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♦496.Chapter1 Prologue【かくして幕は上がる】

 その日、フォーロイト帝国が王城では、急遽決定した国教会との親善交流の準備が慌ただしく進められていた。


 親善使節──この度親善交流の為に訪れる国教会信徒の数はおよそ二十人。

 その大半はフォーロイト帝国の各地にある小さな教会を巡り、道中で天空教の布教を行う旅に出るのだが、数名は帝都に留まる予定だ。

 帝都に滞在する者達用の客室は移設された雪花宮に用意し、巡礼の旅に出る者達には各地での宿泊や飲食の融通が利くように手配。


 そして親善交流初日。

 本来ならば皇帝が行うべき使節との交流を、皇太子であるフリードルと、親善使節であるマクベスタが担当する事になった。

 ──まるで、無理やりにでも筋書きに沿おうとしたかのように……。



 ♢



「何故僕がこのような面倒事を……」


 椅子に腰掛け足を組む。尊大な態度で眉を顰め、フリードルは冷えた息を零した。

 場所は王城の一室にして、城内にて瞬間転移による外部からの侵入を唯一許可している魔法室と呼ばれる部屋。

 警備の為の近衛騎士が十名と、外務部部署長オリベラウズ侯爵、情報部部署長アルブロイト公爵、治安部部署長ウォンドア伯爵、そして親善交流責任者のケイリオル。

 フリードルとマクベスタを含め、彼等はそこで親善使節の到着を待っていた。


「まあそう言わずに。他国の使節に過ぎぬオレには計り知れない事ではあるが……国教会と親しくなれば、フォーロイト帝国としても有益な事ばかりなのでは?」


 フリードルの発言で冷えきっていた空間に、マクベスタの冷静な言葉が落とされる。

 気難しいフリードルの相手を自ら買って出てくれたからだろうか。その場にいた者達は一様に、マクベスタ王子……ッ!! と感涙に胸を震わせた。


「此度の交流を経て如何に関係が変化しようが、あの者達が絶対中立を破らん限りは無意味なのだよ」

「それには一理あります。確かに国教会の信念を踏まえると、親善交流の意味は特に無いでしょう」

「……何が言いたい」


 直立不動のマクベスタを見上げ、フリードルは短く問う。


「国教会の神々の愛し子はまだ十四歳の少女と聞く。一般的には常識よりも感情を優先してしまう歳頃だ。ならば、ここで恩を売るなり好感を稼ぐなりして少女の心を留めておくに限るのでは……と思いまして」


 淡々と、淀んだ瞳を伏せ彼は語る。

 真面目を地で行き、数年の滞在を経て今やそれが役人達からも認められているあのマクベスタが、打算的な発言をした。それに数名の役人はごくりと生唾を呑み込み、また何人かは感心の息を漏らす。


(神々の愛し子──神との繋がりがある存在ならば、何かしらアミレスの役に立つかもしれない。アミレスの為ならば……年端のいかない少女だって利用してやるさ)


 こんな時でもアミレスの事を考えるマクベスタを視て、ケイリオルは覆面の下で人知れず微笑んでいた。


「……狡猾だな」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「──相手側に加護属性(ギフト)所持者がいなければ、親善交流など成り立たないも同然。それは誰しもが分かっていた事だろうが……お前程打算的にこれに挑む者もそう居なかろうて」


 おもむろに立ち上がり、フリードルは視線を前方にある地面に刻まれた魔法陣へと向けた。


「オレも、目的の為には手段を選んでいられないので」

「目的? ああ……オセロマイト王国は信心深い者が多いそうだが、その関係か」

「そんなところです。祖国は、フォーロイト帝国と国教会の支えなくして存続出来ませんので。今後とも是非、祖国との良き付き合いを──と国教会の代表者の方々にお願いしたく」

「……そうか。励むといい」


 興味無さげに言葉を吐き、フリードルは思考を巡らせる。


(御託を並べつつ、この男もどうせあの女の為だなんだと思っているに違いない。そうでなければ誰がわざわざこのような面倒事を引き受けるものか)


 否応なしにこの役目を任されたフリードルとは違い、マクベスタには選択権があった。

 だがマクベスタはそれを二つ返事で承諾し、こうしてこの場に立っている。フリードルからすればそれがとにかく謎のようで。


(認めたくはないが、マクベスタ・オセロマイトの行動原理は間違いなく我が妹だ。目立つ事を忌避していたこの男がわざわざこのような大胆な動きに出たのならば、即ちそれだけの価値──……アミレスにとっての利となる何かがあるという事に相違なかろう)


