421.呪われた吸血鬼
俺には、家族というものがいない。
正確にはそれにまつわる記憶や思い出が無い。
昔。もう何年前かも分からない遠い、遠い日までは家族という存在もいたし、その思い出だってあった筈なんだ。
だが、今は無い。
何も思い出せない。──思い出してはいけないのだ。
覚えていたところで辛いだけ。思い出したところで虚しいだけ。どう転んでも時間の無駄にしかなり得ないのだから、それなら最善策を選べばいいだろう。
だから、何も覚えてない。だから俺には家族がいないのだ。
あれ程忌々しいと思っていたデリアルドの名は、今や俺だけのものとなり俺を縛る鎖となった。
俺が、呪われた吸血鬼だったから。だから俺だけが生き残り、俺だけが死ねなくなった。
まあ、もうそれでいい。魔導具研究は好きだし、ずっとスイーツ業界の発展に寄与出来るからな。
……なのに、どうしてこんなにも心に風が吹き抜けるのか。俺にはどうしてもそれが分からなかった。
「はぁ……」
ため息混じりに王女様が歩いている。何やら騒がしかったが、あの人も大変なんだな。
無作法でも怒られない緩いお茶会は、俺みたいな世間知らずでも楽しめるような素晴らしい空間だった。何よりスイーツがたくさんある。紅茶は勿論、何故か酒もある。そんなお茶会を企画し、招待してくれた王女様に俺はかなり感謝していた。
だからこそ。恩返しになるかも分からないが、王女様を労ってやろうと思ったのである。
「王女様、ちょっとこっち来い」
手招きしながら声をかけてみると、
「どうかしたの?」
と返事して、何か問題でもあったかしら。と言いながら王女様は駆け寄って来た。
それに対して首を横に振り、「まぁ、とりあえず座れよ」と促す。王女様はどこか困惑した顔で俺の隣に座ろうとして、凄まじい速度で割り込んで来たミカリアに席を奪われ、かなり目を丸くしていた。
迎え酒をしてさっきまで悪魔を追いかけ回していたミカリアは、疲れていたのか机に突っ伏しぐーすか寝てやがる。
俺が、何してんのこいつ……と軽く引いている間、彼女は何故か俺達を温かい目で見守っていた。
「ほんと、何で酒があんだよこのお茶会」
「はは……シュヴァルツがどうしてもお酒飲みたいって騒いでて、それでいくらか用意してたんだよね……」
「なんでもありかよ」
これが公的なものであれば、それなりの批判が相次いだ事だろう。だがこれはあくまでも王女様が個人的に主催し、親しい人だけを招待したという秘密のお茶会。参加者全員に極秘裏に招待状を送り、誰にも行先を知られないようにこっそり来る事を要求して来たような企画。
その為、こんな雪原のど真ん中でお茶会をするなんて事態に至っているのだろう。
「それで……結局、私を呼んだ理由は?」
向かいの席に腰掛けた王女様は、クッキーを一つ頬張るやいなや早速本題に移った。
さて──、何も考えてねぇ。
労うと決めたはいいが、俺にはその手段というものが全く分からない。何せ他人を労った事なんて無いからな。
考えろ、考えるんだ俺。これまでの数百年の人生で俺は一体何を見聞きして来た? 俺はやれる、俺は出来る子だ。考えれば王女様を労う手段の一つや二つ──!
