50.野蛮王女の偽悪計画7
「俺達も行くぞ、イリオーデ」
「……あぁ」
そしてジェジ達に遅れるようにディオとイリオーデが長剣と大剣をそれぞれ持って走り出す。
……これらはほぼ同時に起きた事。一切の打ち合わせ無くこの連携が取れているのだから、マクベスタの言う通り彼等が集団での戦いに慣れているのは間違いなさそうだ。
そう考えているのも束の間、ついにジェジ達がマクベスタの元へと辿り着く。
ジェジの鋭利な爪、エリニティの短剣、クラリスのサーベル、バドールの拳……それらが一気にマクベスタへと襲いかかる。更に上空からは燃える矢と毒を纏う矢が飛んで来る。
ダメ押しとばかりに長剣と大剣を構え突進してくるディオとイリオーデがいる。
しかしマクベスタは足を奪われ身動きが取れない状況だ。流石のマクベスタでもこれは無理だろう、と私は早くもそう決めつけていた。
……私はマクベスタを見くびっていたのだ。それに、忘れていたのだ。
マクベスタ・オセロマイトと言う攻略対象の──化け物じみたその強さを。
「──足を奪った程度でオレに傷をつけられると思われては困るな」
マクベスタが前方の敵を冷たく睨む。
「んにゃあっ?!」
「っぅ、そでしょ……!?」
まずジェジの爪を勢い良く鞘で弾いたかと思えば、すかさずクラリスのサーベルを大きく振った鞘で弾き飛ばした。
「よし今なら──っぐふぅ?!」
体勢の崩れたクラリスの横から素早くエリニティが現れ短剣をマクベスタの腹に突き立てようとするが、マクベスタは思い切りエリニティの首筋に肘を落とし、エリニティはあえなく地面に伏す。
「がッ、は……ッ!」
だがその間にもバドールの拳がマクベスタの頭目掛けて振り下ろされる。しかしそれがマクベスタに猛威を奮う直前にて、マクベスタがしゃがんでそれを回避する。
バドールの拳が空を切った直後、マクベスタはバドールの鳩尾目掛けて鞘を突き上げた。マクベスタの突きはあの屈強な体にもかなりのダメージを与えたようで、バドールが呻き声を上げながら後ろによろめく。
続いては飛来する二つの矢。しかしここまで数の有利を圧倒して来たマクベスタにたかが矢が効く筈も無く。
「この流れで矢まであっさり弾くとか何者なんだよ……」
「強いな、あの子供」
愛剣の鞘のたった一薙ぎで矢を弾き飛ばしたマクベスタに、ラークとシャルが驚嘆の声をこぼした。
「っでも、アタシ達の魔法であの人動けないもん、ディオ兄とイリ兄がなんとかしてくれるもん……!」
長剣と大剣をそれぞれ振りかざすディオとイリオーデ。
これまでのマクベスタの動きから不安になったのか、メアリードが願うようにそう呟く。
しかし攻略対象となる程の男にとって、少女の小さな願いはただのフラグでしかないのだ……。
「……子供の夢を壊すようで心苦しいんだが、仕方あるまい」
マクベスタは何かを呟いた直後地面に手を着き、そして……突然、辺りの地面を強力な振動が伝う。同時に少しだけ体が痺れたような感覚に襲われる。
その振動はマクベスタを中心に発生したようで、マクベスタに接近していたディオとイリオーデは、その揺れの影響か足を止めていた。
そしてディオ達はマクベスタの姿を見て目を見開いた。なんとマクベスタの足が地面から解き放たれ、自由となっていたのだ。
ようやく動き回れるようになったマクベスタが、ついに自ら攻めに転ずる。
「成程。雷をゼロ距離で地面に落とす事で、その衝撃で地面を砕いたのか。結構滅茶苦茶な事するなぁ、マクベスタの奴」
「しかも落とした雷を即座に魔力として体内に戻して周りへの影響を軽減させようとした? えーおもしろぉい」
事態に理解が追いつかず困惑していた私とは違い、精霊のシルフと妙に魔法に見識のあるシュヴァルツがそう話す。
マクベスタもとんでもない行動を取ったわね……さっきの謎の体の痺れはマクベスタの魔法の影響だったのか。
「ッ……!!」
マクベスタが攻めに転じてすぐの事。マクベスタがディオの懐に潜り込み、ディオの長剣が飛ばされて上空に舞った。
しかしその背後にてイリオーデが大剣を振り下ろす。
流石にこれは避けられない。そう思ったのも束の間、マクベスタはなんとそれを避けて勢い良く後ろに下がり、イリオーデに体当たりした。
