572.Side Story:Sylph
街灯に群がる虫のように、極光結界を展開するボクの元に押し寄せる妖精共。それをフィンが蹴散らすのを、ローズニカ達と共に見つつ、ボクは違和感を覚えていた。
「王よ、何か懸念が?」
目敏くボクの様子に気づいたフィンが、剣に着いた血を振り落としながら訊ねてくる。
「……妖精の動きがおかしい。アイツ等の狙いはボクの筈だ。なのにどうして、女王近衛隊の姿が見えないんだ?」
「確かにその点については不安が拭えませんね。妖精女王が妖精界から出られない以上、人間界に居る王を拉致するかと思っていたのですが」
「その想定で、ボク達の戦いに巻き込まない為に、アミィから離れたっていうのに……」
きらきらと星屑が舞う星空色の魔法陣の上で、腕を組んでため息を一つ。
ボク自身が囮となり……制約に抵触するかどうかの瀬戸際で星の権能を行使し、ここで女王近衛隊の連中を一網打尽にして、あの性悪女が二度と余計な真似をしないよう牽制するつもりだった。
にも関わらず、妖精共は雑魚しか出てこない。これでは作戦が破綻──どころか、ボクだけが割を食う恐れすらあるのだ。
「……妖精が本当にシルフ様を狙っているのなら、敵が少なくシルフ様が身動きを取れない今、主力部隊とお兄様を投入して確実にシルフ様の身柄を奪取すべきですのに。確かに妙ですわ」
「妖精とて知性が無い訳ではありません。策を弄するぐらいの事ならば出来るだろうに、何故かそれをしない──……。どうにもきな臭いですね」
「穢妖精を大量に召喚する事で、一体何が出来るのでしょうか……?」
「ふむ…………一度、穢妖精についても精査すべきですね。妖精に詳しい知り合いがいるので、少し訊ねてみます」
腑に落ちないとばかりに顔を顰め、ローズニカとフィンが意見を交わす。
懐から出した水晶玉でケイに連絡を取ろうとしているフィンを横目に、ローズニカの護衛騎士モルスが主に具申した。
「ローズニカ様。私の勘違いでしたら恐縮なのですが……幼い頃、妖精と人間界にまつわるおとぎ話を大人達から聞いたような気がして。ローズニカ様は伝承や古い物語への造詣が深くおありですから、何かご存知でないかと……」
「人間界が舞台の妖精のおとぎ話でしたら、ざっと十四個程ありますけれど……どちらのお話かしら?」
「じゅっ、十四個もですか……!?」
想像以上に多くて驚いたのか、モルスの目がぎょっと見開かれた。
しかしすぐに気を取り直して。件のおとぎ話を突き止めるべく、モルスは朧げな記憶を頼りに、ローズニカとあれが違うこれが違うと話し合う。
七つ目ぐらいだろうか。ローズニカの語るおとぎ話と、モルスの記憶のそれがようやく合致したらしく、二人は電撃が走ったように顔を見合わせた。
「ローズニカ様……っ」
「モルス、これって……!」
と、ローズニカ達がバッとこちらを向いた時。精霊界に連絡を取っていたフィンもまた、ボクの顔を見上げ、
「王よ、やはり妖精には狙いがあるようです」
つぅ……っと冷や汗を流しながら、そう言い切った。どういうことだと問いただす前に、ローズニカ達が食い気味に口を開く。
「フィン様の言う通りです! この状況は、きっと、妖精が意図的に作り上げたものなのですっ!!」
「お言葉を遮ってしまい申し訳ございません、精霊殿。しかしどうか、先にローズニカ様の話を聞いてみてはいただけませんか……?」
そう提案され、フィンは静かに視線を送ってきた。黙って頷くと、「どうぞ、話しなさい」とフィンにしては大人しく順番を譲った。
そして、一度深呼吸をしてから、ローズニカは顔を上げて語りだす。
「これは、ある悪い妖精のおはなしです──……」
その物語は、王座を夢見るも女王暗殺に失敗し、温情で妖精界を追放された悪い妖精が、人間界で自分の国を築く話だった。
────悪い妖精はとにかく悪知恵を働かせ、悪い妖精を心配して様子見に来た友達や、元々人間界にいた弱い妖精達を口八丁で騙しては自分の代わりに多くの奇跡を起こさせた。
その末になんとか建国し、悪い妖精は念願叶って王位を手にする。
だがその王位は大量の妖精の骸から成り立っており、その地はいつしか、妖精界と遜色のないものになっていて。
妖精界からの追放──という罰を与えられていた悪い妖精は、もう一つの妖精界となってしまった自分の国からも追放され、あっという間に没落してしまうのであった…………。
「追放という罰の再執行……それが成立するのは……」
ローズニカが語った勧善懲悪のおとぎ話を聞き終えると、フィンは瞬きながらぶつぶつと呟いていた。
「『人間界でたくさんの奇跡を起こす』という部分が……どうにも、今の状況と重なっている気がしてならないのです」
「──良い着眼点ですね、ミュゼリカのお気に入り」
「ありがとうございます……! でもこれは、おとぎ話に目をつけたモルスの功績です」
「いいえっ、私はろくに内容を思い出せなかったものですから…………」
「そんなことはないわっ!」
ローズニカは頬に朱を差し、褒められた事を素直に喜び、対照的にモルスは眉を下げて項垂れた。
「王よ。俺も先程、ケイに頼んでイヴィルズを呼び出し、話を聞いていたのですが……どうやら妖精の奇跡力には現実を浸食する力があるとか」
「浸食?」
「はい。故に奇跡力を常時発動する穢妖精は、存在しているだけで世界を浸食し、自らの領域へと塗り替えてしまう……と、イヴィルズは話しておりました」
数千年に及ぶイヴィルズの研究。そして、先程のローズニカの話。
フィンが真剣な面持ちで語った話をふまえ──その二つが、最悪の形で結びついてしまった。
「……まさか妖精共は──帝都を、妖精界に変えるつもりなのか…………?!」
街に溢れる大量の穢妖精と、奴等が発動する莫大な量の奇跡力。それがもし、この街を浸食していたならば──この街は事実上の妖精界となり、妖精共の庭になる……!!
「っ! 妖精界に変えるだなんて……っ!?」
「そんなおとぎ話のような事が現実に──!」
ローズニカ達の顔がサッと青くなる。
「世界を塗り替える程の奇跡は、本来ならば何百年とかけて起こされるものだが……この数週間だけで、時間換算約千五百年分相当の膨大な奇跡力をこの街で観測しているそうです。──王よ、どうなされますか?」
「……どうするもこうするも、このまま戦うしかないだろ。どの道、ボク達はそうするしかないのだから」
「御意のままに」
ボク達は今更引き返せない。あの性悪女がアミィに手を出す前に、仕留めておかねばならないのだから。
「妖精女王が何を考えているかは分からないが……とにかくボク達は──女王近衛隊と妖精を殲滅するぞ。この街が妖精界に変貌したとしても、やる事は変わらない」
妖精を殺し尽くし、アミィとアミィの大事なものを妖精から守る。その為ならば、手段は選ばない。
ボクは──……あの子が傷つく姿を、これ以上見たくないんだ。




