518.Main Story:Ameless
「……あのさァ、こちとら色々とグレーな組織なんだよ。そんな組織の本拠地に知らねぇ奴をホイホイ連れてくんじゃねェ、このクソガキ王女」
「あはは──それについては本当にごめんなさい」
約束の時間になりカジノ・スコーピオンを訪ねたところ、出迎えてくれたヘブンにそれはもう睨まれた。
ただでさえ、つい数十分前まで行われていたお出かけの影響で、今の私は精神面が不安定にあるというのに……ヘブンには憎まれ口を叩かれて、背後からは友人達の懐疑的な視線に刺されている。
おかげさまでずっと心拍数が高い。
「はァ……とりあえず入れ。お前が来るって聞いて、シャーリーとミアが首長くして待ってんだよ」
「そうなの? 二人共元気そうで何よりだわ」
「元気が有り余ってて世話焼いてるこっちが苦労してるがな」
愚痴を垂れつつも、踵を返したヘブンの横顔はどこか明るく、シャーリーちゃんとミアちゃんが元気に過ごしていることを喜んでいるようであった。
そんな彼の後ろを着いていこうとした時、マクベスタに呼び止められる。
「アミレス、彼とは一体どういう関係なんだ?」
「……えーっと。仕事上の取引相手かな?」
一応振り向くが、どうにも彼の顔を直視出来ない。
あの波打ち際での──マクベスタの真剣な表情が忘れられなくて。彼の顔を見るとそれを鮮明に思い出して独りでにドギマギしてしまう。
「そうか。取引相手にしては、些か馴れ馴れしいと思うがな」
「あの人はなんというか、そういう人だと割り切ってるので……」
大公領での一件は、あくまでも私は巻き込まれただけの被害者という事になっている。今更、あの事件の黒幕は私だった──だなんて知られる訳にはいかない。
なのでスコーピオンとのあれやこれやについて何一つ話せないまま、ヘブンの背を追いかける。
シルフ以外の同行者達の訝しむような視線を浴びつつ到着したのは、スコーピオンとの交渉成立の際にも使用した一室。ヘブンが「あの女が来たぞ」と言いながら扉を開けると、部屋で待っていてくれたらしい二人の少女が笑顔を咲かせて立ち上がった。
「スミレおねえちゃん!」
「おねえちゃんっ、また会えて嬉しい!」
「私も会えて嬉しいよ、ミアちゃん。シャーリーちゃん」
パタパタパタと駆け寄ってくる可愛いらしい女の子達。膝を曲げて視線を合わせ、二人と軽い抱擁を交わす。
「あれ。王子様のおにいちゃんとランスロットさまは一緒じゃないんだ」
「きっとおにいちゃんもミアちゃん達と会いたかったと思うわ。次会った時に、ミアちゃん達に会ったよ〜って彼に自慢しておくわね」
「……うん! いっぱい自慢してね!」
カイルと師匠に会えず、ミアちゃんは少しだけしょんぼりとしてしまう。そんな彼女に「今度来る時はおにいちゃん達も連れて来るね」と伝えると、とても嬉しそうに笑ってくれた。
「……──そろそろ仕事の話に移ってもいいか?」
「あっ、ごめんなさい! それじゃあまた後でお話ししましょうね、ミアちゃん。シャーリーちゃんも」
ミアちゃん達が、ミカリアとメイシアが『赤バラのおうじさま』に出てくるキャラクターに似ているとはしゃぎ、まあ分からなくもないな──と私も混ざりその話題で盛り上がっていた時だった。
呆れた様子でヘブンが腕を組むので、慌てて立ち上がり、話を進める。
今日の仕事とは勿論、ルーシェ近郊にて開校予定の学校にまつわるものだ。
私は学校やそれに類する施設の建設と、運営の為の必要最低限の人事、そしてカリキュラムの作成等を担当したが……実際に運営に回るのは私ではない。
皆様お察しの通り──例の学校は、スコーピオンに運営してもらうことにしたのだ。
市民向けを謳うにもかかわらず経営陣に皇族がいては、入ってくれる生徒も入らないというもの。だから私の名前は創始者として残すものの、市民の味方であり私よりもずっと市民に寄り添えるヘブン達に、学校の運営を任せることにしたのだ。
なので、今回はその打ち合わせと契約書類等の確認に来たのである。
ちなみに、共同経営者としてシャンパー商会も一枚噛んでいる為、商会代表としてメイシアもこの場に居る。
本人曰く、私の補佐として来たらしいのだけど。
「シャンパージュがいるならそっちにやらせりゃいいものを。なんでわざわざオレ達を巻き込むんだアンタは……」
ヘブンが深く項垂れ、後頭部を抱える。
「なんでって、そりゃあ──今一番教育を受けたがっている人達の気持ちが分かるのは、貴方達スコーピオンじゃない」
「っ!」
「王女がどれだけ言葉を尽くそうと、結局は偽善だの同情だの自己満足だのと言われる。でも、彼等彼女等となんら変わらない貴方達なら……結果は違うでしょう?」
フォーロイト帝国第一王女という肩書きのお陰でこの計画を成立させる事が出来たが、同時にその肩書きの所為で私の言葉や思いが相手に届かない事がある。
此度の学校建設はそれが顕著で、表向きには賞賛されたがその裏では貴族からも市民からも批判が相次いだ。
それでもこれを敢行すべく手を尽くした結果が、スコーピオン社への事実上の事業委託という訳だ。
決して、考え無しでこうしたのではないと理解して欲しい。
私だって、叶うなら自分で運営したかったさ。私の理想を体現したかったさ。でも……アミレス・ヘル・フォーロイトでは無理だって分かったから、渋々今の形式に軌道修正した。
仕方ないと割り切るのは慣れている。この選択で話が上手く進むのなら、私のくだらない自尊心なんてものは捨て置こう。
「だから貴方達に任せたの。というか雇用主は私で、もう既に雇用契約も済んだんだから。今更文句とか無しだからね」
「……わーってるよ。本ッ当にめんどくせぇ女だな」
「褒めてくれてありがとう」
「褒めてねぇよ」
鋭いツッコミが飛んでくる。この男、漫才とか向いてるかもしれない。
そんなこんなでヘブンとの打ち合わせも完了し、ちょっとだけミアちゃん達と遊んでから、私達は早くもルーシェを後にした。