大剣を振り下ろそうとしたばかりのイリオーデはそれを防げず、バランスを崩して後ろに倒れ込む。
何とか踏ん張ったものの、その喉元にはマクベスタによって鞘が向けられていて。
「……私達の負けだ。侮っていた訳では無いが、予想よりも遥かに強くて驚いた」
イリオーデがゆっくり両手を上げ、降参を告げる。それを聞いてマクベスタは鞘を下げた。
「期待を超えられたのなら良かった。お前達もとても良い連携だった、相手がオレでなければかなり良い線を行ったと思う」
「……褒め言葉として受け取ろう」
「褒め言葉も何も、褒めてるつもりなんだが……」
マクベスタとイリオーデが、互いの戦いをたたえて握手をする。
試験が終わったようなので私はマクベスタの剣を持って、彼に駆け寄る。当たり前だけど、これ意外と重いのよね。
「マクベスタ、はいこれ。それで試験はどうだった?」
「あぁ、預かっていてくれてありがとう。試験の方は……私兵として雇うに十分な実力があるとオレは思う。ただやはり、いずれ騎士にする事を考えれば個々の実力を伸ばす必要があるだろう」
「そう、貴方がそこまで言うなら間違いないわね」
マクベスタが涼しい顔でディオ達の実力について話す。……あれだけの戦いを演じてみせて何で汗ひとつかいてないのこの男。
それはともかく。ありがとう、と私は笑う。
その流れでディオ達に「お疲れ様」と言いながら怪我をしていないか確認した。
しかし皆さん怪我らしい怪我は無く、強いて言えば、バドールの鳩尾が少し痛むと言ったぐらいで……まぁ、エリニティも項の辺りを痛そうに何度も摩っているのだけど。
とりあえず冷却してあげようと、ポケットに入れていたハンカチーフを冷水で濡らし、エリニティに手渡す。
特に何かある訳でも無い、気休め程度の処置だ。
こうして実力を確かめる為の試験が終わり、正式にディオ達を私兵として雇う事になった。
また一旦ディオの家に戻り、話を詰める事に。その際に奴隷商の一件の報酬も渡した。
とりあえず多めにお金を持って来ておいたので、ディオ達に『いくら欲しい?』と聞いて、返ってきた金額だけ渡したのだ。
ディオ達は三分程いくら貰うかについて話し合い、その結果氷金貨五枚と非常に控えめに返して来た。
そんなに少なくていいのかと思いつつ、私は金貨が大量に入った袋から五枚だけ取り出して渡した。
改めてディオとラーク以外にも貧民街大改造計画について話したりして、私達が城に戻ったのは夕暮れだった。
♢♢
──一方その頃、オセロマイト王国にて。
オセロマイト王国国王ランデルス・オセロマイトは息子であり王太子の第一王子、カリストロ・オセロマイトと共に神妙な面持ちを浮かべて思い悩んでいた。
魔力灯に照らされる暗い室内にて、二人の男は手元の多くの報告や資料を見て、額に脂汗を滲ませていた。
「一体どうすれば……!」
カリストロ・オセロマイトが握り拳で机を叩きつける。その顔はとても切迫したものだった。
「……マクベスタがフォーロイト帝国にいる事が、不幸中の幸いと言うべきか」
ランデルス・オセロマイトが顔に翳を落として呟く。彼の息子にしてオセロマイト王国の第二王子たるマクベスタは、現在フォーロイト帝国に親善で赴いている所だった。
それが不幸中の幸いだった。もしこのままこの事態がどうにも出来なかったとしても、マクベスタさえ生きていれば……ただ一人だけでも直系の王族たるマクベスタが残っていれば、まだこの国は滅ばない。
そう、ランデルス・オセロマイトは考えていた。
「マクベスタには普通の手紙を送った。あいつの事だから馬鹿真面目に後半年は帰って来ないだろうが……くそ、どうすればいいんだ……!! どうすれば国を守れるんだ……ッ!」
事態はとても深刻だった。数ヶ月前より、オセロマイト王国の北部を中心に異常な速度で未知の病が大流行していた。
どこからともなく発生したその病は、人から人へと伝染り、感染した者の全身にまるで植物のツタのような痣を作り死へと至らしめる。
治療法も予防法も分からないその未知の病を、オセロマイト王国の人々は『草死病』と呼んでいた。
