551,5.Interlude Story:Elemental
(──五体、か)
高台から街を見下ろし、美しい長髪を風に靡かせながら、精霊王は鎌首をもたげて短く息を吐く。
五体。それは、妖精との全面戦争で使える駒──すなわち制約の影響下である人間界にて、全力で戦わせる事が可能な精霊の数である。
質を落とせば数は増やせるだろう。だが、妖精の発動する奇跡を強引に掻い潜って、その身に牙を突き立てる事が出来るのは、神々から与えられた権能を身に宿す最上位精霊ぐらいなものだ。
それにより、量を捨てて質を選ぶ選択肢しか彼にはなく。
権能による人間界への影響及び被害を最小限にすべく、精霊王もまた権能の行使が求められる。──よって、五体。
それが、彼に残された選択だった。
(……いいや、五体じゃないな。一体はボクのもとに残しておくから、実際に動けるのは四体か)
制約に縛られる彼は、大規模な戦闘行為を禁じられている。自衛程度は可能なのだが──今回は権能を使用する必要がある為、その自衛すらも叶わないのである。
「ちなみに聞くけど。この中でボクの護衛やりたい奴、いる?」
くるりと振り返り、シルフは選抜した最上位精霊達に問う。あっち向いてホイッ! と騒いでいた彼等は慌てて姿勢を正し、返事を考える。
四名が真剣に悩む中、ただ一体、凄まじい速さで挙手した男がいた。
「王よ、俺が貴方をお守りします」
「フィンか……でもお前強いからなぁ、可能なら妖精殲滅に回ってほし──」
「俺が貴方をお守りします」
「いや、終の権能とかこの中で一番妖精に有効なんだから、お前は妖精を──」
「俺が! 王を! お守りします!!」
「今日どうしたのお前!?」
フィンの頑固な勢いに、シルフは狼狽する。
(王のお役に立ちたい。王の力になりたい。王の剣になりたい。王の──……)
(相変わらず、フィンは表情が読めないな。何考えてるんだ、コイツは……?)
何度も同一存在として生と死を繰り返しているのに、シルフは知らなかった。──フィンが、実は自分のことが大大大好きだということを!
「フィンさん、最近すげー楽しそうだな……」
「へーかのために働けて、フィンおじさま、毎日活き活きしてるの。元気すぎてきもちわるい」
「…………そう言ってやるな、エレノラ。彼の王愛は常に異彩を放っているだろう」
エンヴィーが引き気味にボソリと零す。するとそれに反応するかのようにエレノラが毒を吐き、ゲランディオールがさして効果のないフォローを行う。
フィンの異常性を知る彼等は慣れた様子でそれを眺めつつ、「まー、我が王の護衛はあのヒトでいいっしょ」「ノラ達がやったら、妖精より先にこっちが殺される」「異議なし」と話を進める。
そこでエンヴィーは、念の為にと最後の一体にも確認した。
「つーわけでっ、お前も妖精殲滅隊でいいよな? フリザセア」
「ああ」
「……あのさ、もっと話し合いに参加しろよなー。てかもっと喋れ」
「面倒だ。喋るのは」
「マジで、弾丸会話と美容話と無限世間話と一緒の部屋に閉じ込めてみてーよ。お前のこと」
「──拷問か?」
エンヴィーの冗談交じりの言葉に、フリザセアは顔色一つ変えずに軽く返す。だがその目は真剣で、『本当にそれだけはやめろ』と物語っていた。
フリザセアは他者と関わる事を好まない。基本的には無口無表情であり、氷の最上位精霊であることから、ちょっと怖い冷酷な男として遠巻きにされているし、彼自身もそれを受け入れ有意義な一人時間を享受している。
ちなみに──フリザセアとエンヴィーは親友である。彼の希少な友の一体が、最上位精霊屈指のコミュ強、エンヴィーなのだ。
(……姫さんの話によると、フリザセアが笑顔かつ饒舌に喋っていたらしいんだが……やっぱり信じられねーな。いや姫さんの言葉を疑ってる訳じゃなくて、コイツが?! って戸惑っちまうんだよな……)
アミレスが目覚めてから、フリザセアは彼女と話す機会に恵まれなかった。アミレスは人気者故か引っ張りだこで、おじいちゃんムーブに興じる暇すらなかったのである。
悲しきかな。エンヴィーをはじめとした精霊達は、フリザセアの初孫フィーバーを誰も信じていないのであった。
「……──ローズニカ様。精霊とは、かくも個性豊かな方々だったのですね」
「えぇ。私も……初めて見た時は本当に驚きましたわ…………」
精霊達による妖精殲滅隊。それに同行するローズニカと、その護衛モルス。二人は個性豊かな精霊達のやり取りを見て、心のどこかにあった幻想が崩れ去るのを感じたとか、感じなかったとか……。