553.Main Story:Others
「クソ……ッ!」
(──なんだよこのエルフ! めちゃくちゃ強い……!!)
護身術として教わった体術。独学で習得した弓術。神殿都市で習った魔法。それら全てを駆使してもなお、眼前のハーフエルフには及ばない。
片膝をつき、ロイは歯を食いしばった。そんな青い少年を見下げるは、瞳の形をした真紅の宝石。
(……数十年ロクに体を動かしてこなかったからかな、頭に体が追いつかない。今度、感覚のズレを正しておかないと)
ユーキ・デュロアスは首に手を当て、それをぐいぐいと動かし骨を鳴らす。
「まさか、この程度で終わりじゃないよね?」
「──ッ! そんな、わけ……っ、ないだろ!!」
ユーキの挑発に乗ったロイは火の弓矢を作り上げ、燃え盛る鏃を放つ。放物線を描き、空気に触れて威力を増したそれは容赦なくユーキへと降り注いだ。
しかし、彼は屈んで石畳に触れるだけで回避行動を取る様子はない。っと、その瞬間。
「隆起しろ」
まさしく真紅の輝きを放つ魔法陣が石畳に刻まれる。直後──ユーキの言葉に釣り上げられたかのように、石畳が粘土のごとく形を変え、火矢を防ぐ壁となった。
「なっ──!? まだまだ……!」
だがロイも負けてられない。次々と火矢を撃ち、ユーキ目掛けて赤橙色の雨を降らす。
しかし、その全ての攻撃が蠢く石畳の壁によって防がれてしまうのだ。
「防戦一方っていうのも柄じゃないし……感覚を取り戻す為にも、そろそろ動くか」
石畳に触れ、ユーキはまたもや変の魔力を使用する。すると石畳はみるみるうちに姿を変え、石の双剣へと変化した。
それを両手に構え、ユーキが低い前傾姿勢を取る。
「僕、こう見えて近接戦の方が得意なんだよ」
「いつの間に────ッ?!」
ほんの瞬きの直後。ユーキはロイとの距離をわずか数メートルまで縮めていた。
エルフといえば、魔法での戦闘や支援のイメージが強い。実際、ロイの知り合いのハーフエルフ、セインカラッド・サンカルもまた魔法での戦闘を主体としている。
だから、エルフが近接戦に持ち込んでくるとは思いもよらなかったのだ。
「ぐ、ぅう〜〜〜〜っっっ!?」
石で出来たなまくらの刃は裂傷こそ残さないものの、受け止めたロイの腹部に強烈な打撲痕を残した。
ユーキの勢いも重なり後方に吹っ飛ばされたが、ロイは不安定な体勢のまま、火の弓に何本もの矢をつがえ、放つ。
「────は?」
瞠目。ユーキは、見覚えのある弓術に、思わず動きを止めてしまった。
(それは、あいつの──……)
かつて、親友が得意としていた技。ロイはこれを、訓練中のセインカラッドを盗み見て習得していたのだ。
懐かしい技。数十年ぶりに見た、親友の描く放物線。落ちてくる火の流星群を見上げ、ユーキは──
「下手くそ」
愉しげに笑っていた。
♢♢
「きゃああああああっ!?」
(──なに、なんなのこの人!! ずっと追いかけてくるんだけど?!)
少女の甲高い悲鳴が響く。必死に振り上げた手足からは白く細い肌が垣間見え、風を取り込み膨らんだ金色の髪は、黄昏時のススキのように揺れている。
愛らしい少女はその顔を青く染め、滝のような汗を流して逃げ惑う。何から逃げているかって? そりゃあもちろん、
「どこに逃げても無駄だぞ。俺は天才だからな」
やたらと疾走フォームが完璧な、眼鏡を掛けた美青年に決まっている。それも、かなりのドヤ顔の。
他の面々が戦闘を繰り広げる中。ミシェル・ローゼラとシャルルギルは、街中を駆け巡る追いかけっこに興じていたのであった……。
♢♢
「あのさぁ、カイル!」
「っなんだいアミレス!」
「──私、貴方の言ってた言葉の意味、やっと分かったの!!」
「言葉……?」
カイル・ディ・ハミルは女性に手を出せない。
そんな状況下で起きた殴り合い──にも満たない、一方的な攻撃と一方的な防戦。その傍らで、悪友である二人は、青春映画よろしく拳で本音をぶつけ合っていた。
流石に疲れてきたのか、一度距離を置いて肩を上下させつつ、白銀のポニーテールを揺らしながらアミレス・ヘル・フォーロイトは語る。
「自分が犠牲になってもいいだなんて、私を大事に思ってくれてる人の前では言うなって……それは皆を傷つける言葉だからって──前に貴方、そう言ってたでしょ!」
思い返すは、約二年前にスコーピオンとの交渉の為に向かった、港町ルーシェでの一幕。アミレスの功利的利他主義気質を目の当たりにし、彼女に執着する面々を憂いたカイルが、忠告を兼ねてアミレスに告げた言葉。
カイルは箪笥の隅から当時の記憶を取り出し、確認する。──まさか、アミレスがそんなことを覚えているとは。と驚くも、彼女の記憶力ならば可能かと小さく笑む。
「あの時は私、貴方が何言ってるのか全然分からなくて……でも、今ならなんとなく、分かる気がするの!」
ヒールブーツで強く地面を蹴り、もう一度カイルへと突撃する。
「私──……すごく、皆に『愛されてた』! 私から返せる愛なんて何もなかったのに! それでも皆はこんな私を『愛して』、私以上大事にしてくれていたんだって……やっと分かったの!!」
「────っ!!」
拳を振りかぶりながら、アミレスは叫ぶ。
異常なまでに愛情に鈍感だった少女から発せられた、愛にまつわる言葉。アミレスの予想外の変化に目を見開いたカイルは、回避行動も防御姿勢もとれず、彼女の拳を顔面で受け止めた。
「だから私、これからは自分を大事にしたい! 皆にこれ以上心配かけたくないし、私の所為で悲しい思いもさせたくないの! ──でもっ、私一人じゃ絶対に出来ない。皆に大事にされてることも、『愛されてる』ことも分かったけど…………それでもやっぱり──……私は、誰も、何も犠牲にしたくない! 自分が犠牲になる道があったら、きっと何度でもそれを選んじゃう!!」
それが、『彼女』だから。歪み捻じ曲がり、それでも美しく、誰しもを魅了するが誰にも手折れない強さを持つ、孤高の毒花。──そんな彼女の人間性をよく理解しているからこそ、カイルは言葉を失った。
(そうだな。君は──……どれ程愛されていようが、誰かを犠牲にするぐらいなら自分を犠牲にする。そして……『愛情』を知ってしまったのなら。これからは、それにより生じる罪悪感に身も心も蝕まれるだろう)
──こんなことなら、一生愛を知らないままの方がよかった。だなんて……やはり悲劇だな、君の人生は。
感情を押し殺すように、物憂げに目を細めた、その時。