「……王女様、とりあえず俺の話し相手になってくれないか?」
全く思いつかなかった。
とりあえず、真剣な顔で時間稼ぎを行う。すると彼女はハッとしたような顔で、
「分かった。私で役に立てるか分からないけど……何でも相談して!」
何をどう解釈したのかどんと胸を叩いた。
まあ、俺に都合がいいからこれで構わない。さて次は何を相談するかなのだが……。
「あ、そうだ。俺って混血の吸血鬼なんだが、両親は純血の吸血鬼らしいんだ。やっぱり母親の不貞で産まれたのかね、俺は」
長らく答えを見つけられていない悩みが丁度あった。意気揚々とそれを相談すると、飲んだ紅茶がそのままこぼれ落ちそうなぐらい、王女様は間抜けな顔をしていた。
「……そんな事は、ないと思うけど」
「そうか? でも両親は純血なのに、俺は混血だ。これが何よりの証明だと俺は思うがな」
純血の吸血鬼達の間に産まれた、混血の吸血鬼。それ故に俺は幼い頃、とてもとても閉塞的な吸血鬼一族で虐げられていた……らしい。
正直、その頃の事はほとんど覚えてないのだ。らしいというのは、当時からずっとつけていた日記を見て知ったからである。
その日記にはデリアルドへの強い恨みが所狭しと書かれており、同時に憎悪する血筋に縋る事しか出来ない愚かな自分への嫌悪がひしひしと感じられた。
幼い俺は、どうやら中々にひねくれた性格をしていたらしい。
そして。幼い頃も、勿論今も。俺は俺の出自について理解出来ていない。今更特に理解する必要も無かったからなのだが、せっかくなので彼女に相談してみようかと思ったんだ。
ミカリアが散々王女様の事を聡明だなんだと騒いでいたし、あのクソガキだって、『彼女は……王女殿下は本当に優秀な方ですよ。怠け者の貴方と違ってとても能動的ですし』と挨拶ついでの世間話でわざわざ俺を貶して来たぐらい、王女様は聡明で優秀らしいからな。
「うーん……どんな考察があったかしら……」
顎に手を当て、彼女は真剣に考えを巡らせていた。その所為か、たまに言葉が漏れ聞こえる。
考察? なんの? と俺が首を傾げる頃には、王女様も一度顔を上げていた。
「ねぇ、アンヘル。確認したいのだけど、貴方の家族は既にお亡くなりになられているのよね?」
「ああ。全員急死したんだ。で、俺がたまたま生き残ったから、こうして何百年と生きているって訳だ」
「……こんな事まで聞くのは失礼かもしれないけど、一族の連続死の原因等は判明してるの?」
「いや、まーったく。一族はバッタバッタと死んでいったし、そもそもうちは吸血鬼の一族だ。触らぬ神になんとやら、急死の原因調査なんて誰もやりたがらないに決まってるだろ?」
俺も、当時は理解が追いついていなかったような気がする。
日記曰く、何の前触れもなかったらしい。いつも通り一族の奴等に人とも思えぬ扱いをされていたのだが、突然、体の内側で溶岩が膨れ上がるような激痛が全身を襲った。
それは等しく──いや、違うな。俺にだけ酷く絶望的な時間を押し付けて来たのだ。他の奴等はすぐに死ねたのに、俺だけは中々死ねなかった。不老不死の純血共は即死して、なんで混血は死なないんだと……当時の俺は、理不尽を嘆いていたらしい。
一日、二日、十日、二十日、一ヶ月。
俺はずっと、いっそ死にたいと願う程の艱難辛苦に襲われていた。
痛みから溢れていた涙はいつしか枯れ、痛くて咆哮していたから喉は壊れ、血管は焼き石に押付けられるように痛み、筋肉は丁寧に引きちぎられているように痛む。
内臓がぐちゃぐちゃに握り潰されたように痛い。爪先からすり潰されていったように痛い。関節全てに杭を打たれたように痛い。生きたまま猛獣に食われたように痛い。目が日光に貫かれたように痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!
