430.残虐に、丁寧に。2
「ねぇ、シルフ。この子治してあげられる?」
この怪我では生きるのも大変だろう。だからせめて、怪我を治してあげられたらなと思ったのだが。
「アミィの命を脅かした人間に使ってやる治癒魔法なんて無いよ」
「そんな事言わないでよ。可哀想じゃない、こんな大怪我を負って……」
「自業自得だ。アミィに手を出そうとしたその人間が悪い」
「それはそうなんだけど、目も当てられない怪我だし治してあげたいの」
「はは。寧ろ丁度いいじゃないか。アミィに手を出したらこうなるんだーって見せしめにしよう、この人間をね」
シルフは何度言っても私の頼みを断る。
「なァ、精霊の。オレサマ天才だから思いついたんだが、治癒魔法が効かないように呪っとくか? その人間」
「悪魔のくせにたまに有益な言葉を吐くよな、お前。見せしめにするならそうした方が効果がありそうだ」
「だろ? 罪人が罪から逃れるなんて事、あってはならない。罪人は罪人らしく、一生贖い続けて貰わんとなァ」
シルフとシュヴァルツが堂々と悪巧みを露見させる。
それを聞いてしまったご令嬢達は顔を青ざめ喉笛を鳴らしていた。
そして、それと同時に思い知ったらしい。
──どれ程美しかろうと、彼等が人の常識の通用しない存在なのだと。
「師匠からも何か言ってよ。このままだとこの子……」
「ん? 何か、って言われてもなー。俺もシルフさんと同意見なんで」
「え、そうなの? 彼女を見せしめにしようって、師匠も思ってるの?」
「見せしめっつーか、ただ単純に、姫さんに仇なす輩は全員死ねって思ってるんで……その人間がどうなろうが俺としてはどーでもいいんですよ」
シンプルでありながらも殺意をひしひしと感じられるその言葉に、誰もが身震いする。
どうしたものか。このままではベイルラム嬢を助けてあげられないではないか。
「私が聖水とか作れたらなぁ…………作れるかな?」
「流石にそれは無理っすよ、姫さん。ディアルエッド──水の最上位精霊と、光の最上位精霊にしか聖水の精製は許されてないんで」
「許されてないってどういう事? 普通に世の中に出回ってるよ、聖水って」
「人間の作る聖水なんてもの、本物を知る俺達からすればちょっと綺麗な水程度のモンでして。何せ聖水ってモンは神の血そのもの……死者を蘇らせる事も魂を昇華させる事も出来る、正真正銘の聖なる水なンすよ」
だから、本物の聖水の精製は許可された奴にしか出来ないんです。と、師匠は語った。
「じゃあ、私達人間の知ってる聖水は実は偽物だったんだ……」
「偽物っつーか、別物ッスね。だって姫さんは今の今まで人間界産の聖水こそが聖水だと思ってて、本物の聖水の事なんて知りもしなかった。それは姫さんに限らず、精霊とか神々以外の種族は誰も知らなかった事でしょーね。だから、別物。姫さん達の知る聖水と、俺達の知る聖水が別物だったってだけの話です」
「なるほど。……じゃあ、私の知ってる聖水ならもしかしたら作れるのかな?」
師匠の語る本物の聖水は作れずとも、私の知る国教会産の聖水ならば作れるのでは? だってあれも水だし!
