546.Main Story:Ameless2
「話の腰が折れちまった。コイツはまァ、天使についての解説要員みてェなものだ。それで──……ああそうだ、ハーフエルフの話だったな」
ごほん、と咳払いして。シュヴァルツがおもむろに語り紡ぐ。
「さっきも話した通り、妖精は天使と遭遇した時点で奇跡力を失うとされる。だがそれは天使が『魂の運び屋』──死者の下に現れる存在だからであって、天使の関係者であればその効果が無条件に成立するというワケではない」
ここまでは全員理解しているな? と彼は視線を巡らせる。私達がそれぞれ頷いたのを確認し、シュヴァルツは次のステップへと進んだ。
「例えば堕天使。コイツ等は言わば、既に辞職した元審判官だ。審判官だった過去もその技量もあるが、審判官という仕事を辞めた以上、コイツ等にはもう審判する権利と資格は無い。──よって、堕天使が妖精の前に現れようが、妖精の奇跡力が失われる事は無いだろう」
相変わらず分かりやすい例えだ。やっぱり教職向いてるよ、この魔王さま。
「次にハーフエルフ。こちらも当然、ただ天使の血を保有するだけなので、妖精と遭遇しても奇跡力を喪失させるような因果調律は発生しない。──ただ、これだけで終わるってワケでもなさそうでなァ」
私も先程初めて知ったのだが、なんとハーフエルフは人間と妖精の混血ではなく、天使と妖精の混血らしい。変に目をつけられぬようにと、表向きには人間と妖精の混血にしていたとか……。
どちらかと言えば、エルフの方が私達の思うハーフエルフに近いらしい。何せエルフとは──……人間の血を取り込んで亜人へと変質した元妖精の一族だからだ。その為、エルフは奇跡力を持たず、代わりに魔力を持つのだとか。
話は戻るが──ここからはあくまでもオレサマの自論だ。と前置きして、シュヴァルツは続ける。
「『魂の運び屋』という役割は一旦置いておいて……天使は妖精を否定する存在として有名だ。──なればこそ。天使の血には妖精の奇跡を退ける力があると、オレサマは踏んだワケ。それで一つ、確認したかったんだが……」
「……何?」
「まさか、既に検証が終わってるとは思わなんだ」
ユーキを一瞥し、シュヴァルツは大袈裟にため息を吐いた。……検証が終わってる? 話の流れから察するに、その言葉が指すものは──。
「……ユーキは、奇跡力の影響を受けていない!」
「お。流石はアミレス。──その通り、お前達の話を聞いた限りでは……ユーキは強力な奇跡力の発生源を目視したにもかかわらず、なんの変異も無い。つまり、オレサマの仮説は正しかったってワケだ!」
いやァ〜オレサマってば天才? と、彼は得意気になる。しかし、
「おい先走り悪魔。お前の理論だと、アミィとシャルルギルまで奇跡力を回避した説明がつかないと思うんだけど?」
シルフが前のめりでその鼻っ柱をへし折りにかかった。
「……アミレスが奇跡力を回避したのはお前の加護が原因じゃねェのか?」
「その可能性は大いにあるけど断定は出来ない。何せ前例がまったく無いからな」
「マジで使えねェなこの精霊……──アミレスの方は、まァ、とりあえずシルフの影響って事でいいか。問題はシャルルギル、だなァ……」
室内にいた全員の視線が、シャルに集中する。だが本人は相変わらずきょとんとした顔で首を傾げるのみ。……本当に、彼はどうやって奇跡力を回避したんだろう。
そこでふと、堕天使──エンデアとやらが口を開いた。
「──そこの眼鏡。貴様に問おう」
「……眼鏡? ハッ、俺か……!?」
この空間に眼鏡を掛けてる人は貴方しかいないわよ。……って、この流れ数日前にもやったわね。
「目が悪いのは生まれつきか?」
「あ、あぁ。昔からずっと、目は悪い」
「それが悪化したことはあるか」
「うーん……たぶん、なかった。昔からずっと、物の見え方は変わってない、はず」
「そうか。貴様が所持する魔力はなんだ」
「魔力? 毒の魔力だが……それがどうした?」
「肉親の魔力は? 血縁関係のある兄弟姉妹がいるならば、そちらでも構わん。さっさと吐け」
「ええと…………」
エンデアからの質問攻めにシャルは困り顔で視線を彷徨わせた。
「……兄弟姉妹は、いない。親は──、その……」
あぅ、と言い淀みながらもシャルは意を決したように顔を上げ、言葉を紡ぐ。
「──俺が、殺した。俺を欠陥品だと、たくさん痛いこととか、『ジッケン』をしてきた、から…………やめてって言ってもやめてくれなくて、気がついたら、毒殺していた。──あのひとたちは、ただの……土と、風の魔力だった、はず」
……え? 親を、殺した? あのシャルが?
絶句していると、ユーキもまた同じような表情で固まっていた。シャルの性格を知る私達からすれば、今彼の口から語られた過去は──それだけ、信じ難いものなのだ。
「実験──、具体的にはどのようなものだ」
「……あまり覚えてない、けど。『苦痛を与え続けたら覚醒するかも』──みたいなことを、親は言っていた気がする」
「成程。では、最後の質問だ」
シャルの過去すら上手く飲み込めない私達を置いて、エンデアは核心に迫ろうとする。
「貴様の背に──……痣はあるか?」
「────っ!?」
痣って、なんの話? どんどん話が跳躍するものだから、エンデア以外の全員がそんな表情になっている。
そう、思っていたのだが。中でもただ一人──……問われた本人だけは、驚愕に目を見開いていた。
「なん、で……分かったんだ? 俺の背中には、生まれつきよく分からない痣がある……らしい。でも、これがいったい何だって言うんだ……?」
「──はぁ。魔王様、これで確信が持てました」
自分は散々質問攻めしておいて、シャルの疑問には何一つ答えないまま、エンデアはシュヴァルツの方を振り向く。そして、彼は思いもよらぬ真実を口にした。
「シャルルギル、だったか。あの男は──……天使の末裔です」
だから妖精の奇跡力を回避出来たのでしょう。と、サラリと彼は言う。
「てん、し? シャル兄が──天使の、末裔?」
「嘘でしょ、シャルが……天使の……」
「まっ──、『まつえい』ってなんだ…………!?」
ユーキと私が戦慄するなか、シャルは当事者のくせして的外れな言葉を吐く。見かねたナトラが「末裔とは子孫の事じゃ」と呆れた様子でツッコミを入れたので、シャルもなんとか着いてこられた様子。
……しかし、天使の末裔と言われて納得がいく部分もある。シャルのあの浮世離れした、度を超えた天然っぷりも──人ならざる存在だから、と説明されると途端に説得力が湧いてしまった。




