♦540.Chapter1 Prologue【かくして君を愛しむ】
絢爛豪華な玉座の間。しかし本来玉座があるべき場所にそれはなく、あるものは最高品質の天蓋が降ろされた、豪奢の極みである大きな寝台。
高砂のような場にあるそれを見上げ、ショーウィンドウに置かれたおもちゃの兵隊の如くずらりと一列に並ぶ者達は、跪き深く頭を垂れた。
「……──女王陛下。貴女様の忠実なる宝石、ラヴィーロが御報告に参りました」
宝石の化身と言われれば誰もが信用してしまいそうな美しさ。しかしそれを鼻にかけることもなく、あくまでも至上の主の輝きを引き立てる脇役に徹する、宝石の両手と触角を持つ男──女王近衛隊隊長、ラヴィーロが口火を切る。
すると、半透明の天蓋の向こうでは、柔らかな印象を抱くシルエットが僅かに動いた。
「あら、ラヴィーロじゃない。ほらほら、あなたの綺麗な顔をわたくしに見せてちょうだい?」
天蓋の向こうから聞こえてくる、妖艶でありながらも幼さの残る声。彼等が心酔するその声に誘われるように、ラヴィーロは面を上げる。
「ふふっ……ほんとうに、あなたの顔は綺麗ね」
「女王陛下の輝きには遠く及びません」
「そんなことはないのに。まあ、いいわ。ところで今日はどうしたのかしら」
「先程申し上げました通り、御報告させていただきたいことがありまして」
「報告…………ああ! もしかして、ようやく宴の準備が整ったの? わたくし、ずっとずぅーっと待っていたのよ!」
恍惚とした声音は、まさに恋する乙女のよう。ラヴィーロ以外の兵隊達はその美声に陶酔し、夢心地となる。その中でただ一体理性を維持していたラヴィーロは、もう一度顔を上げ、天蓋に透ける影目掛けて声を放った。
「──この目で、星を確認しました。よって、条件が整い次第、女王陛下を饗宴の場にご招待させていただきます」
「まぁ、まぁまぁまぁ! あなたたちのお知らせどおり、ほんとうにお星さまが落ちてきたのね! ああっ、お星さまに逢える時が楽しみだわぁ!」
「饗宴の開催を、今暫くお待ちくださいませ」
鼻歌混じりに寝台の上で踊る女王に挨拶を済ませ、ラヴィーロは兵隊達を伴い謁見の間を後にする。
程なくして兵隊にもそれぞれ仕事を与え、一人となった彼は、形だけのものとなっている監獄へと足を向けた。
その最奥。誰も寄り付かないような視界すらも定かではない場所からは、何故か、話し声が聞こえてくる。
「ギャハハハ! アンタ、ほんとに面白ぇな! 次は? ほらほらっ、次は何話してくれんのっ?」
「頼むから一回休ませて……喋り続けたから喉が……カラカラなんだけど……」
「あー、人間はオレ達以上に食事が大事なんだっけ? とりあえずこれ飲む?」
「えぇ……何その、明らかに飲んじゃ駄目な色合いの液体」
「蜜妖精の体液!」
「ヨモツヘグイじゃん!! せめて人間界の食べ物をくれないかなぁ!」
誰もいない最奥の檻から聞こえてくる、底抜けに明るい声と疲れ果てた声。寂れた監獄に響く話し声に、ラヴィーロは眉根を寄せ、呆れの息を零す。
「──サンク。私は汝に、その者の拉致監禁だけを命じた筈だが」
目を閉じればそこには取調室が。淡々と、されど威圧感満載のその声で名を呼ばれ、隻腕の男は大きく肩を跳ねさせた。
「あは、は……思いのほか、この人間が面白くて……つい話し込んじゃった…………」
ぎこちない動きで振り返り、サンクはえへっ☆と舌を出した。それを間髪入れずで殴り、ラヴィーロは冷たい地面に倒れ込んだサンクを冷酷に見下ろす。
「痛いじゃないっすかぁ! 隊長ぉ〜〜!!」
「命令に無い事をした汝が悪い。そもそも……汝は命令すら守れていないではないか」
「ぎくっ!」
涙目で腫れた頬を抑えるサンクであったが、突如ラヴィーロによる追及が始まり、その顔に滝のような冷や汗を滲ませた。
「私は確かに、『五体満足で連れて来い』と告げた筈なのだが……何故その者は、辛うじて人としての形を保っているだけに過ぎぬ怪物と成り果てているのか」
「いやぁ〜〜、あはは。まぁ、その。──ちょっと戦っちゃったぶぐふぉッッッ!?」
あまりにも早い打擲。まだサンクが話しているにもかかわらず、ラヴィーロは容赦なくもう一発お見舞いした。
(このヒト達仲間じゃないの!? なんで仲間同士で争ってるんだ……?)
絶賛拉致監禁中であるにも関わらず、彼──鈍色の髪を持つ青年は思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
その時、ラヴィーロが彼を一瞥した。それにより目と目が合ってしまい恋が始まる──
(ひぃぃいいっ!? 何このヒト、一周まわって不気味なぐらい綺麗な顔してるんだけど! こんな綺麗なヒトが暴力的なパワハラしてるの? 妖精界怖っ!!)
なんて事はなく。吊り橋さんサイドもびっくりの恐怖を覚えているにもかかわらず、それを恋の脈動と勘違いしたりはせず、彼は純粋に、ただただラヴィーロを恐れていた。
「さて。此度の失態については──私の個人的な命令という事で、不問とする。故に汝は早急に通常任務に戻れ。さもなくばここで殺す」
「はいッ! 早急に任務に戻ります! ご高配痛み入りましたぁ!!」
ラヴィーロの眼光に貫かれ、サンクは隻腕で器用に飛び上がり、脱兎のごとくこの場から離脱した。
その後程なくして。怪物に成り果ててもなお輝きを損なわない紫瞳をじっと見つめ、女王近衛隊が隊長は高圧的に告げる。
「私と少し、話をしようじゃないか──レオナード・サー・テンディジェル」
監獄には、静謐な声と誠実な声だけが響いた──……。




