526.Side Story:Angel
手元の地図を見ながら進んでゆく。
誰かの親切心か、はたまた毎度道を聞くのが面倒だと思ったからなのか、過去の俺は変人王子が泊まっている部屋への地図を手に入れていたようだ。
本来同じ国からの客人である俺達は近い部屋に泊まる予定だったのだが、あの変人の近くの部屋というのはなんとなく嫌で、布野郎に直訴して遠くの部屋を用意してもらった。
だってあいつ、部屋が近かったら絶対面倒事を持ち込んでくるだろ。
あの変人はミカリアと同じ系統の臭いがする。事ある毎に絡んできては延々と一方的に話す暇人。──うむ、これだ。
そんなやむを得ない事情から、俺は離れた部屋に宿泊しているのだが…………こんなところに思わぬ弊害があるとはな。
建物の構造なんて些細なものを覚える余裕も無い俺からすれば、あいつを訪ねるだけでも一苦労なんだが。
「ここ……で合ってるだろ。間違ってたらその時はその時だ」
ようやく辿り着いた部屋の扉の前で地図にもう一度視線を落とし、一呼吸置く。
「勝手に失礼するぞー。変人王子はいるか?」
扉を開き、部屋に入る。するとやけに乱雑とした室内が視界に飛び込んできた。
壊れた魔石が床にいくつも転がり、複雑な魔法理論の証明式が所狭しと書き綴られた紙がゴミのように散らばっている。
試作品や失敗作と思しき魔導具が無造作に置かれ、これが更に足の踏み場を狭めているようだ。
そしてこの部屋──……いや。この工房の中心では、あの変人が黙々と魔導具作成に勤しんでいる。
「銃? なんだおまえ、魔導兵器でも作ってるのか」
変人は銃型の魔導兵器を作っているようだ。だが見たところ危険性はないというか、殺傷能力が皆無な模様。
なんだあの変な理論と術式……つーか、銃型魔導兵器なんてモンを作れる等級だったか? こいつ。
魔導具と魔導兵器は、魔導具研究学会から発行された魔導具師証明証を持ち、定期的に行われる学会での論文発表や研究開発実績を元に決められる魔導具師としての等級によって、個人で作成可能な範囲が変わる。
勿論俺は学会で唯一の最高等級なので、制限なく好きなだけ好きな物を作れるが……こいつは違うだろ。
自作魔導具の情報開示は作者本人の自由だが、開示すれば魔導具研究の発展に寄与したとして等級昇格に繋がるのに……こいつは一度たりともそれをしていない。学会での論文発表や開発実績の記録も全く無い筈だ。
まるで、魔導具師証明証の為だけに学会に所属したかのよう。そんな男が個人での魔導兵器作成許可が降りる準二等等級以上の等級な訳がない。
とどのつまり──こいつは、完全にクロだってことだ。
学会所属の身として、問題視すべきなのか? ──まあ、面倒臭いし別にいいか。あいつが違反行為に及んでいようがいまいが、俺には関係無いし。
何より──……明日の俺は、どうせこんなくだらないことは忘れている。ならば今の俺があれこれと考える必要もなかろう。
「……ん? あぁ、伯爵──じゃなかった、アンヘルか。これは、そうだな……個人的な目的でここ暫く暇さえあれば弄っているものだ。それはともかく、勝手に人の部屋に入らないでほしいんだが?」
こちらにようやく気づいたかと思えば、立ち上がりながらも変人は話を逸らした。このまま詰めてもいいのだが、
「それじゃあ本題に移るぞ」
変人がうだうだと文句を垂れる予感がしたので、この流れに便乗する。すると変人は不服だと言いたげに眉を顰めて口を閉ざした。
「ミシェルが街に遊びに行くとかで、俺達も一緒にどうかと誘ってきたんだ。おまえのことも呼んでこいってな。十秒で支度しろ」
「俺に拒否権はないのか」
「無い」
「……まあ、他ならぬローゼラ嬢からの誘いとあれば──ご相伴にあずかるしかないか」
含み笑いを携え、変人はこれを承諾。その後、製作途中だった銃型魔導兵器を鞄の中に入れ、奴はこちらを振り向いた。
「待たせたな。それじゃあ行こうか──……俺達のヒロインの元に」
どこか違和感のある立ち居振る舞いだが、その違和感が正しいものなのか俺には分からない。比較対象が無いのだから当然だ。
だから今回も特に気にもとめず、偶然だろと結論付ける。
「ところで。アンヘル、ローゼラ嬢に何か贈り物とか用意しなくていいのか? 手土産──手作りのスイーツとか」
「は? なんで俺がわざわざそんなことをしないといけないんだ?」
「……そうか。貴方のことだから、てっきり気に入った女性の為ならスイーツを手作りして渡してやってもいいか。とか考えるものかとばかり思っていたんだ」
忘れてくれ。と奴は軽く笑う。
急に何を言い出すんだ、こいつは。俺がスイーツを手作り? そんなのする訳ねぇだろ、面倒臭い。そもそも俺は食う専門だからな。
だがもしも、俺がスイーツを作るのなら……あの笑顔をもう一度見れるようなものを、作りたい。
『……──私の傍にいてくれて本当にいつもありがとう』
目が合った直後、片目を閉じて彼女は笑った。
心臓を抑えて呻きだしたミカリア程ではなかったが、それを見た時俺の胸は突っつかれたような痛みに襲われた。まあ……スイーツの食べ過ぎで久々に胸焼けでもしたのかと、当時は思ったのだが。
結局あの時のあれが何だったのかは分からない。そもそも、『彼女』が誰なのかも分からない。
だが──あの笑顔を俺の手で引き出せるのなら、出来もしないスイーツ作りに挑戦してもいいと思えてしまうのだ。
「案山子のように立ち尽くしてどうしたんだ、アンヘル」
「…………なんでもない。ミシェルを待たせる訳にはいかないから、さっさと行くぞ」
目蓋を伏せ、気持ちを切り替える。
手配しておいた馬車に変人と共に乗り、俺達はミシェルとの待ち合わせ場所へと向かった。