しかしオセロマイト王国はなんとか他国に被害を出さないようにこの病と名称を中央部に押しとどめていた。
しかしそれも難しくなりつつある。南部にも徐々に感染者が現れ始めたのだ。
まだ他国からの旅人や客人には感染していないだろうが、最早それも時間の問題となりつつある。
感染拡大を阻止する術は無く、病に侵された国民を治す術も無い。他国に被害を出さない為には、もう無理にでも国境を封鎖するしかないとまで彼等は考え始めていた。
もしくは……恥を捨てて近隣諸国に助けを求めるか。
オセロマイト王国のような小国がフォーロイト帝国のような大国に被害を与えては、今後とも庇護して貰う事は二度と叶わない。
更に、このようなオセロマイト王国の問題にフォーロイト帝国や魔導国家クサキヌアを巻き込む訳にはいかない……と、考えてしまい、未だ決断出来ずにいる。
最後の望みをかけて国教会に大司教を派遣してくれと要請したが……その返事はというと。
「……何が『私共とて駆けつけたいのは山々ですが、万が一大司教様が病に侵されてはなりませんので』だ! 大司教ともなると自分の病とて治癒魔法で治せるんじゃなかったのか?! 国教会は無辜の民がどうなってもいいと言うのか……っ!!!」
カリストロ・オセロマイトが国教会からの返信をぐしゃり、と握り締めて強く吐き捨てる。
その手のひらには爪がくい込み、赤く痛々しい跡がついていた。
頼みの綱だった国教会からは、このように期待外れの返事が届いたのだ。
人々を救う事を教義の一つとする国教会の大司教ともあろう方が、我が身可愛さに支援要請をすげなく拒否した。
その事実が、カリストロ・オセロマイトとランデルス・オセロマイトを更に追い詰める。
彼等が取れる手段はもう数少ない。国教会からの支援は期待出来ず、自分達では病を防ぐ事も病を滅する事も出来ない。
こうして彼等が地団駄を踏んでいる間にも、オセロマイト国内では感染が拡大している。
なんとか箝口令を敷き、他国にこの病と情報が漏れぬよう徹して来た。しかしそれももう限界に近い。
ランデルス・オセロマイトは今、国境を閉ざすか他国に救援を求めるか……その二択を迫られていた。
「…………もう、どうする事も叶わないのならば。下手に他国を巻き込むより我が国を閉ざして被害を抑え込むべきか」
「ッ、しかし父上! まだ、まだ何か方法がある筈です…っ!」
「無理なのだ。未知なる病に、我々人類が対抗出来る筈も無かった。あの病が発生したその瞬間に、余達の敗北は決定していた」
やつれた顔でランデルス・オセロマイトは諦観の念から静かに瞳を伏せた。
しかしカリストロ・オセロマイトはまだ諦められなかった。
きっと何か方法がある筈。どうにか……馬鹿みたいに真面目な弟が大手を振って帰って来られるよう、この国を守らねばと必死になっていた。
(──やはり、フォーロイト帝国に助けを求めるしか……!)
カリストロ・オセロマイトは覚悟を決めた。フォーロイト帝国と言う大国を巻き込み、何としてでもこの未曾有の大感染を乗り越えねばと。
その後、自身がフォーロイト帝国に処罰されようとも構わない。この国を守れるのなら。
……彼の決意はとても固かった。駆け足でランデルス・オセロマイトの部屋を後にしたカリストロ・オセロマイトは、自室に戻るなり手紙を書いた。
それはフォーロイト帝国皇帝エリドル・ヘル・フォーロイトへの嘆願。これがもし皇帝の元に届いても、皇帝から救援が送られてくる保証は無い。
だがそれでも、彼は一縷の望みをかけて手紙──文書を書くしか無かったのだ。
手紙を綴り、封筒に入れる。それをオセロマイト王国の紋章を象られた封蝋で封ずる。
そして信の置ける従者にそれを手渡し、一日でも早くフォーロイト帝国へとそれを届ける事。道中で絶対に『草死病』に罹らないように、と命令した。
後はもう、祈るのみ。どうか救いの手が差し伸べられる時を、ただ待つのみであった。
「頼む、神よ……どうかオセロマイトを救ってください……!!」
民を思い、国を思い、家族を思うカリストロ・オセロマイトの切なる願いは、静かな部屋に溶けていった。
──この行動が彼の……いや、彼等の運命を大きく変える事になるとは、露知らずに。