あまりの理不尽な痛みに、眠る事も思考する事も死ぬ事すらも許されなかった。
なんで、なんでおればっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ。おれが何したんだよ、おれはただ、産まれてきただけなのに。
なんでおれは死ねないんだ。なんでおれは混血なんだ。なんで、おればっかり──……。
暗い曖い絶望の中。いつしか、俺は忘却という自己防衛の手段を手に入れていた。痛みという、生きる上で重要なものの一つに数えられる感覚というものを、俺は忘れる事にした。
意図的にやったというよりかは、生存本能がそうしたと言うべきだろう。それによって、一時は俺の中にもう一人の俺がいた。いわゆる多重人格というやつだ。
それがありとあらゆる痛みなどを請け負ってくれたお陰で、俺はなんとか絶望から這い上がる事が出来たのだ。
元々日記をつける習慣があったからか、俺はあの絶望が記憶として残っている間に全て日記に記していた。痛みを忘れ、不感になろうとも……あの時の感情はまだ記憶に残っていたのだろう。
当時の日記には、そこまで事細かに書く必要があるのか? ってぐらい一ヶ月の絶望が全て記されていたのだ。
まあ、その後の日記を暫く見て行ったら、その十年後とかには俺の中の俺は絶望を負いすぎて消失し、自己防衛の為に俺は何もかもを忘れるしかない状況に追い込まれていたのだが。
だから、今でも日記をつけている。魔導具の作り方や今までの研究開発結果、スイーツの事とか関わりのある人間の事とか。
代々吸血鬼一族に仕えていたらしい人間の一族が、生き残りの俺に大人しく仕える事になったとか、全然思い出せない異母弟妹に似たガキがよく俺の屋敷に来るようになったとか。
その日あった事や、感じた事、全てを毎晩日記に記していた。そして次の日の朝、それを一通り見て何があったのかを確認。これが、いつもの流れだった。
寝て起きたら自分を守る為に俺は記憶を失う。一週間分の記憶を毎日念入りに失い続けるものだから、最近の事なんてほとんど覚えていられない。
今でも触覚は機能していないし、感情の起伏もあの一ヶ月以降控えめになってしまった。
だが、この状態が俺という存在が最も楽に生きられる瞬間なのだから仕方無い。死なない選択肢を選んでいる以上、俺はおれの為に生きなければならないのだ。
「純血の吸血鬼だけが死んで、混血の吸血鬼だけが生き残った……?」
王女様は真剣に悩んでくれていた。
こんなクソしょうもない話にも、このお嬢さんは真面目に頭を働かせてくれるらしい。しかも、俺のような面倒な存在にも他と変わらず普通に接してくれる。それが、存外嬉しいと思えるのだ。
そらぁ、あの夢見がちなミカリアが惚れ込む訳だ。
「吸血鬼一族の連続死は確か約五百年前……そこでアンヘルだけが生き残ったのは、混血だからなの? でもなんで吸血鬼一族が突然……」
考えてる事が口から出てるのに気づいていないのか、王女様は腕を組み顎に手を当て、一心不乱にぶつぶつと思考を繰り返している様子。
そんな時緑の髪の子供がやって来て、王女様の膝に滑り込むように飛び乗った。
「うわぁっ、どうしたのナトラ」
「気になる話が聞こえて来たからの。五百年前の吸血鬼がどうとか言うておったな?」
「うん、そうだけど……何か知ってるの?」
その子供は王女様の膝の上で、足をブラブラと動かしている。王女様はそんな子供の頭を撫でつつ、顔を覗き込んで話しかけた。
そして、子供は身の毛もよだつような言葉を口にした。
「うむ。だってそれ、我がやったから」
────は?
「ど、どういう事? ナトラがやった、って……」
「フンッ、悪いのは吸血鬼とやらじゃ。我と姉上が何千年とかけて作り上げた花畑を、吸血鬼とやらが踏み荒らした。我の権能が強く浸透している花々を己の欲が為にあやつ等は刈り取ったのじゃ」
花畑? 花? 確かに、昔……強力な魔力を宿す花を乱獲して、魔導具開発に活かしていたとか……デリアルドの大人達が言っていた、ような。
「花を飾るなりするのなら、まだ許せた。じゃがあやつ等は花から魔力を抽出するだけ抽出して、不要となり枯れた花はその辺に捨ておった。我が丹精込めて育て上げた花々を、それが咲き誇る花畑を、あやつ等は自分勝手に壊しよったのじゃ! それが我はどうしても許せなくて……それで、衝動的に『吸血鬼など滅んでしまえ』とその血筋を呪った」
呪った──? じゃあ、あの時……俺が死にたくなるような辛苦を味わったのは、この子供の呪いの所為だったって事なのか?
