590,5.Interlude Story:Others
彼女の恩に報いれるよう、それは己を磨き上げた。
気紛れとは言えど、あのヒトが目をかけた程の価値がそれにはあった。原石だったそれは、やがて誰もが目を見張る程の宝石になり、彼女の輝きの一助となれたのだ。
……なのに。何故か、何かが満たされない。
どれだけ彼女の願いを叶えても、彼女の望みを形にしても、彼女の夢を聞き続けても、それの虚ろは満たされなかった。
虹色の宝石を山のように捧げても、終わり無き戦争の終焉を捧げても──彼女の心は満たせず、そして、それの虚ろも満たされなかった。
つまり、そういう事なのだろう。
彼女があの星に手を伸ばすように──……それもまた、届かぬものに手を伸ばしてしまったのだ。
こんなにも辛く苦しい思いを、彼女は何百年と味わっているだなんて。
私は、どうしてもそれが許せなかった────。
♢♢
「チッ、斬っても斬っても蛆虫が湧いてきやがる。いつまで経ってもあのクソアマを殺せねぇー……」
「言葉に品が無いぞ、エンヴィー」
「あ? いーだろ、別に。姫さんが聞いてる訳でもあるまいし」
姫さんにさえバレなきゃいーんだよ。と、エンヴィーは首をポキポキと鳴らす。
彼等──星騎士達が殺した妖精の数、ざっと千体余り。妖精女王の完全顕現の時点で、女王近衛隊の妖精が三百体程しか帝都に現れていなかった事を考えると、この一時間弱で全部隊の妖精が階級問わず随時投入されているようだ。
精霊王が選んだ四つの懐剣たる星騎士だけでなく、何故か奇跡力が通用しない人間達によって、女王近衛隊は予想を遥かに上回る勢いで屠られてゆく。
シルフの展開する極光結界の影響か、弱い妖精の骸は骨すら残らず、死んだそばからエネルギーに変換され結界に吸収されている。その為、殺した数の割に死体が極端に少ない、異様な戦場となっていた。
そうして絶えず妖精が乗り込んで来る為、エンヴィー達はいつになっても妖精女王を叩けずじまい。
アミレスを守る為に戦っているのに、当の本人にも戦わせている挙句、自分達はまだ命令すら果たせていないとあって、さしものエンヴィーも鬱憤が溜まってきたようだ。
虫の居所が悪いエンヴィーをフリザセアが諭すも、あまり効果は見られず。もう知らん、とばかりにフリザセアは目を逸らして、一足先に妖精討伐へ戻った。
緩く纏めた青銀の長髪を揺らし、星を映すマントを靡かせ、フリザセアは氷の剣を振るう。その一太刀で空間は裂かれ、氷山が隆起する。帝都の一角は、刹那のうちに絶対零度の凍土と化した。
細氷の紙吹雪を纏い、氷を自在に操る様は──まさに、氷結の化身。
「やっぱり、氷って綺麗だなー……」
熱の篭った吐息混じりにエンヴィーは呟いた。
(姫さんがアイツみたく氷を操る姿は、さぞや綺麗なんだろーな。……まぁ、俺は見たくても見られねーんだけど)
その横顔に、彼らしくない寂寥が浮かぶ。
火の最上位精霊たる彼は、存在するだけで火の恩恵を周囲に齎す。──それ即ち、弱い氷は、エンヴィーが近づくだけで溶けてしまうのだ。
氷の魔力で生み出された氷ならまだしも、アミレスのそれは水を凍らせたもの。故に、溶けやすい。
それを分かっているから、エンヴィーは可能な限り、戦闘中のアミレスには近寄らないようにしているのだ。愛弟子の戦いを、邪魔しないように。
「…………触れたいのに触れられない、って……こんなに辛いんですね、我が王」
いつかのシルフの言葉を、エンヴィーは今になって理解した。
氷よりもずっと繊細で脆い、水の少女。溶ける事はないと分かっていても、灼熱を宿すこの手で触れるのは、どうしても躊躇ってしまう。
どれだけ細心の注意を払っていても、彼女に触れる時はいつも緊張したし、出来る限り彼女の肌には直接触れないようにした。
満足に触れる事さえ出来ないもどかしさからぎゅっと拳を握り締め、エンヴィーは感情任せに戦いへと身を投じる。
(なんで、人間はあんなに脆いんだろうなァ──……)
守りたい存在の儚さを、改めて感じながら。