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585.Sshiedia VS Saintcarat,Yuki

『──やめろ……っ! 謝るから、謝るからもうやめてくれ……!!』

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!』

『いだぁあああああっ! ママぁ……! だずげっ──、いだいよぉ…………っ』


 はじめて恐怖を美味と感じたのは、生まれてからほんの数十年経ったばかりの頃だった。

 執拗にちょっかいを出してくる近所の男の子達。しょうもない嫌がらせでも、何年も続けば流石に腹に据えかねるというもの。

 だから、仕返しをした。

 幼子が思いつくような稚拙な仕返し。──そう。とても簡単な報復をしたのだ。


 そこらじゅうから蟲を集め、仮称:一男の口に捩じ込んだ。私だって何度も虫を服の中に入れられたのだ、あの苦痛はよく分かる。だから彼への報復の手段には、これを選んだ。

 腐った屍肉や臓物、はたまた家畜の糞尿を水桶に溜め、足をかけられ尻もちをついた仮称:二男の頭にぶっかけた。生ゴミや野生動物の糞をよく投げつけてきたこの男には、この報復が一番と思った。

 羽を持つ妖精だった仮称:三男は、その羽を丁寧に千切ってやった。彼はおふざけ(・・・・)で私の髪を切り、尾を燃やし、そして角を折った。ならば、彼が鬱陶しいくらい自慢していたその羽を、丁寧に駄目にするしかない。


 そうして行った報復は、彼等の体と自尊心をメッタ刺しにしたようだ。

 恐怖に震え、鼻水と吐瀉物塗れでこちらを見上げ、涙ながらに懇願するいじめっ子達を見下ろした、あの時。

 私は──感じたこともない程の高揚感と、腹の奥を突き上げる快感に全身を支配された。

 あの快感が、私と、私の晩嗜虐餐サディスティックライヴの原点だ。


 他者を虐げ、恐怖に歪む顔を見ればお腹と心が満たされる。更に強く、そして美しくもなれるのだ。

 ならば。この嗜好を隠す必要などない。全ては美と武の為──……私は、合法的に悪者を嬲れる女王近衛隊に入隊した。

 ──趣味と実益を兼ねて、ね♡



 ♢♢



 シシェディアの固有奇跡の一環である拷問器具、鋼鉄の少女(アイアン・ヴァージン)圧し潰す鉄柩(リッサ・コフィン)に閉じ込められたユーキとセインカラッド。

 しかし予想外にも彼等は悲鳴の一つも上げず、ただ静かに時が過ぎてゆく。ともすれば、他者の恐怖を食らうシシェディアが不満を抱くに決まっていよう。


(…………どうして、悲鳴が聞こえてこないのかしら。晩嗜虐餐サディスティックライヴも発動しないし……まさかあの男達は何も感じていないの?)


 ありえないわ。と、彼女は眉を顰める。


(特にあの宝石の瞳を持つ男──。終始余裕ぶっていたけれど、その根拠は……?)


 最初の拷問にも眉一つ動かさずに、寧ろユーキはへらへらと薄ら笑いを浮かべていた。その余裕溢れる表情が、シシェディアの不安をよりいっそう煽るのだ。



「……嫌な予感がするわ」


 贄を捧げたにもかかわらず黙りこくる二つの棺を訝しんで、シシェディアが呟いた。──その時。


「へぇ。危機管理能力だけは一丁前なんだ」


 背後から、小生意気な声が投げかけられた。


「っ!? なっ……!? なんで、貴方が外に──!?」

「さあ? なんでだろうね」


 慌てて振り向き、彼女は青ざめた表情でバッと飛び退く。

 噂をすればなんとやら。鋼鉄の少女(アイアン・ヴァージン)に囚われている筈のユーキが、五体満足でそこに立っていた。


(どうして無傷なの?! あの器具は入ったが最後、確実に体を貫く代物よ! なのにどうして──っ、そもそも、どうやって脱出したっていうの?!)


 あの時確実に、この男は鉄の少女に抱かれた。それはこの目で確認したから間違いない! と、シシェディアの頬に焦燥と混乱が滲む。


「なんで無事なんだ、って顔してるな。さっきまで、騒ぐセインを見てニヤニヤ笑ってたくせに、ざまぁないね」

「……ッ、どうやって私の奇跡から逃れたのよ……!!」

「知りたい? あはっ。わざわざ教える訳ねーだろ、変態おばさん。知りたきゃ拷問でもして吐かせてみなよ」

「へ、変態おばさんですって……!?」


 どっちが性悪なのか分からない、他者を心底馬鹿にしたような笑顔で、ユーキは挑発する。意外と沸点が低いシシェディアは、あっという間に乗せられてしまった。

 己の美しさと強さに執着してきたシシェディアにとって、それを貶されるというのは、言わば地雷案件なのである。

 ここまで言われたのは初めてだったのか、彼女の顔は怒りに歪み、浮かんだ青筋すらもぴくぴくと震えている。


「……その澄まし顔、恐怖に歪めてやるわッ!!」

「ふーん。お手並み拝見といきますか」


 あくまでも余裕綽々なユーキを前に、シシェディアは奥歯を噛み締め新たな拷問器具を手元に召喚した。それは鞭の一つであり、動物の尾のような形状で幾又(いくまた)にも分かれている。

 名を、仔猫の尾(キャット・フエ)。この道具の厄介な点は──使用者(シシェディア)の意のままに動く、伸縮自在な触手のようなものであることだろう。


 猫の尾が猛威を奮う。意思を持つかのごとく自在に動く鞭が、勢いよくユーキを狙い、突撃する。軽く体を逸らす簡単な動作で何本かの攻撃を避けてから、ユーキはぴょんっと跳び上がって、地面に刺さり動きが止まった鞭の上を疾走した。

 目指すはシシェディア──ではなく。彼女の後ろにある鋼鉄の(はこ)



(鞭の上を走るなんてどれだけ体が軽いの、この男は!? っそんな事より、近接戦に持ち込むと言うのであれば、その時は……!)


 自分に向かって来ているものと勘違いしたシシェディアは、空いた手に蜘蛛足の鋏ペチョ・コンキスタドールを召喚した。

 トングのような形状のそれは、仔猫の尾(キャット・フエ)と組み合わせる事でより効果的に相手を虐げることが可能になる。

 ユーキが接近戦に持ち込んで来たならば、この二つの拷問器具を用いた合わせ技で今度こそ虐めてやろうと、シシェディアはほくそ笑んだ。

 が、その目論見は早くも潰える。


「っ!!」

(──この男の狙いは、はじめから仲間だった……?!)


 彼女の油断を誘うだけ誘って目もくれず、頭上を跳び越えて一直線に圧し潰す鉄柩(リッサ・コフィン)を目指すユーキを見て、シシェディアは顔を引き攣らせた。

 その美貌と強さから男達に持て囃されてきた彼女にとって、ここまでコケにされたのは初めてなのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは~、いつも楽しんで読ませていただいてます! さて、お姉さん…あの、あれですね。その一部の方からは異常に好かれるタイプの…。ま、まぁまだ可愛げがあるっぽいですし、というか猫被って…
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