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43.わたしは魔女になる。

「会ったばかりの私に言われても、信用ならないと思うけど……私は、どんな貴女でも好き。本当はとても男らしかったりしても好き。本当はとても腹黒かったとしても好き。例えどんな姿や一面があっても、私はメイシアの全てを好きになるわ。だって、もうとっくにメイシアの事が大好きなんだもの」


 同情や嘘などと疑う余地もないぐらい何度も繰り返される心の籠った『好き』と言う言葉。

 あぁ……この人は、化け物のわたしもニセモノのわたしも魔女のわたしも受け入れてくれた。その上で好きと言ってくれた。

 会ったばかりのわたしにこんなにも温かい言葉をくれたのは、あなただけなの。光の無かったわたしの世界に光をくれてありがとう。希望をくれてありがとう。

 こんなわたしでも受け入れてくれる人がいると教えてくれてありがとう。

 スミレちゃんの言葉を聞いて、視界がまた涙で歪み始めた。心は晴れやかなのに、まるで天気雨のように涙が降る。

 涙を拭おうと左手で何度も強く目元を擦っていると、スミレちゃんが『返さなくてもいいから』と言いながら、ハンカチーフを手渡して来た。

 ……見るからに上質なもの。この滑らかな手触りからして恐らくはリベロリア産の魔絹(シルク)を使った……あしらわれている刺繍もとても精巧で美しく、誰がどう見ても高級なハンカチーフだ。

 帝国貴族と言えどもそう簡単には手に入れられないような、そんな逸品だった。


 スミレちゃんって、もしかしたら物凄い高位の貴族令嬢なのかも……でも前にお父さんに貴族名簿を見せて貰った時、スミレという名前は見かけなかった気が……まぁ、気のせいだろう。わたしの記憶力だって完璧ではないのだし。

 それはともかく。こんな上質なハンカチーフを使ってもいいものなのかと商人の血が騒ぐ。が、スミレちゃんの厚意を無下にしたくなくて、わたしはそっとハンカチーフで目元を拭った。

