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565.Main Story:Freedoll VS Iliode

 後にも先にも、あれ程僕の手で(・・・・)殺したいと思った相手はいない。

 この世の何よりも愛していた。だからこそ誰よりも幸せにしてやりたいと思い、そして愚かなあいつがこれ以上苦しまずとも済むよう、その死を願った。

 偏愛だ狂愛だと言われたが……これは僕にとって──……純愛以外の、何物でもないんだ。



 ♢



 キィンッ! と、剣と剣がぶつかり合う。

 聖剣でもなければ、魔剣でもない。腕のいい鍛冶師が打った、それなりに良質な長剣(ロングソード)。……にも関わらず。この男とその剣は、何故か魔剣極夜(きょくや)の一撃に何度も耐えている。


 塵芥(ゴミ)野郎の代わりに僕の相手をする事になった、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。

 流石は帝国の剣(ランディグランジュ)の元神童と言うべきか。その技術や膂力も然ること(なが)ら、何故か絶対零度を回避し続ける幸運をも持ち合わせている。

 ……魔剣の能力は、そのような運次第で回避出来る代物ではないのだがな。これについては、未だに理解も納得もいかない。


「イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。何故、貴様の剣は無事なのだ?」

「……この剣は呪われています。未来永劫、あの御方が下賜くださったこの剣をあの御方に捧げると誓った故──この剣は私が生きている限り、絶対に(・・・)壊れない(・・・・)のです」


 ランディグランジュ卿は熱誠な眼差しをこちらに向け、淡々と、しかして情熱を孕んだ声音でそう語る。

 何がどうして、それ故に壊れないと断言出来るのかはイマイチ分からなかったが……彼がそう言うのならば、そうなのだろう。

 それよりも。あの御方、というのは──。


「……貴様が剣を捧げる相手は誰なのだ」


 問うておきながら、既に答えは出ているようなもの。だからこれはただの確認だ。


「無論、アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下ただ御一人にございますれば。私はあの御方の為に剣を振るう騎士──この身は、あの御方の剣なのです」


 ふざけている様子など微塵も感じられない。それ即ち、この男の発言が全て“(まこと)”である証左であろう。どうやら本当に、この男が生きている限りは、決してこの長剣(ロングソード)も折れやしないらしい。

 とんと、理解が及ばん。


「左様か、余計な事を聞いたな。──これ以上貴様が僕の邪魔をするのであれば、容赦などせんが……まだ歯向かうか」

「貴方が王女殿下の邪魔となるのならば、それを阻止するだけの事。私が貴方の道を阻むか否かは、貴方次第です」

「……ならば、貴様は此処で死ね」

「申し訳ないが、その言葉には従えません」


 舞い降りる静寂。水を打ったように、しん、と無音が漂ったかと思えば、その直後。視線が交わった瞬間、両者共に動いた。

 地面を蹴り、空気を斬り、マントや髪を翻す。街中を移動しながらしのぎを削り、時には魔法を撃ち合っていたら、


「……皇太子殿下。一点、貴方にお聞きしたい事があります」


 そう、ランディグランジュ卿が冷めた目でこちらを見つめてきた。


「くだらない質問であれば、その首を落とすぞ」

「何故、貴方は王女殿下の道を阻むのですか? 貴方は以前、確かにこう仰っていたではありませんか。──王女殿下の事を愛しており、王女殿下の幸福を願っていると。ならば妹君を応援こそすれど、邪魔をするなど以ての外では?」


 ……僕が、あの女を愛していると? それも幸福を願うなど…………。

 有り得ないと否定したかった。

 だがどうやら、この頭曰く、それは事実らしい。こんなにもミシェルに恋焦がれているというのに──それ以上(・・・・)に、あの女を愛しているという言葉がしっくりと来てしまう。

 ミシェルへ抱く感情(もの)は真綿のように心地よく、あの女へ抱く感情(もの)は心地よさとは程遠い──苦く、痛いものだ。にも関わらず、後者の方が愛おしく感じるなど……僕の心はいよいよおかしくなってしまったのか?


