514.Date Story:Macbethta
あの聖人様が一般人のような服を身に纏い、満面の笑みで現れた時は流石に驚いた。
しかもそれがアミレス直々に選んだものだと言うのだから、その驚愕と嫉妬も一入だった。
メイシア嬢やシルフもあれは相当面白くなかった筈だ。この後の一時間──聖人様はあの二人に詰め寄られる事だろう。
メイシア嬢の詰問はいつ燃やされるものかと肝が冷える。聖人様も痛い目を見てくれているといいのだが。
……オレは、いつからこんなにも卑しい人間になってしまったのだろうか。
人の不幸を喜び、他者を蹴落とすような外道を良しとしている。
オセロマイトの第二王子として──、花のように気高く、草木のように真っ直ぐと根気強い人間になるべく、今まで誰にも嘘をつかず実直に生きてきたつもりなのに。
今のオレときたら……平然と嘘を並べ、実直とは遠く気高さとは相容れぬ泥臭い生き様ではないか。
まあ、でも。
そのしぶとさがあるから、オレは今もこうして生きているのだが。
「……──あ、砂浜だ。もうこんな所まで歩いてきちゃったのね」
「本当だな。まだ海で遊ぶには肌寒い季節だからか、人気は全く無いが……」
アミレスの歩幅に合わせていたのだが、どうやらオレ達はいつの間にか街の外れにある砂浜にまで辿り着いていたようだ。
すると、うずうずとしていたアミレスは躊躇いなくヒールを脱いで砂浜に降り立ち、海へと駆け出した。
それに唖然と立ち尽くすオレはその場に取り残される。しかし程なくして彼女がこちらを振り向いて、大きく声を張り上げた。
「マクベスタ! 今ならこの砂浜、私達が独占出来るわよ!」
何を言い出すかと思えば……いくつになっても妙に子供らしいんだよなあ、アミレスは。
無邪気に笑う姿も愛おしいから、役得だとは思うがな。
「待ってくれ、オレも今行く!」
オレまで靴を脱ぐ必要は無いのだが、せっかくなら彼女に倣おう。
脱いだ靴を手に少しベタつく砂浜を蹴って、スカートを摘みさざ波を足で撫でるアミレスに駆け寄る。
オセロマイトの北部の海ですら冷たいんだ。フォーロイト帝国北部の海が冷たくない訳がなかった。
思わず足が動かなくなるぐらい、冷たい。冬の海に足を浸しているような感覚だ。
「ふふっ、凄く冷たいよねこの海。これじゃあ遊べないじゃない」
「……だから砂浜には誰もいないんじゃないか?」
「それもそうか。誰だって風邪は引きたくないもんね」
「こんな時期に北部の海に入る人間は、そうそう風邪など引かないだろうがな」
「あら。これは一本取られたわね」
あはは! と大きく口を開けて彼女は楽しそうに笑う。
「いやぁー……なんだろう、凄く青春っぽいなぁ、これ。楽しい……」
「お前が楽しいのなら、オレも楽しいよ」
「そうなの? それじゃあ青春っぽく恋バナとかしましょう、恋バナ!」
近くの岩の上に靴を置き、二人で並んで水平線を眺めていた。
すると、ふんふんと鼻息を荒くさせ、アミレスがキラキラとした目でこちらを見上げてきたのだ。
それ自体はとても可愛らしいのだが……どうにもカイルが脳裏を過ぎる所為で目の前の彼女に集中出来ない。
おのれカイル。
「……オレとそのような話をしたところで、特に楽しくもないと思うが」
「そんな事ないわよ。聞いてるだけでもすごく面白いんだから、恋バナって」
どうしてカイルもアミレスもオレが話す前提なんだろう。たまにはそちらが話せばいいと、オレ的には思うのだが。
「はあ……引き下がってはくれなさそうだな。分かった、少しだけ付き合うよ」
「やったあ!」
さて、何を話したものか。
オレにカイルやメイシア嬢並の話術があれば、ここで彼女の好みの一つや二つ、聞き出せるのだろうが……生憎とオレは口下手だ。
──ならば、いっそのこと博打に出てみるか?
どうせ、もうオレの精神は限界なんだ。自然と壊れるぐらいならば、もう自分で壊してしまおう。彼女に要らぬ迷惑や負担を強いてしまうだろうが、寧ろその方がいいじゃないか。
だって──……そうすれば、少しは彼女の中に『マクベスタ・オセロマイト』を残せるから。
傷つけたくない。不安にさせたくない。困らせたくない。苦しめたくない。悲しませたくない。
そんな清く正しく美しい考えなんか、もうどうでもいい。
卑しく、外道に堕ちたオレが今更常人ぶったところで滑稽極まりない。──どうせ道化となるならば、どこまでも堕ちてしまえばいい。
「なあ、アミレス。もしオレが、想いを寄せる女性がいると言えば、お前は応援してくれるか?」
「そりゃあ当然応援するけど……というか好きな人がいるの?!」
「うん。ずっと恋焦がれていた人がいるんだ」
「そうなんだ……誰だろう……」
この鈍感っぷりにこれまで救われてきたが、いざこの瞬間が訪れると少しもどかしい気持ちになるな。
そんな彼女への誓いを違え、あまつさえオレは蛮勇を発揮する。
「……──お前が好きだ、アミレス。人としても、友達としても、もちろん異性としても。オレはお前の事が好きで好きで堪らないんだ」
「────っ!?」
真っ赤に染めあげられた顔。
瑞々しい果実のように丸く煌めく瞳には、耳を赤くしたオレだけが映っている。
鈍感なアミレスが変な勘違いや誤った解釈をしないよう先回りした甲斐があった。こうして、すぐにオレの気持ちを理解して貰えたのだから。
……まあ、理解してもらえるまでこの想いを何度も伝えるのも、やぶさかではないが。
「オレの恋を応援してくれるんだろう? だったら……オレがお前の心を奪えるよう、是非とも応援してくれ」
「ちょっ──、まって! ほ、本当に、私の事が……その、好きなの? 貴方が?」
「ああ。想いを伝えるつもりはなかったんだが、もう我慢ならなくて」
「それは……ええと、恋人になりたいっていう、あれ……ですか?」
「そうなれたらどれ程幸せだろうな。だが、オレもまだその辺りの良識は残っている。だから、無理強いするつもりはないさ」
人からの好意に弱いアミレスはあっという間に顔を夕焼け色に染め上げた。紅玉よりも美しく輝いて見える彼女の手を取り、その甲に唇を落とす。
すると彼女は「ひゃっ……?!」と可愛らしい声を上げ、氷のように固まってしまった。
「──でも、遠慮するつもりもない。不格好なものになるだろうが……これからは、お前に好きになってもらえるよう頑張るよ」
だから、覚悟しておいてくれ。
気恥ずかしいし、慣れない事ばかりだけど。
オレなりに醜く足掻いてみせるから。
その結果、もしもお前の心が少しでもオレに傾いてくれたなら──……その時はどうか、オレを選んでくれ。