♦570.Chapter3 Prologue【かくして奇跡に克つ】
攻略対象制圧戦は、私達の勝利(?)で幕を閉じた。
聞いたところによると、何名かはゾッとするような方法で無理やり奇跡力による人格改変を乗り越えたらしく、それを聞いたシュヴァルツが本気で引いていたぐらいである。
となれば、続くは奇跡力の原因──ミシェルちゃんの説得。
彼女に妖精や奇跡力について説明し、どうか奇跡力を撤回してもらえないかと頼む。これが現在の最重要目標であり、難易度最高のミッションだ。
さしあたって、ミシェルちゃんと対峙した際どのように奇跡力を回避するか……という問題が発生する。
カイル曰く、ミシェルちゃんの願いは『皆に愛されたい』とのことで……彼女を推していた私と、純粋に彼女に恋をしているロイは、元々彼女を愛していたから、奇跡力を回避出来た可能性が高いらしい。
そして、天使の血を持つユーキ、セインカラッド、シャルの三名に加え、魔人化により期間限定の堕天族になったマクベスタ。彼等の存在のおかげで、『天使には奇跡力が効かない』旨を簡単に説明出来た。
だがしかし。この二つの回避条件……どちらか一つを達成するだけでも異様に難しい。
その為、私達は雁首揃えて頭を抱える事になったのであった……。
♢
『……──僕/俺/私が、天使になる……?』
一同の声が重なる。流石は豪華声優陣がキャラクターボイスを務めた乙女ゲームだ。今更ながら耳が幸福を訴えてくる。
っと、そんな妄想はさておき。私達の驚愕に対し、発案者であるリードさんはこくりと頷き、続けた。
「奇跡力を回避する術が無い面々は愛し子さんと対面するな、と言っても……彼女がその場に赴く以上、誰も言うことを聞いてくれなさそうだからね。それならば、無理やりにでも回避すればいいと思ったんだ」
ちらりとこちらを一瞥した、リードさんの言葉が図星だったのだろう。約数名の男達は僅かに視線を逸らし、何故かミカリアの顔が険しくなる。
「それで、先程は『全員天使になればいいんだよ』って言ったんですか?」
「そうだね。愛し子さんをもう一度愛してくれだなんて、この人達には口が裂けても言えないから。消去法でこの選択肢しかないなーっと」
まあ確かに……何故か、皆揃いも揃って人格改変に遭っている間はかなり苦しんでいたらしいし。本来の──『アンディザ』における在るべき姿に戻っただけなのに、変なの。
忘れ去られた側のシャルやユーキ、ついでに私が傷つくならまだしも、本当にどうして皆が苦しんでいたんだろう? なんだか怖くて、本人達には絶対聞けないけどね。
「シュヴァルツ君に聞いた感じだと、マクベスタ君のような堕天族──特定の魔族を指定して魔人化を果たすのは不可能らしい。試しに私の魔族適性を見てもらったら、“首縛霊”と言われたよ。これでも教皇なんだけどね」
「異教徒の扇動者らしい歪んだ魂だな。首縛霊の適性があるだなんて……」
「言外に含んだところで無意味ですよー聖人殿。そんな腹黒い貴方はきっと、“影人族”や“白詐欺族”と診断されるでしょうね〜〜」
教皇と聖人が黒い笑顔で繰り広げる口論に、聴衆達の顔色と聖職者へのイメージが悪くなってゆく。
知らない魔族の名前が出てきたな。と記憶のページをペラペラと捲り、うんうんと唸っていると、
「首縛霊は呪った相手に首を吊らせる呪術特化の悪霊。影人族は闇に呑まれた元人間の魔人。白詐欺族は正確には鳥の獣人だが……魔族相手に詐欺を働くクソ度胸のイカれた種族だ」
見かねたシュヴァルツが軽く説明してくれた。
首を吊らせる悪霊とか、闇に呑まれた魔人とか、魔族相手に詐欺を働く獣人とか……そんな魔族もいるんだなぁ。白詐欺族は魔族じゃないらしいけど。
「──口論はその辺りで一度終いにして。ジスガランド教皇、魔人化も当てにならないとくれば……どうやって、俺達を天使にするんだ?」
真剣な面持ちのカイルが話を進めると、リードさんはハッとした様子で咳払いをして、キリリとした表情を作り直した。
「脱線してしまったね、すまない。──それで、具体的な方法についてなんだけど」
ごくり、と一同固唾を呑む。
「此処には、付与魔法を使える人間、精神干渉が可能な人間、変の魔力を持つ人間、そして天使に詳しい悪魔がいるだろう? それらの力を結集し、君達を表面上だけ天使に変えるんだ」
「……??」
言葉の意味がイマイチ分からず、私達は揃って首を傾げた。それを見たリードさんは、「うっ、言語化が難しい……どう説明すれば……」と頭を抱えてしまう。
そこで、我等が天才がその頭脳を遺憾無く発揮した。
「……つまり、“概念付与”をしようってことか。実際に天使になるなんて芸当は不可能だが、天使という概念を俺達自身に付与する事で世界を欺き……天使を騙る──っつー算段だな? ジスガランド教皇」
「っ! そう、そうなんだよ! 先のあんな説明で、よくそこまで理解出来たね……?!」
「まあ、俺、こういうの大好きなんで。某月のオタクとして、概念付与とかマジでテンション上がるわァ〜〜っ」
発案者ですら言語化に苦しんでいたものを、あのオタクくんはあっさりと成し遂げてしまったらしい。興奮冷めやらぬ様子のリードさんと楽しげに意見を交わす姿は、まさに類稀なる天才と表現せざるを得ない。
「……やっぱりカイルって天才なんだなぁ」
「アイツ、マジで鼻につくんだけどォ」
ボソリと褒めると、シュヴァルツが頬を膨らませて拗ねてしまった。シュヴァルツも言語化が上手だから、カイルの天賦の才に嫉妬したのかもしれない。
シュヴァルツにはシュヴァルツの良さがあるよ。と慰めると、「当たり前だろ」と言いつつおもむろに屈んだので、ふわふわ揺れる大きなアホ毛ごと頭を撫でてあげた。