表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

497/866

442.ある王子の休日

 国際交流舞踏会の最終日。アミレスが、見た事のないダンスと聞いた事のない歌で素晴らしいパフォーマンスをしていた。

 ドロップ・アウト・スター……だったか。その際のアミレスの輝かしい姿は脳裏に焼き付いている。

 とにかく可愛くて、可愛くて。

 あの時はずっと心臓が早鐘を打ち続けていたな。


「あー……はぁ……」


 寝台(ベッド)の上で虚空を見つめて息を吐く。

 特になんの意味もない無駄な行動だが、やめられない。気がついたらこうなってるんだから仕方無いだろう。

 なんだかもう、寝返りをうつ事すらも面倒になってきた。


 約二週間に及ぶ国際交流舞踏会の期間は、父もこの国に来ていた事から特に気を張っていた。こんな精神状態だと知られては国に強制送還される恐れすらあるからな。

 その反動か……父が帰国してからというものの、毎日体が重くなっていく。何もかもが面倒で、やる気など微塵も起きないのだ。

 着替えすら適当になってしまい、シャツを着てはいるが前は見事に全開になっている。外に出ないからと髪もぐちゃぐちゃなままだし、部屋なんて散らかり放題。

 事実上の人質とはいえ、一応親善大使としてこの国に滞在している身分でこれはどうなのかと思うが……仕事がある日はちゃんとしてるから、そうでない日ぐらいは見逃して欲しい。


「腹減った……気がする……けど面倒だな」


 叶うなら眠ってただ時が過ぎるのを待ちたい。でも、眠るとあの悪夢を見なければならない。

 ほんの数分の仮眠なら悪夢を回避出来るが、ちゃんとした睡眠では悪夢がぴったりと背中に張り付いてくる。

 何度見ても決して見慣れる事などない、オレにとっての絶望そのものと言える悪夢たち。


「……はは。オレは呪われてるんだろうな、きっと」


 アミレスに怖い思いをさせてしまったから。

 悪夢(これ)は、きっとその罰なのだろう。

 ならば受け入れるほかあるまい。そう、小さく息をもらした時。コンコン、と扉を叩く音が聞こえて来た。

 城の侍女か? ……また食事の件だろうか。暫くは自分で用意するから要らないと伝えた筈なんだが。

 もしや、ここ数日ロクに食事を取っていない事がバレた? でも仕方無いだろう、食事をするのも億劫なんだ。

 寝ている体でこのままやり過ごそうか……とため息と共に目を閉じた瞬間、


「マクベスタ王子ー、いらっしゃいますかー?」


 予想外の声が、扉の向こうから聞こえて来た。

 あッ、あああ、アミレス!? なんでッ、ここにっ?!

 倦怠感など無視して飛び起き、オレは慌てて鏡の前に向かった。鏡に映るオレは見事に不健康な顔だった。

 今から化粧をする暇なんてない。とりあえずこの目元だけでも隠せるよう眼鏡をかけよう。本を読む時に使っている丸眼鏡があるからそれをかけて……部屋が散らかり放題だが片付けてる暇もない。

 とりあえずシャツのボタンをある程度掛けて、急いで扉まで向かう。扉の前で深呼吸をして、オレはオレという役柄を演じる。


「……──急に来たから驚いたよ、アミレス。一休みしていて、こんな格好ですまないな」


 扉を開けると、そこにはアミレスが珍しく一人で立っていた。セツを連れているので正確には一人きりという訳ではないのだが。


「中から凄いドタバタ聞こえたけど……ごめんなさい、急かしちゃったかしら? 新年会の時ちょっと顔色が悪かったし、その後暫く東宮にも来ないから心配で。体調不良なのかな、ってお見舞いに来たの」

「お見舞い……気にかけてくれてありがとう、アミレス。心配をかけて悪かった。この通り、一応無事ではあるよ」

「そう? ならいいんだけど…………」


 アミレスの大きな瞳が、じっとオレの顔を捉えている。

 もしかしてこの死人のような隈に気づかれた? どうやって誤魔化そうか……。


「マクベスタ、なんだかいつもと雰囲気違うね」


 ぎくっ。


「髪がいつもよりふわふわしてて、眼鏡もかけてるからかな? 服装もかなりラフだし……いつもと違ったかっこよさがある!」


 隈に気づかれずホッと胸を撫で下ろすと同時に、吊り上がりそうな口角を必死に抑えていた。

 かっこいいって……! アミレスが、オレをかっこいいって……!!


「ふ、ありがとう。お前のお眼鏡にかなったようで光栄だ」

「何その言い方。私、貴方の事はいつだってかっこいいって思ってるんだけど?」

「……そうか。これは嬉しい事を聞いたものだな」


 好きな女性に面と向かってかっこいいなどと何度も言われ、喜ばない男などこの世に存在しないだろう。

 現にオレは今とても嬉しい。口元がゆらゆらと歪んでしまいそうなぐらいだ。


「話は戻るんだけど、お見舞い用に──こちら! 栄養バランスがちゃんとしてるお弁当を作ってきました!」


 可愛い……と口をついて出そうになった言葉を必死に喉元に押し戻す。

 自信満々にバスケットを胸元まで掲げる姿は、投げたおもちゃを取ってきた犬のようでとても愛らしいものだった。


「弁当をオレの為にとわざわざ用意させてすまない。東宮の人達も仕事があるだろうに、手間だっただろう」

「あ、えっと……実はこのお弁当、私が作ったものでして。侍女が作ったものじゃないから、クオリティの保証は出来ないんだけど……その分っ! 栄養バランスには凄く気をつけたから!」


 ──アミレスが作ったもの? この弁当が、アミレスの手料理だという事か?


