568.Main Story:Ameless2
あの後、カイルは『話は変わるんだがマクベスタが堕天使みたいになってんだけどあれ何?!』と突然興奮しはじめた。それをなんとか宥め、アンヘルが気絶状態に陥った理由を聞いていたら、
「──おーい、アミレス。あんたの時間、少し貰ってもいい?」
バツが悪そうに顔を逸らすセインカラッドを引き連れて、ユーキがやって来た。
「どうしたの?」
「こいつがあんたに謝りたいってさ」
彼等の間で何があったのかは分からないが、いつの間にかセインカラッドから毒気が抜けている。
スッキリした表情のユーキに背中を叩かれ、セインカラッドは押し出されるように一歩踏み込んできた。そして、
「……すまな、かった。誤解していたとはいえ、およそ、淑女に放ってはならない罵詈雑言を……ぶつけてしまい…………申し訳なく思う」
おずおずと頭を下げた。さらりと流れ、垂れた金髪がまるで絹糸のよう。
しかし、誤解ってなんだろう? セインカラッドがやけにフォーロイト帝国とフォーロイト一家を嫌っていたのと、何か関係があるのかしら……?
なんて考えを巡らせていたら、
「誠意が足りてないよ、セイン。……昔、イリ兄が言ってたんだ。世の中には──誠意を見せる姿勢があるって、ね!」
「ぐふぉっ?!」
ユーキがセインカラッドの頭を鷲掴み、親の仇のような勢いで、地面に叩きつけた。彼の細腕のどこにそんな力があるのか──、石畳は陥没し、金髪の隙間から赤い液体が飛び散る。
「!?!?」
私達は困惑した。そして、同時にバッとイリオーデの方を振り向いた。だが当の彼は、心当たりが無いとばかりにぽかんとしている。
「……土下座させようとした可能性が微レ存……?」
セインカラッドの惨状から推理し、カイルが冷や汗と共に呟く。
スライディングとかジャンピングとかローリングとか、色んな土下座の方法はあるけれど。こんなにもダイナミックかつ物騒な土下座は初めて見た。そして可能ならば今後二度と見たくない。
流石にこれは要指導だと、イリオーデとユーキに注意する。「私が教えたのはごく普通の土下座です」「え? 頭蓋を地面に打ち付けるものなんでしょ?」と主張する彼等に、念の為ちゃんとした土下座をレクチャーした。
実演しようと屈んだら三人から全力で止められたので、口頭での説明のみで終わったのが心残りである。
「主君っ! お待たせしま──げっ、騎士君……!?」
怪我人達の治療が済んだので、取る物も取り敢えず、大乱闘! 攻略対象ズ!! を見物していたら、目を赤く腫らしたアルベルトとサラが合流した。
きっと、兄弟水入らずで語り合っていたのだろう。そこにはあえて触れず、笑顔で迎え入れる。
「イリオーデだ。時にルティ、お前は確か──実家に帰省する私に向け『俺がいるから主君に危険なんて及ばないよ』と大言壮語を並べ立てていたと思うのだが……なんだ、この状況は」
「君には分からないだろうね、この数週間どれ程大変だったか! そもそも俺は主君の命に従って行動していたんだ。こんな状況で長期休暇を取っていた君に、上から目線で文句を言われる筋合いはない」
顔を合わせるなり、イリオーデとアルベルトが火花を散らす。
どちらも何も悪くないのだから、そんな風に無闇矢鱈といがみ合わないで欲しいなー……と、やんわり止めに入っていると、その傍らでもじもじとしているサラに、ユーキが話し掛けていた。
「ねぇ、サラ」
「っ! あ……ゆ、ユーキ。その……ええっと……」
視線を泳がせ口ごもるサラの額に、ユーキは強烈なデコピンを繰り出した。スパンッと音が鳴り、「あうっ!」とサラは喘ぐ。
「──ディオ兄達がどれだけ心配したと思ってるんだ、この馬鹿野郎。ディオ兄とラーク兄とバド兄とエリニティはあんたを捜している間に通り雨に降られて風邪引いていたし、クラ姉とイリ兄は暫く自主練に身が入ってなかった。ジェジとシャル兄なんかめちゃくちゃ落ち込んでいたんだぞ!」
「……っ!!」
サラの瞳が激しく揺れる。
「ごめ、ん……僕、ああするしか、なくて……本当にごめん……っ」
「……僕だって、心配はしてたんだよ。──ちょっとでも申し訳ないと思うのなら、今度、菓子折の一つでも持って謝りに来い。それで『心配かけてごめんなさい』って、あんたの事を一番心配してた連中にちゃんと謝って。分かった?」
「うん…………っ!」
目尻に涙を浮かべ、サラは何度も頷く。
顔を半分覆う黒髪を押し退け、目元を擦る彼を見つめる、ユーキとアルベルトの横顔は……とても優しい微笑みを浮かべていた。
♢♢♢♢
数々の和解と乱闘と治癒。そして闘争に次ぐ闘争を経て、私達はようやく落ち着く事が出来た。であれば、状況把握の為の情報交換と話し合いが行われるのは必然と言えよう。
私達の目的。妖精の存在と奇跡力について。巻き込まれ渦中に放り出されたミシェルちゃんの事。
奇跡力により人格を歪められていた事実に彼等の多くは驚愕し、妖精への憤りを覚えたようだ。まだ奇跡力は消えてないので注意してくれと告げると、被害者一同は力強く頷いた。
私が持っているカードをほとんど全て提示し、未だ険悪なムードが漂う攻略対象+αの面々に説明する。
……少しでも彼等に隙を与えると、すぐに口論→乱闘が始まる世紀末のような治安なので、とにかく私が話し続けるしかなかった。
舌の根も乾かぬうちに次々と話題を繋げ、誰にも口を挟ませない。ディベート大会に出場すれば、出禁になりそうな具合の捲し立てっぷりである。
言うなればそう……バッティングセンターの、打たせる気の無い爆速ピッチングマシンだ。私はこの十数分、それ程に会話のキャッチボールを放棄していたのだ。
「──つまり、愛し子を説得すればよいのですね」
血塗れの服はそのまま、怪我の治癒を済ませたミカリアが今後の方針をざっと定めると、
「かと言って、下手に突っ込めばこの場にいる大多数が、もう一度奇跡力の餌食になるんでしょ。全員足でまとい──いや、時限式の爆弾みたいなものだし、一緒に行動したくないんだけど」
ユーキが鋭い指摘をした。これには、実際奇跡力の影響を受けた面々も押し黙る。
だがそこで、思いもよらぬ人物が口を開いた。
「……一つ提案があるんだけど、いいかな?」
深緑の長髪と黒い法衣を揺らし、頼れるお兄さんことリードさんは奇策を披露した……。