501,5.Interlude Story:Schwarz
西部地区に転移した時から、妙な悪寒は感じていた。
魔物ってわりにはその手の瘴気を感じねェから、この件は何かあるなとは思ってたが……。
「──魔物よりも性質が悪いなァ、こりゃ」
以前、アミレスの誕生パーティーをした広場の辺りを上空から見下ろす。
そこでは私兵団の奴等が未知の存在相手に苦戦を強いられており、周囲の建物もかなりの被害を受けている。
だが、生憎とオレサマはアイツ等を助けられない。
見捨てるってワケではない。オレサマとてアイツ等を助けられるものなら助けたさ。
敵が魔物だったら良かったんだが……今回は違うらしい。ならば、重たい鎖に繋がれているオレサマの出る幕はない。
「ま、とりあえず頼まれた仕事はこなしておくか」
元よりその為に今ここにいる。
その場から急降下し地面に軽やかに着地すると、すぐそばにいたエリニティが「うわッ!?」と目玉を大きくひん剥いて、固まった。
そんな阿呆面を見下ろし、
「クラリスとバドールは回収する。後でアミレスとイリオーデが駆けつけっから、それまで持ち堪えろ」
簡潔に説明してクラリスとバドールの回収に向かう。
そもそも集団戦が得意な連中だからか、この二人を見つけて回収するのにそう時間はかからなかった。
二人共、「おいなにするんだシュヴァルツ!」「離してくれ、子供達を守らないと……っ」だとかなんとか騒いでいたが、メアリードが心細さから泣いていた事を話したら一気に大人しくなった。
二人の大人を小脇に抱え、瞬間転移でディオの家へ戻る。
するとそこでは、この馬鹿二人の赤ん坊が赤らんだ顔で寝息を立てており、それを眺めるようにアミレス達が寝台を囲んでいた。
しかしアミレスはすぐさまこちらに気がつき、立ち上がりざまに振り向いた。
「あっ、おかえりなさいシュヴァルツ」
こうして出迎えられると、なんだか夫婦になったみたいで……………………けっこうアリだな。
「──クラリス、バドール! いくら非常時だからって生後間もない我が子を置いてどこ行ってるの!」
「うっ……だ、だって仕方ないでしょ! 街に変な魔物が現れたんだから」
「本当にすまない……ディリアスもメアリーもすまない……」
往生際が悪い事に、クラリスはごにょごにょと言い訳を連ねる。が、アミレスは凛然と苦言を呈していく。
「確かに、貴方達のお陰で助かった命だってあるかもしれない。貴方達のお陰で守られた安全だってあるかもしれない。でも、貴方達は親なのよ? 親が我が子より他人を優先してどうするの!」
「「──っ!」」
これにはクラリスとバドールも息を呑んで黙り込んだ。
「もしも貴方達に何かあれば、それはあの子から親を奪う事になるのよ? いくら望んでも親と会えず、ずっと親の幻影に縋り続ける辛さがどれ程のものか……貴方達だって、少し考えれば分かることでしょう?」
その声からは、痛切さが感じられた。
この場にいた誰もが、アイツの言葉の意味を理解した。その裏に隠されたアミレスの心境を想像した。
生まれた瞬間に母親が死に、父親から忌み嫌われて生きてきた王女。──そんな境遇を慮り、一人残らず言葉を失っていた。
「……判断を見誤ったわ。迷惑かけてごめん、メアリー、王女様。私、母親失格だ」
「俺がもっと強くクラリスを止められたらよかったんだ。本当にすまない」
メアリーとアミレスに向け、二人は深く頭を下げた。
そんな情けない大人達に歩み寄り、膝を折ってクラリス達の肩に手を置いて、
「これからは気をつけてね。ディリアスの親は、貴方達二人だけなんだから」
「……っ、えぇ!」
「勿論だ……!」
アミレスは慈愛に満ちた目で微笑んだ。
二人の答えに満足したのかおもむろに立ち上がり、アミレスはガラリとその顔色を変える。
「──それじゃあ、私達は例の魔物とやらの相手をしてくるわね。メアリーには改めて謝っておくように! イリオーデ、シュヴァルツ、行くわよ」
「は、かしこまりました」
「あいよ」
魔物ではないんだが……実際に見せてから説明した方が早いか。
アミレスとイリオーデが傍に来たのを確認し、瞬間転移を発動する。すると先程の広場──戦場の中心に、オレサマ達は転移した。