「マクベスタ、固まってどうしちゃったの? もしかして凄く具合悪いとか……」


 呆然と立ち尽くすオレを、アミレスは眉尻を下げて見つめてくる。

 彼女に見つめられる事数分。ようやく、現状に理解が追いついたオレはついに演技が瓦解してしまった。


「〜〜っすごく、嬉しい。アミレスがオレの為に手料理を振舞ってくれたのだと思うと、心が天に連れ去られたような幸福に包まれてしまうよ」


 自分でも分かるぐらい、オレの顔はだらしなく破顔する。


「お、大袈裟だなぁ……」

「これが大袈裟なものか。寧ろ控えめなぐらいだ。それ程に、心の底から喜びがせり上がってくる。オレはなんて果報者なのかと、これまでの自分に感謝しているぐらいだ」

「いや大袈裟よ?! ただのお弁当なのに!」


 オレからすれば、世界中のどんな金銀財宝よりも価値のあるものなんだがな。


「……食べるのが惜しいな」

「体調不良なら食事も大変かなって思って、食べやすいものを作ったんだから、ちゃんと食べてよ」

「むぅ……だが、せっかくお前がオレの為にと忙しい合間を縫って作ってくれたんだ。簡単に食べてしまうなんて勿体ない」


 どうにかして、永久保存出来ないだろうか。カイルに頼めばその手の魔導具を作ってくれそうだな……。


「じゃあまた何か作ってあげるから、とりあえずお弁当は食べてね。……言うつもりはなかったんだけど、実は前に仕事で城に来た時、侍女から相談されたのよ。マクベスタ王子が全然食事を取ってくださらない──って。それで、仲がいい私からも口添えして欲しいって頼まれてたの」

「それは……気を揉ませたようで弁解の余地がないな。これからはちゃんと食事は取るよ」


 見知らぬ侍女達はともかく、アミレスに心配をかける訳にはいかないから、これからは頑張って食事も取るか。


「それじゃあ、この弁当はありがたくいただくよ。どうせならお茶でもどうだ? 父が土産にと持って来てくれたオセロマイトの茶葉があるんだ」

「体調があんまりよくないのに、お邪魔しても大丈夫なの?」

「お前が傍にいてくれた方が元気が出るんだ。まあ、かなり散らかった部屋だからそれでも大丈夫なら、だが」

「そういう事ならお邪魔しようかしら。セツも入っていいよね」


 ああ。と頷きながら、オレは扉を開き彼女をエスコートする。

 かれこれ数年間は滞在しているこの部屋。壁に剣を立て掛け、脱いだ服を椅子に掛けたまま放置したり、耳飾りやら香水やらアロマキャンドルやら……色んな小物を、机の上に乱雑に置いていたり。

 白ワインのボトルやパンをはじめ、仕事の書類なんかもローテーブルの上にはあった。

 随分と散らかってるな。と改めて思うと同時に、幻滅されてないよな……? とアミレスの反応が気になりその横顔を見つめてみる。


「あっ、あれってマクベスタの愛剣じゃない! でもあの黒い長剣(ロングソード)は無いんだ。一回ちゃんと見てみたかったんだけどなあ」


 全然大丈夫そうだ。相変わらずアミレスは剣が好きだな……きらきらと目を輝かせる姿が本当に愛くるしい。


「オレが食事をしている間、紅茶だけでは手持ち無沙汰だろう。あの剣、見るか?」

「見る!」


 ずいっと顔を寄せて、アミレスは期待に満ちた笑みを向けてきた。それに胸の高鳴りを感じたオレは、一度咳払いしてから作業に移る。

 雷の魔力と同化させていた聖剣ゼースを顕現させ、剣の中に込めていた魔力を全て回収する。「感電しないとも言いきれないから、気をつけてくれ」と伝えて、彼女にゼースを渡した。

 彼女は受け取った瞬間に「おもっ!」と零し、ゼースを両手で抱えながらまじまじと観察しはじめた。


 ローテーブルを軽く片付けて、部屋に備え付けられたキッチンで紅茶を入れる。それを二人分用意し、セツ用に牛乳(ミルク)を皿に注いだ。

 それらを出して、オレも長椅子(ソファ)に座り、いざアミレスの手作り弁当を堪能する。


 ……──大国の姫君たる彼女がオレの為にと手ずから作ってくれたそれは、少しばかり不格好ではあったが、これまで食べて来た何よりも美味しかった。


 一口食べるごとに幸せが全身を駆け巡る、世界一の美食と言っても過言ではない弁当。

 彼女と二人で机を囲み、温かな陽射しに照らされる部屋で味わう紅茶。

 まるで同棲している恋人みたいな……瞬きの間すら過ぎ去るのが惜しいと感じられる、夢のような一時(ひととき)


 これが、夢ではないというならば。

 どうかこの幸福な時間が少しでも長く続いてくれと、そう……願ってしまう。


ゴールデンウィーク期間中は可能な限り毎日更新したいと思います。更新されなかったら察してください。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりです。 やっぱりマクベスタ最高です♡ イケメンやわぁ…… カイルのくだりが信頼感あって良い(笑) しかしまだ悪夢みてるのですねぇ。 こうやってアミレスと過ごす日々で マシにな…
[良い点] こんばんは、今日も更新ありがとうございます!そして、1日遅れてですけどマクベスタお誕生日おめでとうございます! さて、アンディザが誇る攻略対象たち続々と、ですね。今日は純情ヤンデレくんの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