「んー、それは難しいかもしれませんね」
「え? なんで?」
「聖水の成分を詳細まで把握してないと、いくら水の魔力の扱いに長けてても再現は不可能ですよ」
「ああ……それもそうか」
聖水の成分を何も把握してないのに聖水を作れる筈がなかった。そんなの少し考えれば分かる事なのに。
馬鹿を晒してしまった。やばい、恥ずかしい。
「お取り込み中失礼致します、王女殿下。実は急を要する案件がありまして──……」
顔を熱くしていた時だった。
会場の扉を開けて、ケイリオルさんが現れる。彼は手元の書類に目を落としながら入室したのだが、こちらの惨状を目にして一瞬膠着していた。
「……何があったんですか?」
ゆっくりと歩を進めながら、ケイリオルさんが質問を投げ掛けてくる。
「まあ、色々ありまして。命の危機を感じましたので、正当防衛で彼女を制圧したところ、こうなりました」
「──命の危機?」
「はい。正直、なんの脅威にもならない粗末な殺意でしたが、周りの方々にまで被害が及んでもいけないので……私の判断で対処しました」
簡単にだが説明を行う。
すると横からシルフとシュヴァルツがにゅっと顔を出して、
「それについてはボク達が証明するよ。確かにその人間は、アミィに手を出そうとした。アミィが対処しなかったらボクがその人間を殺してた」
「今回の件はアミレスに全く責任は無いと、オレサマの真名にかけて誓うぜェ? その女がアミレスに意味不明な難癖つけた挙句、逆上して刃を向けたんだ。どの世界でも余裕で極刑ものだろ?」
私の発言が正しいのだと証言してくれた。
ありがとう、シルフ、シュヴァルツ! やっぱり持つべきものは信頼出来る友達ね!!
「そういう経緯でしたか。王女殿下、そのレディをこちらに引き渡していただけますか?」
もしかしてケイリオルさんがこの子を治してくれるのかな?
流石はケイリオルさんだ。そう感心しながらベイルラム嬢を引き渡して、
「えっ?」
私は自分の目を疑った。
「ええと……この部屋なら確かこの辺りに……あ、あったあった」
ゴミ袋を持つようにベイルラム嬢の首根っこを掴んで、まるで農具のように引き摺り回す。
ケイリオルさんは何かを探していたようで、足で床を叩きながら会場をウロウロとし始めたのだ。
その途中で目的のものが見つかったらしく、彼はタイルの上で五回程リズミカルに足音を鳴らした。それはさながらタップダンスのようで、何をしてるんだろうと首を傾げたその時。
ガコン! と音を立ててそのタイルが幾何学的に形を変える。レンガ模様を型取りながらタイルは消えたのだが、何とその下には奈落にも見紛う暗い穴があった。
「それじゃあ後は任せますね」
と穴に向けて言葉を落としたケイリオルさんは、その穴にベイルラム嬢を投げ入れた。ついでに、手袋も外して乱雑に放り投げる。
ベイルラム嬢と、ケイリオルさんの白手袋。
その二つの着地音が聞こえないまま、その穴はタイルで塞がれてしまった。タイルが元通りになったのを確認しつつ、ケイリオルさんは懐から同じデザインの手袋を取り出して、装着した。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。実は王女殿下にご相談したい事がございまして」
振り返りざまに彼は口火を切った。
何事も無かったかのように。いつも通りの声音で、ケイリオルさんは私に話しかける。
「……あの、ケイリオル卿。彼女はどうなるんですか?」
「彼女と言うと、先程の罪人の事ですか」
「はい。あの穴は、一体……」
ベイルラム嬢の行く末が気になってしまい、話の腰を折りにいく。
「あれはこの城の至る所にある隠し通路の一つですよ。魔導機構製なので、大半のものは一般人には使えませんがね。ああ、ご安心を。彼女はきちんと処理されますので」
「処理、ですか」
「当然の事です。我が国唯一の王女殿下たる貴女に危害を加えようとしたのですから。それだけで、この氷の国においては万死に値します」
……そうか、そうだよね。
だって今の私はこの国でたった一人の王女だから。どれだけ出来損ないでも、数少ない皇族だから。
やっぱりこの立場って不便だ。役に立つ事のが多いけれど、それ以上に不自由に感じて仕方無い。
「すみません、当然の事を聞いてしまって。それで、相談とは?」
「そうですね……あまり人に聞かれても困りますので、場所を移しましょう。幸い、もうティーパーティーどころではなさそうなので」
「分かりました。じゃあ──皆、後片付けとか任せてもいいかしら」
片付けなんて面倒だと言うシルフ達に無理を言って、私はケイリオルさんと一緒に移動した。




