498.Side Story:Michelle
「……すごく楽しそうだな、ミシェル。随分と頬が緩みきっているが」
「えっ? そうかなぁ?」
フォーロイト帝国のお城を出発してから暫く経った頃。
セインにズバリ指摘されたので否定したのだが、生憎とこの体はとても素直なようで。あたしの声は分かりやすく弾み、ゲームのテキストウィンドウがあればきっと優雅でキラキラとしたフォントになっていた事だろう。
「セインの言う通りだよ。ミシェル、さっきからずっとニヤニヤしてる。……帝国に来てからというより、フリードルって奴に会ってからだよね」
ロイがじとーっとこちらを睨んでくる。
相変わらず、妙に勘が鋭い。
「こら、ロイ。皇太子殿下を呼び捨てにするなど不敬だ。自国民という訳でもないのに名を呼ぶのも失礼に値するだろう」
「じゃあなんて呼べばいいんですか?」
「皇太子殿下と呼ぶように。これが一番無難だ」
「はーい」
ミカリアに窘められ、ロイは大人しくなった。
その時ふと馬車の外を見ると、ゲームで見た美しい街並みがそこにあって心躍る。だがどうしてだろう、少しばかりの違和感が頭に残るのだ。
「……こんなに発展してたかな」
心の声がボソリと零れ落ちる。
ゲームで見た帝都の街並みもじゅうぶん綺麗だったのだが……全体的にもっと暗く、こんなには発展していなかったと思う。
確かフリードルのルートで、帝都にはスラム街みたいなのがあるって言ってたよね。──でも、この活気溢れる街にそんなものがあるとは思えない。
上辺しか見ていない第三者の言葉でしかないが、この街は誰もが明るく……日々を謳歌しているように見受けられるのだ。
「フォーロイト帝国は内政に力を入れているから、日々変化を重ねているようだね。エリドル・ヘル・フォーロイト皇帝陛下の統治のもと、最大多数の最大幸福を目指す──世界全体で見ても指折りの平和な国だよ、今のフォーロイト帝国は」
「功利主義的目標を掲げる国なんて珍しいですね……」
「よく学んでいるじゃないか。国家の運営において、国民の幸福とは守るべきものであると同時に、より良い国家の運営にとって最大の障害となるもの。だのにこれを実現しているあたり、現皇帝陛下が賢王と呼ばれるのも頷けるというものだ」
政治とかは難しくてよく分からないのだが、ミカリアの話にも分かる範囲で相槌を打つ。
「聖人様。何故、無情の皇帝のような人物がそのような理想論を実現出来ているのでしょうか」
「無情の皇帝だからこそだよ、セインカラッド」
「だからこそ、ですか」
まるで、授業中のような気分だ。先生の話が続くなかで誰かが質問をし、それについての説明が行われる。
郷愁の念に駆られるような光景だった。
「冷酷無比と名高き氷の血筋の頂点に立った無情の皇帝にして、戦場の怪物とも呼ばれる程の強さを持つ人物。なんとも分かりやすい恐怖の象徴だと思わないかい?」
言うなれば、絶対王政の成功例ということだろうか。圧倒的な力で国民を支配し、反乱の意思さえ抱かせない。
つまり──……それが何十年と成り立つ程、この国にとってフォーロイト一族という存在は絶対的なものであり、絶大なものなのだろう。
「恐怖や武力による支配など、それこそ平和とは程遠い圧政なのでは……」
「部外者である僕達からすればそう見えるかもしれない。だが、この国に生きる人達にとってはこれが普通なんだ。それに……帝国民は、圧政だとは一度も思わなかったみたいだ」
ここで難しい話に飽きたらしいロイが欠伸を噛み殺して、あたしの肩に頭を乗せてきた。
ミカリアは外の景色に視線を向け、話を続ける。
「圧政のように見えるだろう。だがその実、かの一族は絶対的支配の裏で国民に尽くしている。当然歴史の中には愚王もいただろうが、国の為民の為にと身を粉にする王が多かった。中でも、現皇帝陛下は歴代でも群を抜いてその傾向が強いようだね」
これにセインは顎に手を当て暫し沈黙し、
「……つまり。無情の皇帝が存在するからこそ内部分裂が起きることがなくなる。恐怖の象徴である彼が自ら国に尽くす姿勢を見せる事で、より国民に好感を抱かせる事が出来る。──その結果、皇帝への不平不満が募ることもなく、彼の打ち出す政策が国民に受け入れられやすくなる……ということですか?」
不満げな様子で自身の意見を述べた。
理由は知らないが彼は帝国を酷く恨んでいる。その為、フォーロイト帝国が国家として成功している事が気に食わないのだろう。
「簡潔に言えばそうなるね。大前提として氷の血筋への忠誠と信頼があるからこそ成立しているようなものだけど。ただ単純に……皇帝陛下が国と民の為の政策を行っているから、この国は指折りの平和で発展した国なんだ」
フリードルのお父さんって国民思いのいい政治家なんだな……日本もそうだったらよかったのに。特に家庭問題をどうにかする政策とか──なんて、今更気にしたところで意味無いか。
「……っと、雪花宮に到着したようだ。話も一区切りついたし、丁度良いタイミングだったね」
馬車が止まると、外を見てミカリアはおもむろに立ち上がった。
先にミカリアとセインが降り、ロイのエスコートを受けながら馬車から降りると、目の前には絢爛豪華な宮殿がいくつもあった。
豪華な噴水を中心とした大きな広場。そこから大きな道が一つ、遠くに見えるこの区画の入口に向けて伸びていた。そしてこの噴水広場の周りに九つの宮殿が建っており、そこへと続く道もまた広場から伸びている。
故郷の村とも、神殿都市とも違う光景。
これが、大陸西側の国々の中で最も栄えていると言われている大国──フォーロイト帝国の栄華そのもの。
一体、この区画は某ドーム何個分の広さなのだろうか。あれだけ大きな宮殿が九つもあって、それでもまだ中庭と思しきものや東屋がある。
しかもその全てが完璧に管理されているようだ。この手のものに明るくないあたしでも分かる──ここにあるありとあらゆるものが、最高級のものだと。
……あたし達、これからこんな所で過ごすの? 高級ホテルとかそんなレベルじゃないんだけど?!
「──国教会の皆様、お待ちしておりました。これより皆様を真珠宮まで案内させていただきます」
いつの間にか、馬車の側に見知らぬ男性がいた。
その男性が着いてこいと言わんばかりに歩き出したので、あたし達はその後ろをキョロキョロ周りを見渡しながら着いて行く。
そこでふと、あたしはまた違和感を抱いた。
……──あれ? 雪花宮って、お城の近くにあったような気が……うーん、気の所為かな。