 数年前から、公務上での関わりはあった。──寧ろ、フリードルはマクベスタに目をつけていた。

 自分に匹敵しうる剣の才と、公務の際に見せる堅実な姿勢。そのどちらもが部下に欲しいと思っていたもので。

 何か切っ掛けがあればすぐにでも部下にしたのだが、生憎とその切っ掛けがなかった(・・・・)

 なので惜しくも彼を部下にする事は叶わず、ただマクベスタの情報を集めただけに終わったのだった。

 だが、これまでの関わりやマクベスタの言動からフリードルは理解したのだ。


 ……──マクベスタ・オセロマイトの世界は、アミレス・ヘル・フォーロイトを中心に回っているのだと。


(加護属性(ギフト)所持者が一体あの女の役にどう立つのか……そこだけが腑に落ちないな)


 ふぅ。と軽く息を吹いた時、僅かに地面の魔法陣が光った。

 それは瞬間転移による干渉の輝きであり──神に愛された少女の到来を告げる光明であった。


「ようやく来たか」


 フリードルがボソリと呟く。

 白い光の柱はやがて消え、その光の中からは話に聞いていた通り数名の信徒達が現れる。

 その時……その場にいた者達曰く──まるで歯車が動き出すような音がしたという。

 壊れたままそれでも無理やり動き出したような、歪で不快な音。それがどこからともなく聞こえたかと思えば、その直後。


「「────っ!?」」


 心臓を釘で打たれたかのような衝撃が、フリードルとマクベスタを襲う。

 太陽を溶かしたような鮮やかな金髪と、空をそのまま映す水色の瞳。誰しもが目を奪われてやまない、可憐な容姿。

 その少女を一目見て、彼等の感情(こころ)は捻じ曲がる。


(なんだ……この悪寒は! まただ、また、僕が──何かに塗り替えられる。そんな事、二度とさせるものか……ッ)


 這い寄るそれに身を震わせ、首筋には冷えた滴を、頬には怒りの一閃を滲ませる。フリードルは奥歯を強く噛み締めて、必死の形相で何か(・・)に抵抗した。


(……──違う。こんなもの、オレの感情じゃない。オレの想いは……こんな綺麗なだけのものじゃない)


 恋慕。親愛。真綿に包まれるような温かさと共に感じた、一般的にそう表現される感情。

 きっとそれを選んだ方が楽だろう。幸せだろう。

 それでもマクベスタは、紛い物の感情を否定した。


「お久しぶりですね、フリードル殿下にマクベスタ王子。ミカリア・ディア・ラ・セイレーンが国教会を代表して挨拶申し上げます」

「……ああ。よくぞ来てくれた。皇帝陛下に代わり、貴殿らを歓迎しよう」


 ミカリアが教義に則った作法で一礼すると、僅かに青い顔をしたフリードルを除く全員が同じく一礼した。


「そこの女が例の神々の愛し子か」

「はい。彼女はミシェル・ローゼラ。正真正銘、我等が神に祝福されし加護属性(ギフト)を持つ愛し子でございます」


 魔法室が少しざわつく。居合わせた者達が加護属性(ギフト)という言葉に改めて驚愕しているのだ。

 そして、その中心に立つ愛し子はというと──


(……やばい。生のフリードル、ゲームよりもかっこいいんですけど!!)


 推しの顔面(ビジュアル)に見蕩れていた。


「あの、聖人様。ミシェルも慣れない場所だと疲れると思うので、ひとまず休めませんか?」


 何か嫌な気配を感じとったロイがミカリアに耳打ちする。

 相変わらず幼馴染は過保護だな──と呆れながらも、ミカリアは彼の提案を受け入れた。


「着いて早々申し訳ないのですが、一度休ませていただいても構いませんか?」


 これにはケイリオルが対応する。


「勿論構いませんよ。雪花宮までの馬車も手配済ですので、同行者の方々──ロイさんとセインカラッドさんも含めご案内しましょう」


 そう言うやいなや、ケイリオルは扉へと向かい「ささ、こちらです」と客人達に着いてくるよう促した。


「ではまた食事会の時に。後はお任せします、ケイリオル卿」

「はい。任されました、フリードル殿下」


 ゲームよりもあっさりと、親善交流の顔合わせは終了した。

 しかしその中心にいた者の多くは、未だ正体の分からない何かを胸中に抱えている。狂った歯車が無理やり動いた事により生まれた歪みのような──……そんな、あっては(・・・・)ならない(・・・・)もの(・・)を。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 強制力、キターッ(T_T) 攻略対象たち、耐えて〜(泣) 大暴れしてた頃のミシェルじゃなくなったのなら、ゲーム通りに進んでしまいそうですねえ…
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