424.私兵達は今日も仲良く暮らす。
幕間シリーズ後半スタートです。
「ねぇディオ〜〜〜〜っ! なぁんで女の人にやさしくしゅるのぉ! 俺にだけやさしくしれよぉっ!!」
「ほんっとに酔うと面倒臭いなお前! つぅか別に特段優しくした訳じゃないんだが?!」
とある日、国際交流舞踏会で盛り上がる帝都にて。
未だ新築の匂いが漂う屋内で酔い潰れて絡み酒をする若者と、それに絡まれてうんざりとする若者がいた。
「うわーっ、アニキの浮気者ー!」
「サイテー!」
「はぁ……これだから八方美人の童貞は……」
それを茶化すのは、一緒に酒盛りをしていたエリニティとジェジとユーキ。やたらと辛辣なユーキの言葉に、思わずディオも食ってかかる。
「ばッ──誰が童貞だコラ!」
「だってそうでしょ。ディオ兄ヘタレだし、どうせまだラーク兄とも何もしてないんでしょ? だからドーテー。理解した?」
「うるせぇこの引きこもり!!」
「僕が外に出たら軽い騒ぎになるんだから仕方無いじゃん。悪いのは僕の髪を燃やしやがったジェジとディオ兄だよ」
本から目を逸らす事なく、ユーキは淡々と罵詈雑言を繰り出す。彼の畳み掛けるような説明に、ディオリストラスはぐうの音もでなかった。
以前までユーキの前髪は目を覆う程に長かったのだが──……それは、先日の特訓中の事。調子に乗ったジェジとディオリストラスによって前髪を黒焦げにされてしまい、彼はやむを得ず散髪する事となったのだ。
それに伴い、肩上まで雑に伸ばされていた後ろ髪も整える事になって、今や彼の美貌が一目で分かる程。
宝石眼である両目を“変”の魔力で普通の目に見せかけているものの、その美貌は変わらず。エルフと勘違いされている事もあり、突然現れたエルフ族の薄幸の美少年──と、街で噂になる程。
世界的に見ても珍しいエルフ族と思われており、何より本人がとても美しい。噂では、帝都西部地区の住人を中心に『ユーキ様親衛隊』なるものが発足しているそうな。
「ぐっ……でもそれとこれとは関係無いだろ!」
「というか。僕等に構ってる暇があるなら、なんでもいいから恋人を構いなよ。そんなんだからヘタレって言われんだよ、ディオ兄は」
「くそぉ、何も言い返せねぇ……っ」
何も反論出来ぬまま、自暴自棄になりコップに入れた酒をぐびっと飲み干し、ディオリストラスは視線を僅かに落とした。彼の左腕に抱き着く形で収まるラークを見て、ディオリストラスはどうしたものかと考えあぐねる。
(……つってもなァ。マジでどうすりゃいいのか俺には分かんねぇんだよ)
ある梅雨の時期。彼はラークの気持ちを知り、なんとそれから五ヶ月近く答えを悩んでいた。
その間に魔物の行進があったのだから、仕方無いと言えば仕方無いのかもしれないが。
しかし、それ程にディオリストラスは真剣だったのだ。相棒であるラークが十年以上抱えていた想い。それを茶化す事も、否定する事もなく。彼は真剣にその気持ちに向き合い続け、その結果──……冬染祭のある晩、『とりあえず、恋人になってみるか?』とラークに提案した。
そしていざ恋人になったとして。長らく抱いていた初恋が叶った喜びから、ラークはディオリストラスの恋人になれた事に満足したのか、恋人らしい触れ合いを要求して来なかった。
家族の事で精一杯だったディオリストラスに恋愛経験はなく……ラークと何をすればいいのかすらも彼は分かっていなかったのだ。
「ラークも色々悩んでいたぞ。ユーキに『俺の事、女に変えられない?』って真剣に相談するぐらいにはな。しかし、ラークが女の子になりたかったとはな……本当に意外だった。だが確かに、一度は女の子になってみたいな」
「シャル兄は一旦黙っとこっかー」
真顔で見当違いの言葉を口ずさむシャルルギルを、ルーシアンがすかさず回収する。
