める。ミカリアとミシェルが何事かと警戒した、その瞬間。花びらは硬化し、(やじり)のような凶暴さを獲得して、一斉に飛び出した。

 その先では、


「っ、愛し子!」

「え────」


 自己防衛に務めていたミシェルが、突如無数の殺意にあてられた事により、怯えた様子で立ち尽くしていた。


(まずい……っ! 彼女はまだ、簡易的な結界しか展開出来ない筈だ。あれは、豪雨の如き集中砲火を耐えられる結界ではない!)


 攻撃こそ最大の防御と言う。自分がムクロンを相手取れば、ミシェルに被害が及ぶことは無いだろうと、ミカリアは踏んでいた。

 奇跡の一環で生み出された薔薇の花びら全てが、未だムクロンの支配下にあるだなんて。さしものミカリアも、予想出来なかったようだ。

 急いで地面を蹴り、魔法を発動しつつ神々の愛し子(ミシェル・ローゼラ)を守るべく動くが……辺り一面を埋め尽くしていた花びらを用いた攻撃だ。瞬く間にミシェルの結界へ到達し、凄まじい勢いでそれに突き刺さる。


「きゃああああああああっ!?」


 甲高く、どこか鈍い音。刃物のような花びらが絶えず結界に突撃してくる光景は、恐怖以外の何物でもなく。ほんの七秒弱の出来事であったが、その音はミシェルの脳裏に深く刻まれてしまう。

 そして。硝子が割れるように結界を突破され、赤薔薇の刃によってミシェルは蜂の巣される──筈だった。


「……あ、れ? あたし、無事……なの?」

(──音も、止んでるような)


 腰を抜かし、震えながらぎゅっと目を瞑っていたミシェルが次に見たものは、流動する赤黒い壁であった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 無断転載の件、十和さんのXの方で知りました。私も何かお力になれたら良かったのですが生憎とネットに繋がりもなく、アプリも入れていなかったため何もできず…悔しいです。せめて運営…
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