511.Date Story:Sylph
話の流れ的に『Date Story』を名乗ってますが、系統としてはSide Storyと変わりません。はい、ただのノリです。
海を見たところで特に何も感じない。
そもそも、人間界の自然という自然は神々──ではなく、竜種の管轄。魔力属性として流用しているものを除き精霊は与り知らぬものである為、これと言って興味関心が無いのだ。
海を見るぐらいなら、人間が築き上げた文明や文化、そして我が愛しのアミィを見よう。
アミィは今日も可愛いね! 精霊界にしまっちゃいたいぐらい可愛い。
どこかに出掛けるというアミィに無理やり着いて行き、なんやかんやあってアミィとのふたりきりの時間を手に入れた。
それと同時に、エンヴィーが語っていた『菫色の姫さん』とやらをこの目で見て、これもまたアリだな。とボクはアミィの美貌に腕を組む。
カラリアーノが見れば諸手を挙げて様々な髪色を試そうとするであろう容姿。やはり無彩色がアミィには最も似合うのだが──寒色や暖色とて似合わない訳ではない。
完璧。
この一言に尽きる。
流石はボクのアミィだ。
「……──さて、今から一時間か。シルフは何がしたい? 何でも付き合うよ」
懐中時計に落としていた視線を上げ、アミィがこちらを見る。
「そうだね、それじゃあ──まず、手を繋ごうか」
「……? はい、どうぞ」
突然の発言に目を丸くするも、アミィは疑う事無く手を差し出してきた。重ねられた小さな手にボクの指を絡めていく。
指先から伝わる冷たくも優しいアミィの温もり。
彼女の生を感じながら、ボクはアテもなくおもむろに歩き出した。
「ねぇシルフ、どこに行くの?」
「うーん……そうだなあ、古書店に行こう。きっと何か面白い本があるよ」
「古書店? この街にそんなお店あったかな……」
古書店の場所はおろか有無すらボクは知らないが、今はこれで構わない。
アイツにボクの存在が捕捉されたならば、おそらく精霊の愛し子の事もアイツには筒抜けだろう。ボクの所為でこの子が羽虫共の餌食になる事だけは阻止しなければならない。
ならば──……制約抵触も覚悟の上で、アミィを徹底的に守るしかないだろう。
出来る限り近く、密着していた方がいい。下心が無い訳ではないが、この方が守りやすいし都合がいいのだ。
「まさか本当に古書店があるとは……少し埃っぽいけど、確かに面白そうな本がたくさんあるね」
「うん。ああっと、このままだと本を探しにくいだろうから、手はもう放しておくね」
「分かった。それじゃあ店内を見てくるね」
「行ってらっしゃい。ボクもぶらぶら見て回るよ」
本当はもう少し手を繋いでいたかったが、ここならば大丈夫だろう。
あの羽虫共は一般的に綺麗で美しいものを好む。そして、同時に醜穢で薄汚れたものを嫌う。そんな侘び寂びも分からない浅慮な連中が、このようなアンティークの集まる場所に現れる事はまずない。
転ばぬ先の杖と言う。とにかく今は、取れるだけの対策を取っておこう。
「──ごめんあそばせ、陛下。変のオッド、急命を受け只今参上致しました」
「並びにセクタンッ、推ッッ! 参ッッッッ!!(※小声)」
「……『ご主人様。マリネも来まシタ』」
アミィが店の奥の方へと向かった直後、見計らったように三体の最上位精霊が現れた。
変のオッド、蟲のセクタン、儡のマリネ。
──どうやら、フィンが早速手を回したらしい。
「フィンから話は聞いているだろうが、あの気色悪い女が動き出した。よって、お前達にはアミィの護衛を命ずる」
横目でアミィを見つつ、彼女に気づかれる前に命令を下す。
「仰せのままに。何かに姿を変えて見守れ、という解釈でよろしいでしょうか?」
「ああ。オッドとセクタンはそれぞれ生き物にでも姿を変えて、アミィの傍にいろ。もしもの時は交戦も許可する」
「ご下命賜りましたぁ!!(※小声)」
そう言うやいなや二体は早速姿を変えた。
オッドは小鳥に、セクタンは蝶に。どちらも小回りがきく生き物だった。
「『マリネは何をすればイイ?』」
「お前のコレクションのぬいぐるみを後でアミィに一つあげよう。そしたら、どこからでもマリネの権能を発動可能になるだろ?」
「『わかった。じゃあ、これ使ッテ』」
そうやって差し出されたのはマリネが今現在、腹話術に使っている熊のぬいぐるみ。いいのか? と聞くと、マリネは静かに頷き颯爽と精霊界に帰っていった。
しかしこの大きさではアミィも持ち運ぶのは難しいだろう。なのでぬいぐるみを無理やり小さくしていると、
「シルフ、見てよこれ! 元悪魔と元英雄の恋物語ですって! かなり昔の言葉で書かれているみたいでまだほとんど解読出来てないけれど……頑張って翻訳すれば読めるかな?」
パタパタパタと軽快な足音を鳴らし、アミィが古びた本を手に戻ってきた。
それは、使われている言葉からして今から数千年前に書かれた恋愛小説。人間に生まれ変わった元悪魔の男と怪物と呼ばれるようになった元英雄の女が、様々な困難を乗り越え最後には結ばれる物語──らしい。
そんな本を手に目を輝かせるアミィ。……相変わらず、夢見がちで可愛いなあ。
「必要ならボクの知恵も貸すよ。ほら、その本貸して。買ってくるから」
「えっ? 自分で買うよ」
「もう……こういう時ぐらいかっこつけさせてよ。ね?」
ボクが金を持っているのがそんなに不思議なのか、あんぐりとするアミィ。
こんな事もあろうかと、最近はこの国の通貨を携帯するようにしている。エンヴィーの進言を聞き入れておいてよかった〜〜。
「──はい。店主がわざわざ包装までしてくれたみたいだよ。あと……これもどうぞ」
店の外で本を渡す。そのついでに、マリネから貰った特殊なぬいぐるみを懐から取り出すと、
「わっ、可愛い……! これどうしたの?」
アミィは柔らかな表情でこちらを見上げた。
「本と一緒に買ったの。アミィが喜びそうだなって」
「私が喜びそう…………嬉しい、ありがとうシルフ」
はじめて会ったあの頃から全然変わらない、とても愛らしい表情。だけどそれを見て発生するボクの感情は変わった。
その笑顔はどうしようもなく、守護らねば──という思いにさせる。
大好きなこの笑顔をこれから先もずっと見る為ならば、ボクはなんだってするよ。君の安寧と、未来と、幸福の為なら……本当に、なんだってする。
たとえそれが────妖精との全面戦争であろうとも。
これで無事にぬいぐるみは渡せた。
オッドとセクタンも持ち場についたことだし、あとはもう、暫く経過を観察するしかない。