「我は確かに吸血鬼がこの世から消えるよう呪った。あの頃は我も万全の状態じゃったし、我の呪いは完全に発動した筈だ。なのに何故、まだ吸血鬼が生きておる? 何故お前は、我の──竜の呪いから逃れたのじゃ?」
子供の鋭い目が俺を睨む。
この子供は、竜種……なのか。そして、五百年前。吸血鬼が竜種の怒りを買ってその報復で呪われ滅ぼされたと。
予想外ではあるが、ある意味納得出来る。何せ吸血鬼とは不老不死である前に、非常に生命力の強い種族。弱点である銀やら太陽でなければ、そう簡単には死なない。
だが、あの原因不明の病は力の強い吸血鬼から順に、等しく命を奪っていった。普通ならば有り得ない事だが……それが竜種程の存在による呪いだったのなら、納得がいくというもの。
……まさか、数百年越しにあの絶望の正体を知る事になるとはな。
怒り狂った竜種の呪いだったなんて。そりゃあ、吸血鬼も虫のようにあっさり死ぬ訳だ。
「──はぁ。俺が生き残ったのは、俺が最後の吸血鬼だったからだな」
「最後の吸血鬼……? それが、お前が生き残った事と何の関係があるのじゃ」
子供は俺を睨む事をやめた。その代わりに、気だるそうな瞳で俺を静かに見据える。
「これは、一族の間で言い伝えられてた事なんだが……この世界はな、ありとあらゆる生命の情報保存の為に、必ず一人は存在を保証するんだ。たとえ吸血鬼でなくとも、この世界において最後の存在となったその生命──情報というものは、世界の抑止力によって死という運命を剥奪される。死にたけりゃ、さっさと最後の一人でなくなれってな」
これは、うちが吸血鬼一族であるからこそ言い伝えられていた事。吸血鬼なんて中途半端な種族はいつ排斥されるかも分からない。だからこそ、こんな嘘か本当かも分からない言い伝えがあった。
───何があろうとも……決して、吸血鬼一族の血が絶える事はないのだと。
俺は全く信じていなかったが、今こうして自分が最後の一人となり、言い伝えを信じざるを得なくなったのだ。
「……それがこの世界の意思ならば、我の呪いが効かぬのも頷けるわい。我が母の意思を、子に過ぎぬ我の我儘なぞが覆せる訳なかろうて」
はぁ。と大きなため息をつき、
「すまなかったな。悪いのは一部の馬鹿な吸血鬼だけなのに、お前達の種族を根絶やしにしようとしてしまって。我もあの時は怒りに任せて少し暴走してしまった……吸血鬼を許す気には全くならんが、それでも大多数の吸血鬼に巻き添えを食らわせた事に変わりなし。それについては、謝罪しよう」
その竜は、俺に向かって頭を下げた。
だが俺は何も感じない。当時の感情や苦しみなど、今の俺にとっては日記でしか知る事の出来ない過去の出来事だから。
「……でも、悪いのは先に粗相を働いた吸血鬼なんだろ。ならあんたが謝る必要はない。ただの因果応報だ」
「じゃが、我はお前の家族を殺したのだぞ?」
「家族とか、もう顔も名前も覚えてねぇよ。父親は混血の俺を疎んでいたから、一度も会った事はない。母親は……俺が小さい頃に自害した。異母弟妹の事も、もう思い出せないからな」
何に怒ればいいのか分からない。
何に悲しめばいいのかも分からない。
当時の事を記録としてしか知らない──何もかもを忘れた俺には、この竜に文句を言う資格など無いのだ。
「…………すまぬ。辛い事を思い出させてしまったな」
竜はバツの悪そうな顔で俯いた。
そう何度も謝られても困るんだがな……と、気まずい気持ちのままクッキーを手に取り頬張る。
「──ねぇ、アンヘル。一つ聞きたいのだけど」
ずっと黙り込んでいた王女様が、おもむろに口を開いた。
「吸血鬼は大抵、何らかの能力を持って生まれるのよね?」
よくそんな事知ってるな。
「ああ、そうだな。俺の場合は変化能力がそれに該当する」
「その能力の中には、未来視──未来予知のような能力もあるの?」
「さあな。基本、固有能力の事は人に言わない決まりだったんだ。ある種の弱点になるからな。ああ、でも」
ふと、遠い昔の事を思い出した。朧げで、今にも消えてしまいそうな、水泡みたいな記憶。