「……女に、って。俺は別に気にしてねぇって言ったのに。そもそも女じゃなきゃ無理だったら恋人云々とか言わねぇし」
「う、ん……でぃお……すき……」
「はぁ…………俺にどうしろってんだ、もう」
ラークが気持ちよさそうに眠りにつくと、ディオリストラスは困ったように眉根を寄せた。
そのやり取りを見て、エリニティがトマトジュース片手に口火を切る。
「ずっと気になってたんだけどさ、アニキはラーク兄の事抱けるの? まあ、まず興奮するの? って話からになるかな。ちなみにオレはメイシアちゃんの事考えてるだけでめちゃくちゃ興奮出来るよ!」
「お前はいい加減に伯爵令嬢を諦めろ……身分差もあるが、何よりあの嬢ちゃんは殿下以外に興味ねぇぞ」
「そういう所も含めて、オレはメイシアちゃんが好きなの!! てか今はオレの話じゃなくてアニキの話でしょ!」
「チッ……」
話を逸らす事が出来たと思いきや、そう上手くはいかず。ディオリストラスは舌打ちをして、口ごもる。
「……だから分かんねぇんだって。ラークがどうしたいか言ってくれねぇと、俺はマジで何も出来ねぇんだよ」
酷く優しすぎる男の言葉に、ユーキはため息を一つ。
(本当に馬鹿みたい。ラーク兄もディオ兄も……拗れる前に、さっさと本能のままに行動すればいいのに……)
見てるこっちがやきもきするのおかしくない? と、理不尽な状況に彼もまた半ば自暴自棄になりグラスに入った酒を呷る。
「あ。皆に相談したい事があるんだが、いいだろうか」
((この状況で相談するんだ、シャル兄……))
シャルルギルが突然話題を変える。するとディオリストラスはよくやった! と小さくガッツポーズを作り、エリニティとルーシアンは若干呆れていた。
「実は、半年ぐらい前からよく分からない女の子とよく出会うんだ。行く先々で会うというか……でもあの女の子は俺を『王子様』って呼ぶんだ。どう考えても人違いだと思うんだが、どうだろうか」
「シャル兄、多分それストーカーってやつだよ。今すぐ警備隊に言った方がいいって」
「すとーかー? なんだそれは。良くない事なのか」
「すっごく良くない事だよ」
予想外の相談内容に、思わず前のめりになるメアリード。なんと、シャルルギルはストーカー被害に遭っていたらしい。
「だが俺には何も無いんだ。たまに街で見かけると、建物の陰からこちらをじっと見てるだけで。たまに、『ファルの王子様……っ』とかなんとか、ほとんどため息みたいな声が聞こえてくる。でも俺は王子様じゃないから、俺の勘違いだと思う」
「いやそれ絶対ストーカーだから。どう考えてもストーカー! シャル兄の事が好きな女の子がシャル兄を運命の王子様♡ とか言って追いかけ回してるって事だから!」
「俺の事が……好きな、女の子。そんな人がこの世に存在したんだな」
目を丸くするシャルルギルを見て、男達は思う。
──そりゃその顔ならモテて当然だろ。と。
家族が大好きなラークの贔屓目無しでも、シャルルギルは整った顔だった。以前までは視力の悪さから常に眉間に皺があったものの、今では眼鏡のお陰でそれも改善され、理知的に見える美男子になっていた。
本人は気づいていないが、これまでも何度か彼は告白されている。ただその度に、
『あなたの事が好きです!』
『ん? ああ、俺も、家族が愛してくれる俺自身の事は好きだ』
とか、
『私と付き合ってください!』
『悪いが今から用事があるから、どこにも行けない。他を当たってくれ』
とか。定番の天然ボケをかましては告白イベントを破壊し尽くして来たのだ。
だがそれも仕方の無い事。シャルルギルにとって一番好きなものは家族なのだから、他人が突然そこに割り込む事など不可能だったのだ。