「…………あの女の幸福を願う気持ちに、偽りはない。──でも。この愚かな心が、ミシェルを恋しく想い、アミレスを疎ましく思い込むのだ」


 僕の意思に反して、この体は勝手に暴走する。

 真に愛する女は間違いなくあの女なのに……ミシェルの為に動けなどと、この心と頭は騒ぎよる。

 まったく腹立たしいことこの上ないのだが、原因も分からなければ、対処法など分かる筈もなく。こうしてアミレスへの愛憎(あい)を思い出してもなお、僕はミシェルのことばかり考えてしまう。

 この身の、なんとままならないことか。


「言動が矛盾しています。お言葉ですが、今の貴方はまるで──そう在れと命じられ操られている、人形のようだ」

「……っ!!」


 その剣先のように鋭く突きつけられた、ランディグランジュ卿の言葉。それは見事に僕の精神に傷を負わせた事だろう。

 ──その通りだ。今の僕は、誰かの望むままに『ミシェルに恋している』。それが異常なのだと僕の胸は何度も訴えてきていたのに、目を逸らし続けてしまった。

 だが──……


『私を疎ましいと思っているのでしょう? ならば、私に関わらないで下さい。私も兄様には関わらないようにしますから』

『では。(わたくし)はこれにて失礼しますわ。ごめんあそばせ、大っ嫌いなお兄様♡』

『愛されないと分かっていて愛を求めるような愚かな事……(わたくし)はもう、二度としたくないのです』

『お誕生日おめでとうございます、お兄様。お兄様の健康とご成長を心よりお祈り申し上げますわ』


 憎らしげに睨むくせに、僕を気遣うあの女も。


『たとえ仕事だったとしても、兄様と一緒にお出かけが出来て、今日は楽しかったです』

『兄様が紅茶を入れてくれる事なんて、そう滅多にないので……この機会に、味わっておこうかなーと……』

『はじめては好きな人とするものだってあのひとが言ってたもん! 兄様とはしません!』

『私は兄様の事なんか大嫌っ……だ、だいき……ら……くっ、~~あぁもうッ! 好きなんかじゃないし!!』


 猫のように表情をコロコロと変える、あの女も。

 その一欠片も取り零さず──……僕は、あいつを愛してしまったんだ。

 否定する余地などいっぺんたりとも無いぐらい、アミレスの事を愛している。この世の誰よりも幸福にしてやりたいと思っている。

 だからこそ……僕は無意識下で、あいつへの贈り物を選んだり、紅茶を入れる練習をしたり、その姿を夢にまで見ていたのだろう。我ながら、なんという健気さなのか。


「……──感謝するぞ、イリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。貴様のお陰で、吹っ切れた」

「──? 何を仰っているのか……」


 剣を構え、彼はこちらを怪訝そうに見つめてくる。

 ミシェルへの恋情は未だ消えてはくれない。ならばそれすらも利用すればいいだけの事。愛おしい者に尽くし、徹底的に甘やかして愛してやりたいと思う、この、僕には存在し得ない愛情(もの)──……これをもし、アミレスに向けてやれたなら。

 あいつは今度こそ、僕を愛してくれるのではなかろうか?


「っ、何やらおぞましい寒気が……! 皇太子殿下、何かよからぬ事を企ててはいませんか」

「失礼な奴め。僕はただ、愛する妹を如何にして甘やかしたものか、と画策していただけだ」


 しまった、正直に答えてしまった。

 そうハッと我に返った時にはもう手遅れで。


「──皇太子殿下。絶対に、王女殿下の元ヘは行かせません!」


 ランディグランジュ卿の目が、真剣の二文字に吊り上げられている。

 何やら先程よりも敵意……いや、殺意が増しているが、どうしてなのか。兄が妹を甘やかすというのは、なんらおかしな事ではないと思うのだが。


「邪魔をするのであれば容赦はせんと、先も伝えた筈だが────……」


 極夜を構え、もう一度臨戦態勢に移る。

 愛に障害はつきものと言う。

 ならば。偽りの恋も、眼前の障害も、全て乗り越えてやろうじゃないか。


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― 新着の感想 ―
[一言] やだーー!!!!シルアミ推しなんですぅー!!!!!ごめんなさいー!!!!マクアミではないんですー!!!!!!でも面白いから読んじゃうー!!!!!!うえーーーん!!!!寿命からの妖精界展開キボ…
[良い点] こんばんは~!今日も更新ありがとうございます! さて、ニタニタと笑ってしまいます…いやぁ兄妹って良いですよねぇ…。全てを利用してでも、アミレスを愛し、アミレスに愛されたい…情熱的ですねぇ…
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