 そしてある程度拭い終わった後、スミレちゃんの方を向いて、わたしは恥ずかしさから顔に熱を浮かべながら言った。


「……あのね、スミレちゃん。わたしも……わたしもね、スミレちゃんの事が好き」


 そう口にした時、わたしの頬は自然と緩み、口元も柔らかく弧を描いていた事だろう。

 わたしの言葉に感激したように、スミレちゃんが突然熱烈に抱きしめてきたのだが、わたしはそれを喜んで受け入れた。

 そりゃあ、もちろん、少しは戸惑ったけど……それ以上に喜びが勝ったのだ。

 そうやってわたしは、月明かりの下初めての友達と親交を深めていた。

 少しして、わたし達は帰路についた。何やらシュヴァルツくんがスミレちゃんのお家にお邪魔する事になったようで、また羨ましいと思ってしまった。

 でもいいもん、わたしがスミレちゃんの初めての女友達だから。


 そうやって自分を慰めつつ家に帰ると、門の前で警備のラルがわたしを見るなり騒ぎ出したのだ。その声を聞いて執事長のじぃじも表に出てきた。

 スミレちゃんがわたしにとってもの凄い恩人であるという旨を伝えると、じぃじはとても熱い視線をスミレちゃんに送った後、深々と頭を下げていた。

 そして、スミレちゃんに何かお礼をと家に上がるよう促す。それにはわたしも参戦した。

 そして数日振りに家に入ると……こんな夜遅くだと言うのに、使用人の皆が次々に目尻に涙を浮かべながら姿を現し始めた。

 そしてその中でもひときわ大きな音を立てて駆け寄って来る人がいて──。


「メイシア! 無事で本当に良かった……ッ!!」


 今にも泣き出しそうな弱々しい面持ちで、お父さんが強く抱き締めてきた。

 何度も耳元で繰り返される『本当に良かった』と言う言葉。どうやら、わたしは本当に迷惑や心配をかけてしまっていたらしい。


「……ただいま、お父さん。心配かけてごめんなさい」

「あぁ、おかえり、メイシア。私は……お前が無事で戻って来てくれたのなら、それだけでもう十分なんだ……っ」


 お父さんは怒っていなかった。たくさん迷惑や心配をかけてしまったのに。

 そう、しばらくお父さんと会話をしていると、お父さんの顔がハッと何かを思い出したような表情へと変わった。

 程なくして慌ててわたしから離れ、背を曲げたお父さんが、


「申し遅れました、私はシャンパージュ家当主のホリミエラ・シャンパージュです。この度は行方不明となっていたメイシアを見つけて下さり感謝申し上げます……!」


 と名乗ると、その後司祭様とシュヴァルツくんが次々に名乗った。

 ……しかし、スミレちゃんはその流れでは名乗らなかった。どうしてだろう、とスミレちゃんを眺めていると、目を疑う光景を目の当たりにする。

 ──スミレちゃんの桃色の髪が、透き通るかのような銀色へと移り変わったのだ。まるで水晶のような美しき白銀の長髪に、夜空のごとき寒色の瞳。

 その容姿は、その場にいたわたし達に信じ難い現実を突きつけたのだ。

 何故ならば、それは冷酷無比なる氷の血筋の特徴。スミレちゃんのような心優しき人にはあまりにも合わないものだ。

 だけど。そんなわたしの考えを吹き飛ばすように、スミレちゃんが優雅に一礼した。


「──私の名前はアミレス・ヘル・フォーロイトです……今までずっと隠してて、ごめんなさい」


 途端に溢れ出る気品。まさに皇族と言わんばかりの美しいその一連の所作に、誰もが感嘆の息を漏らした。

 まさかスミレちゃんが王女殿下だったなんて、と驚いたが、妙に納得出来た。あの自信や堂々とした態度、大人相手でも臆する事無い勇気……あの皇帝陛下の娘ならば、如何様にも納得出来るというものだ。

 例え王女殿下だったとしても、スミレちゃんはスミレちゃんだ。わたしの憧れの人、わたしの女神様。

 ……ただ、そう思っていても……世間がそれを許してくれる訳が無い。

 それなのにわたしは、また、スミレちゃんと口にしていた。

 怒られて当然の事なのに、スミレちゃんは優しく『なぁに?』と答えた。


「……これからも、わたしは、友達でいてもいいの……ですか?」

「当たり前じゃない。私達は友達よ? ああでも、距離を感じるから敬語はやめて欲しいかな」


 とても自分勝手で分不相応な望みだったのに、スミレちゃんはそれを受け入れてくれた。やっぱり、どんな肩書きや名前だとしてもスミレちゃんはスミレちゃんだった。

 敬語をやめて欲しいと言うスミレちゃんだったが、お父さんから流石にそれは……と言われ、残念そうにその言葉を取り下げていた。

 その後、敬語の代わりと言わんばかりに名前で呼んで欲しいと言うスミレちゃんに押され、わたしはなんと王女殿下直々に『アミレス様』とお呼びする事を許していただけたのだ。

 ……スミレちゃんってもう呼んじゃあいけないのは少し、寂しいけれど……これからはその分本当のお名前で呼んでもいいんだもんね。

 ただわたしがお名前を呼んだだけなのに、アミレス様はとっても嬉しそうに、無邪気にはにかんでいた。その笑顔を見て胸がキュンッとした。

 改めてスミレちゃん──アミレス様とも仲良くなれて喜んでいたのも束の間。楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 アミレス様がお帰りになられたのだ。本当はもっとずっと一緒にいたかったけれど……でも、お見送りをした際にアミレス様がまたわたしを抱きしめてくれて、


「また会いましょう、メイシア!」


 そう、まだまだ次があると、わたしに希望を残していってくれたのだ。

 しばらく遠ざかるアミレス様の背中に向けて大きく手を振っていたのだが、突然アミレス様達が走り出した辺りで屋敷に戻った。

 そして侍女達に言われて湯浴みをしたり、着替えたりした後に、わたしはお父さんにここ数日の事を話した。

 ……途中からはほとんどアミレス様の話ばかりしていた気もするけど、別にいいわ。だってアミレス様の話がしたいんだもの!

 お父さんにもアミレス様の凄さと素晴らしさを知って欲しい、そんな気持ちから熱弁したかったのだが、数日間分の疲れがどっと降ってきて、わたしはあっさり眠りについてしまった。


 ……──眩しくて、温かくて、つい見蕩れて手を伸ばしてしまう、夜空の星のような人。

 真っ暗だったわたしの世界の光と……道標となってくれた人。

 あなたの為なら、わたしはきっと何でも出来る。

 あなたの為なら、わたしはきっと未来に進める。

 あなたと一緒なら、わたしは勇気を振り絞れる。

 あなたの隣にいる為なら、わたしは努力出来る。

 止まっていたわたしの時間を動かしてくれてありがとう。わたしを普通の女の子と言ってくれてありがとう。メイシア・シャンパージュを受け入れてくれてありがとう。

 どれだけ感謝してもし切れない。それだけ、あなたはわたしにたくさんのものをくれたの。


 だからわたしは、これからたくさんの恩を返していきたい。

 恩返しだけじゃなく、あなたの役に立ちたい。

 とても烏滸がましいけれど、あなたに必要とされたい。大事とされたい。

 あなたと一緒にいたい。大好きなあなたの傍にこれから先ずっといたい。

 当たり前のように誰かの為に無茶をするあなたを守りたい。そんな心優しいあなたを支えたい。

 だから、わたしは決めたの。わたしはこれからたくさんお勉強をして、この力も上手く使いこなせるようになってみせる。

 魔女と呼ばれても構わない。それでアミレス様を守れるのならば。

 もう周りの声なんてどうでもいい。わたしにとって大事なものはアミレス様と家族だけだから。



 ──親愛なるあの人の為ならば、わたしは……化け物だろうが魔女だろうが、何にだってなってみせるわ。


メイシアの回想と決意でした。

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