567.Main Story:Ameless
前略。魔人化したマクベスタに、キスされた。
ただでさえ突然の事で混乱してたのに、追い討ちをかけるように愛の言葉を囁かれ、こんな状況だと言うのに私の脳内はパニック状態。
暫し石像のように固まっていたのだが、最悪なことに──……マクベスタの奇行を、皆が見ていたらしい。
「────マクベスタ・オセロマイトッッッ!!」
「っ! 急にどうしたんだ、フリードル殿。危ないじゃないか」
魔剣極夜を構え、異常な勢いで突撃してくるフリードル。彼による刺突攻撃を、マクベスタは、舞うようにふわりと体勢を変えて雷を纏う長剣で受け止めた。
「貴様──ッ、よくも我が妹の唇を奪ってくれたな!?」
「…………公衆の面前ですべき事ではなかったと反省しています。アミレスの愛らしい表情を、大勢に見られてしまったようだからな……」
「聞こえているぞ貴様ぁ!! 前提として、あの女に口付けをした事自体が問題であり、僕はそれを咎めているのだ!!」
「……いくら兄とはいえ、妹である彼女の色恋にまで口を出す権利など無いのでは?」
目にも止まらぬ速さで剣戟を繰り広げつつ、フリードルとマクベスタは口論を続ける。
唖然としながらそれを眺めていると、
「王女殿下! イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ、ただ今より護衛任務に戻ります。──早速ですが、今しがたマクベスタ王子より受けた暴行についてお話を……」
私服でも躊躇なく跪くイリオーデが、据わりきった目でこちらを見上げてきた。
「そんな暴行を受けた覚えはない……そもそも貴方、いつの間に帝都に戻ってきたの?」
「つい先程。ケイリオル卿より事情を伺い、当主の許可を得て元老会議を抜けて参りました」
「そ、そうなんだ。来てくれてありが──……」
戦力が多いに越したことはない。長期休暇中にもかかわらず駆けつけてくれたイリオーデに感謝を告げようとしたところ、
「──今、姫君の唇を奪ったとか、聞こえたのですけれど。どういう事か……ご説明、願えますか?」
「聖人……!?」
「いつの間に──!」
フリードルとマクベスタの戦いに、全身傷だらけで、瞳孔が開ききったミカリアが乱入した。その手に握られた武器──モーニングスターには赤い液体がべったりと着いており、白と金の祭服もまた、誰のものか分からない血で赤く染まっている。
その姿、まさにホラー映画の殺人鬼のよう。ミカリアはどうして、あんなにも深手を負っているの?
「いててっ……あの化け物め、何本も骨を折りやがって…………」
攻略対象達による大乱闘が始まった直後、ミカリアが現れた方向からゆっくりと近づいてきた、黒い影。それはミカリア同様に血塗れとなった、リードさんだった。
「りっ、りりリードさん!? どうしたんですかその怪我!?」
「あ、アミレスさん。いやあ、やっぱりあの化けも──……聖人殿は強いねぇ。この通り傷だらけさ」
「戦ったんですか? あのミカリア様と?!」
「そりゃあ……君の安否がかかっていたし。こう見えて結構頑張ったんだよ、私。もう、全身が痛くて痛くて仕方ないさ」
頭から血を流しつつ、彼は人の良さそうな笑みを浮かべる。
つまり、ミカリアとリードさんは満身創痍になるレベルの激戦を繰り広げていたということだ。ミカリアルートの終盤みたいに……。
「リードさん…………本当にありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。君が無事で何よりだ。っと、そうだ。シュヴァルツ君、魔族なりの回復手段とかがあれば教えて欲しいのだけど……」
と、リードさんが話を振ったので、釣られて私もシュヴァルツを見上げる。彼は、ムスッとした表情でこちらを黙って睨んでいた。
予想外の反応に、リードさんも戸惑いながら「シュヴァルツ君?」と声をかけるが、シュヴァルツは依然不機嫌なままだ。
「……回復手段もあるにはあるが、治癒魔法を使えるお前には不要だろ」
「それはそれ、これはこれ。とりあえず教えてくれたら嬉しいな〜」
「チッ……」
顔を顰めて舌打ちしつつも、シュヴァルツは例の回復手段とやらをリードさんに伝授してあげる事にしたらしい。なんやかんや優しいんだから。
「イリオーデ、そろそろ立ちなさい。いつまでも膝をついていたら、せっかくの綺麗な服が汚れちゃうわよ」
「ご命令とあらば」
「さっきは言い損ねたのだけれど……ありがとう、駆けつけてくれて。それと、おかえりなさい」
「っ! ──ただ今戻りました、王女殿下」
笑いかけると、イリオーデは土を払いながら立ち上がり、小さく微笑んだ。
だが程なくして、彼の視線が明後日の方に向けられる。その視線を追うと、
「……──推しカプのイベントCGたすかる……っ!!」
小脇にアンヘルを抱え、涙ながらに空を仰ぐカイルがいた。
アンヘルが非常にぐったりとしているのだが……まさかアンヘルに勝ったの? あの男。流石チート、略してさすチー。
訝しむように見つめていると、こちらの視線に気づいたカイルが、ひらひらと空いた手を振り駆け寄ってくる。
「アミレス〜、一つ聞いておきたいんだけどさ。さっきのアレ……嫌じゃなかったか?」
「さっきのアレって?」
おもむろに問われた事柄に心当たりがなく、問い返す。
「ほら、マクベスタにキスされてたろ。俺としてはいいモン見せてもらったが、当事者──お前が少しでも嫌だって感じたのなら、マクベスタのことを怒らないとだからな」
マクベスタを怒る? あの推し全肯定男が?
「何でそんな唖然としてんだよ。あのな、いくら相手が好きだからって無理やりシていい理由にはならねぇの。だから、アイツのことを変に庇ったりせず、率直な感想を聞かせてくれ」
「……嫌とか、よく分からないわ。とても驚いたし、すごく恥ずかしいのは確かだけれど」
「──そっか。まあ、後からやっぱり嫌だってなったら、その時は言えよ。相談ならいくらでも乗るし」
大人の余裕みたいなものを醸し出し、カイルは頭を撫でてきた。……なんかむかつく。ものすごく、むかつくわ。
カイルの態度が気に食わない私は、やたらと甘やかそうとしてくる彼の手を、びしっ、と。ぶんっ、と。勢いよく振り払った。




