534.Main Story:Ameless4
オセロマイト王国の滅亡を阻止し、レオの強制登城とローズの死を防ぎ、魔物の行進を予定よりも早く終わらせた。
だって、そうなると知っていたから。それで苦しみ悲しむ人達がいるって分かっていたから。だから少しでも被害を減らし、あわよくば被害を無くしたくて──……その一心で頑張ってきた。
それなのに。私のやってきた事は、全て間違いだったの? 私が余計な事をした所為で、今こうして、無辜の民や……平和な街が理不尽な危険に晒されているの?
────『私』の、せいで。
言うなればこれは……存在意義の剥奪に等しい。他者と世の中の役に立つ為に生きる私にとって、誰かの益にこそなれど損となるなど許されざること。
……でも、後悔はしていない。
たとえ私の存在意義が無くなろうとも、皆の未来を守れた事を後悔したりはしない。──絶対に。
だって私は、失うことを恐れる程に、皆のことが大好きで──……かけがえのない『私』の宝物だと思っているから。
宝物を守れたんだ。それはとても、誇らしい事だ。
「……ねぇ。なんとかしろって言ったのは僕の方だけど、本当にどうにか出来ると思ってるの? だってそこの精霊が言うには……これ、妖精絡みなんでしょ」
眉尻を下げ、ユーキが袖を引っ張ってくる。
「──たとえ敵が何者でも私は諦めないよ。だって、他ならないユーキが私の事を頼ってくれたんだから」
「……何その理由。そんな馬鹿みたいな生き方して、後悔しても知らないよ」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」
呆れた様子のユーキの瞳を見つめ、
「それが皆の為になる事だったら──……私は絶対に、後悔だけはしない」
かっこつけて笑ってみせる。
虚飾のドレスは相変わらず私にピッタリで、何よりも着心地がよい。それを翻しふわりと膨らませるように、『私』の醜い本性を遠くへと追いやって覚悟を決める。
「だから、私と一緒に行こう。貴方の敵は全て私が殺し尽くすから。私を信じて」
「……っ」
手を差し伸べると、ユーキは目を丸くして息を呑んだ。
「さっきみたいに縋れとは言わないけど、いくらでも頼って──ううん、利用してくれていいのよ。私、貴方達の為なら何だって出来るもの」
私は“アミレス・ヘル・フォーロイト”──……悪逆非道、冷酷無比の氷の血筋の人間だ。だから、殺すとか利用するとか、そっちの方がずっとやりやすい。
「…………あんたと、もっと早く出会えたらよかったのに」
ぽつりと呟かれたその言葉の真意を問う暇はなく。彼は一呼吸置いて顔を上げ、宝石の如き──否、紅玉そのものである瞳を煌めかせた。
「アミレス・ヘル・フォーロイト姫。妖精の森が統治者一族──……王の末裔の名において、今此処に改めて、貴殿に協力を申し出たい」
私の知る彼の姿とは大違いな堂々とした立ち居振る舞いと、はっきりとした口調。その姿はまるで、傲慢で強かな貴族かのようだった。
そして彼は私の手を握り、いたずらっぽく笑って続ける。
「どうか、僕の家族を助ける手伝いをしてくれ。妖精なんかの餌食になった弱っちい奴等を、この手でとっちめてやりたいんだ」
「──ふふっ、いいわよ。アミレス・ヘル・フォーロイトの名にかけて、鍛錬が足りない部下達を扱き倒してやるわ!」
「いいね、それ。シャル兄のことを無視してジェジに苦しい思いをさせた連中には、痛い目に遭ってもらおう」
今まで私は、ユーキのことをほんの少ししか知らなかったらしい。数年の付き合いで仲良くなったと思っていたけれど、そんなことはなかった。
だって……今のユーキの方がずっと楽しそうだから。──この活き活きとした邪悪な笑顔を、楽しそうと表現していいのなら、の話だが。
♢♢♢♢
ユーキが言うには、なんと彼は妖精の森を統治していたハーフエルフの一族の三男坊で、私達の文化で言うところの第三王子的な存在だったらしい。
今まで彼とは話しても世間話程度しかした事がなかったから、急にユーキが自分の事を語り出した時は驚いたとも。
彼曰く、『……あんたが信じろって言ったんでしょ』──とのこと。どうやら私が信用に足る人物だと判断してくれたようで、それで彼の秘密を教えて貰えたのだと思う。
そしてもう一つ分かった事がある。
ユーキは、私達が思っていたよりもずっと──腹黒かった。故郷では暗殺や拷問を日常的に行い、攫われてからは人道から外れた行為に晒されていたそうなので、その影響なのかもしれないが……彼の悪辣な性格はどちらかと言えばヴィラン寄りなものであった。
とどのつまり。ユーキ、めっちゃ猫被ってた。
今までの毒舌ですら相当希釈して薄めたものだったのだから末恐ろしい。『普段気弱に振舞っておけば、いざという時便利でしょ?』──と言っていたが……まさか、あんなにもゲスい笑顔が似合うとは……。
「姫、また穢妖精が来たが、どうする? 俺が殺っても構わないが」
「じゃあお願いしてもいいですか? 何があるか分からない以上、魔力を温存しておきたいので」
「了解した。おじいちゃんに任せておけ」
と小さく微笑み、フリザセアさんは地面を隆起させるかのごとく氷山を作り上げた。それは穢妖精の群れを飲み込み、あっという間に氷漬けの標本へと変えてしまう。
「さっきはユーキを追いかけるのに精一杯で周りを見る余裕がなかったが……街にこんなに化け物がいるなんて」
「これに気づかないとか嘘でしょ……? シャル兄、いくらなんでも節穴過ぎない? その眼鏡偽物なんじゃないの」
「何をぅ! シャンパー商会製の眼鏡が偽物な訳ないでしょう!!」
「なんでここであんたが熱くなるんだよ」
西部地区に入ると、例の媒体さんがいる影響か夥しい数の穢妖精が現れるように。シャトルランの音楽並に、時を重ねるごとに出現頻度が上がっていく。クソゲーみたいなシンボルエンカウントマップだ。
皆で仲良く走りながら、前を行くフリザセアさんの勇姿を目に焼きつける。……いやもうあのヒト一体でいいじゃん。