「俺の母親は、不思議なぐらいかくれんぼが上手かったな。もしかしたら、母親の能力は王女様の言う未来予知とやらだったのかもしれない」
デリアルドの大人達から散々嬲られた俺を庇う為に、母親はよく俺と一緒に物陰に隠れていたらしい。そして隠れる間、俺は母親とよく甘いものを食べていたようで、日記にはその甘いものの事が頻繁に書かれていた。
家中で白い目に晒されながらも、母親が俺の為によく甘いものを作ってくれていたのだと思う。
今思い返せば、母と一緒に隠れる時は絶対に誰にも見つからなかった。まるで……母親には誰がどう動くのか分かっていたかのように。
不完全な思い出を口にしたところ、王女様は目を見開いて、口の端を僅かに釣り上げた。
「……分かったかもしれない。貴方が、混血である理由が」
「っ本当か?」
これには流石の俺も少し前のめりになる。
「あくまで推測の域を超えないのだけど……貴方が混血になったのは、貴方のお母さんの仕業だと思うの」
「母親の仕業?」
「うん。貴方のお母さんが、仮に未来予知の能力を持っていたとして……もしも、我が子が生まれる前後に、いずれ一族が全滅する未来を見たとしたら──……私なら、我が子を守る為に何だってするわ」
それは、きっと貴方のお母さんも同じだったと思う。そう、王女様は俺の目をまっすぐ見て言い放った。そして彼女は更に続ける。
「何が原因で、どんな経緯でそのような未来に至るのかは分からない。だけど、とにかくそんな未来が待ち受ける事だけは確かだから……貴方のお母さんは貴方が生き残れるように、一か八か、貴方の体に人間の血を混ぜたんでしょう。私には、それ以外に純血の血筋に混血が産まれた理由を推測出来ないわ」
なんで、俺が生き残れるようにって人間の血を混ぜたんだ? そんな疑問が顔に出ていたのだろう。竜がハッとした顔でボソリと零した。
「そうか、我の呪いを回避する為にか……!」
「呪いとかは分からなかったでしょうけど、おおよそはその通りだと思うわ。未来予知では、吸血鬼が次々と倒れていっている。吸血鬼が倒れる程の何かが起きるのならば──少しでも吸血鬼から遠ざければ、その何かで他の吸血鬼が死に絶えるまでの時間稼ぎが出来る。最後の一人になるまで耐えられたら、確実に生き残れるから……だから人間の血を貴方に混ぜた。どんな手段を使ってでも、我が子に生きて欲しくて」
優しい表情で言い切った王女様は一度深呼吸をして、
「……何度も言うけれど、これはあくまでも私の妄想に過ぎないわ。だけど……私の妄想の通りだったとしたら、きっとアンヘルとの思い出の場所とかに、手紙か何かを残してるんじゃないかな。貴方が混血である事の答え合わせとなる、手紙とか」
私だったらそうするから。と笑った。
王女様と母親は違うし、彼女の説が正しいという確証は全くない。だが、なんとなく、彼女の説を信じたいと思ってしまった。
仮にそうだとして……母親の所為で苦しんだとは思わないし、母親の所為で悩み続けたとも思わない。
ただ、知りたいのだ。なんで俺は混血なのか。──長い間ずっと抱いていた疑問を解消したい。
だから藁にもすがる思いで、一番有り得そうな説を信じてみる事にした。
「……──そうか。舞踏会が終われば、一度屋敷中をひっくり返してみよう。悩みを聞いてくれてありがとな、王女様」
「力になれたようで何よりだわ。でもあまり期待しないで。的外れだった時に申し訳無いから……」
「ンな事で王女様を責めたりしねーよ」
色々とちぐはぐで、見てて飽きないお嬢さん。
俺にとっては教祖のような尊敬すべき人でもあるが……なんつぅか、こうして見てるとただの女の子なんだよな。
「なるほどなるほど。話の流れはよく分からんが、アミレスがまた一人、悩める人間を導いてやったという事じゃな。流石は我のアミレスよな!」
「私はただ相談を受けただけよ、ナトラ」
調子のいい事を言う竜を、王女様は困ったように窘める。今日起きた事は、必ず詳細まで日記に書き残そう。
……──だってこんなにも穏やかで、気分が晴れ渡ったんだ。今日という日の事を忘れるなんて、勿体ないだろーよ。