「……その『ファル』って名前の女が、シャル兄のストーカーなの? シャル兄が本当に嫌なら、見つけ出して始末するけど」
「おいサラッと物騒な事言うなよ、ユーキ」
「僕、どちらかと言えば暗殺のが得意」
「初めて聞いたわそんな事」
「初めて言ったからね」
ユーキのツーンとした態度を見て、これ以上追及しても無駄だと悟ったディオリストラスは肩を落とす。
「ユーキ、俺は大丈夫だ。嫌になったら自分でやめるように言うさ」
「……あっそ」
「そういえば、ユーキは何かないのか? こう、好きな人とかそういうの」
「オレも気になるーーっ!」
「重っ……ジェジ、のしかかるのやめろ……!」
恋バナに巻き込まれ、更にジェジが背中に突撃してきた。それによりユーキは顔を顰め、メアリードは不自然に聞き耳を立てる。
そして、ユーキはボソリと呟いた。
「はぁ……いないよ、そんなの。そもそも……まだ、あいつと再会出来てすらいないのに…………」
「あいつって誰の事? ねーねーユーキ、誰と再会しなきゃいけないのー?」
「うるせぇ、バカ犬!」
「あだッ!!」
尻尾を振りながらしつこく追及してくるジェジを振り払い、ユーキは不機嫌な様子で自室に向かって行った。
「もー、ユーキってば相変わらず素直じゃないにゃー」
「でも再会? ってなんの事なんだろ。ジェジはなんか知らない?」
「うーん……分かんない。ユーキ、自分の事全然話してくれないからにゃぁ、オレも知りたいぐらいだぞ」
「そっかー、じゃあ分かんねーなー。ま、そのうち話してくれるだろ」
そうやってジェジとエリニティが話す傍で、
(ユーキ兄が、誰かと会いたがってる……?! うそ、なんで? 今までそんな素振りなかったのに……どうしよう、ユーキ兄の会いたい人が女の人だったらどーしよう!!)
メアリードの顔色がサーッと青くなる。
「姉ちゃん、どうしたの? 顔色悪いよ」
「だ、大丈夫だよシアン! アタシ、すっごく元気だから!!」
(……チッ、絶対ユーキ兄関連だろうなこれ。姉ちゃんは僕の姉ちゃんなのに)
お金に余裕が出来たからか、近頃のメアリードは日々可愛くなろうとお洒落を追求している。そうやって益々可愛くなる姉を見て、ルーシアンはムスッとしていた。
態度には出さないものの、ルーシアンはメアリードの事が大好きだった。簡潔に言えば──彼は、シスコンだった。
シスコンの程度はというと……大好きなお姉ちゃんに少しでも自慢の弟と思ってもらいたいと、宮廷魔導師を目指して猛勉強する程。
「そーだ。相談ならオレもあるの!」
「珍しいな、ジェジが相談だなんて。任せろ、今の俺はとても頭が冴えているからな。ジェジの相談もパパーッと解決してみせよう」
「おおっ! シャルにぃさっすがー! 早速なんだけど……今ってさ、世界中から人が来てるじゃん? その中に祖国の王様がいたんだ。オレさ、王様見てからずっと尻尾が震えてて……うぅ、思い出しただけでも怖いよぉ!」
「そうか、それは大変だな。俺がジェジの尻尾を押さえてあげよう、そしたら震えも止まるはずだ」
「ふにゃぁ……シャルにぃの手、気持ちいぃ……」
何この茶番。──そう、エリニティとディオリストラスは冷めた視線を彼等に送っていた。
酔った状態の馬鹿と天然馬鹿は、ラーク無しでは止められない。その事実を二人は痛感したようだ。
(……──クラリス、バドール、イリオーデ、ユーキ。誰でもいいからこの状況なんとかしてくれ!!)
ある日の夜中。以前アミレスより『皆も冬染祭を楽しんでね』と渡されたお小遣いで買いこんだ食材や酒を消費していた時。
酔った面々が好き勝手に話題を変えるものだから、この場は収拾がつかなくなり、ディオリストラスは誰か助けてくれと心から嘆くのであった……。




