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402.国際交流舞踏会4

「あんた、今帝国で流行ってるスイーツの原案者なんだってな」

「え? まあ、そう…………ですね」

(──私は、食べたいなーと思ったスイーツのざっくりとしたイメージをメイシアやバドールに伝えてるだけなんだけどな。皆イメージしか伝えてないのに、自分で足りない部分を補完してちゃんと形にしてくれるから、ついつい甘えて色々伝えてるだけで。でもそうか……これだと私が原案者になっちゃうのか)


 アンヘルの真剣な声音に一瞬困惑するも、すぐに心当りに辿り着く。そして、自分勝手に色々やってしまっていた事に今更ながら気づいてしまった。


(これじゃあ、元々そのスイーツを考案した人達に失礼じゃないの。著作権料とか払うべきかしら?)


 前世の世界でパティシエ達が試行錯誤を重ねて作り上げた芸術品たるスイーツを、異世界だからと我が物顔で自分が考案したかのように宣伝する。

 その行為の罪深さに、幼い少女はようやく気がついた。

 しかし、


(でもまあ、もう過ぎた事は仕方無いか。寧ろこの世界にも貴方方(あなたがた)の功績を広めたんだから、それで手打ちにしていただきたい)


 アミレスの思考回路は、この世界で生きる中でどんどん氷の血筋(フォーロイト)らしく歪み、冷えていった。

 故に、比較的にどうでもいい事に関してはこうして簡単に割り切れるのだ。


「そうか。なら、あんたはやはり俺にとっての教祖みたいなものだ」

「教祖」

「ああ。あんたが考案したスイーツの数々……これまでになかった新感覚スイーツと、それを販売する実店舗。それらを知った時俺は、目がひっくり返る程の衝撃を受けたんだ」


 アミレスの記憶にも無い異様なテンションのアンヘルに、彼女はつい、いやそれは言い過ぎでしょ……と軽く引き気味になる。

 百年来の友人の奇行に、ミカリアもまた開いた口が塞がらない。

 そしてマクベスタは──、


(誰だこの人)


 美しいアミレスにただひたすら見蕩れていた為、話しかけられていない時は何も話を聞いてなかった。先程の挨拶も、じっと見つめていたアミレスが突然一礼したので、何も聞いていないながらにとりあえず空気を読んで頭を下げただけだった。

 その結果、いつの間にかいたアンヘルが辺境伯とやらである事以外何も分からないらしい。


(まあ、いいか。この男が誰であろうと、アミレスを害する存在ならその時は斬るだけだ)


 この男──精神安定の術なのかどうか分からないが、ついに好きな女性以外の存在を完全シャットアウトする術を身につけていた。

 これが、初恋を拗らせた男の本領である。

 そうやって密かに警戒されているとは露知らず、アンヘルは彼らしくない熱量でスイーツについて語りはじめた。


「今までのスイーツ文化は、貴族の享楽と平民の贅沢といった風に二極化していた。貴族は変わり映えのしないスイーツを享楽の一つとして、ロクに味わいもせず簡単に消費していた。対して平民はクッキーやパイですら贅沢と捉え、好きな時に好きなように味わう事も出来ないままだった」

(えらく壮大な話が始まったわ)


 舞踏会会場の一角で、アンヘルは熱の入った声で朗々と続ける。


「そもそもスイーツを作る為にはそれ相応の技術と知識が必要だ。ただでさえ作り手が減少の一途を辿っているというのに、貴族が数少ない作り手すら己の享楽の為に占領し、無為に消費する。対して味も分からない癖にその場の勢いとくだらないプライドでパティシエを侮蔑する事で、一体どれ程のパティシエが砂糖を見る事すらも嫌になった事か…………そのままパティシエを辞める者も一定数いる為、作り手が更に減ってどんどん平民がスイーツを食べられる機会が減っていく。パティシエ達が研鑽を重ね技術を高める時間も、工夫を凝らし手頃な価格で食べられるスイーツを開発する時間も何一つとして取れなくなり………平民を中心としてスイーツを知らない世代が増え、いわゆる若者のスイーツ離れがスイーツ業界全体での慢性的問題とされていたんだ」

「若者のスイーツ離れ」


 アミレスが繰り返した言葉に、アンヘルは沈痛な面持ちで深く頷いた。


「俺はスイーツが大好きだ。スイーツと魔導具だけが俺の生きる意味であり、スイーツ文化と魔導具研究の発展だけが、俺の生きる価値だ。だからこそ俺は昔からスイーツ文化の発展の為の努力は惜しまなかった。才能のあるパティシエのパトロンになり、時にサロンの建築資金すら援助した程だ。だがどれだけ俺がこの業界で頑張ろうとも、若者のスイーツ離れとパティシエの母数減少に歯止めをかける事は出来なかったんだ」

(アンヘル、ゲーム本編開始前にそんな事してたの? 極度の甘党こわ……)

(アンヘル君ったら、いつの間にそんな事をしてたんだろう。暇なのかな)


 この究極怠慢(ものぐさ)男のまさかの努力に、彼を知る二人は目を丸くして失礼な事を考えていた。


「どうすればスイーツ文化を守り、発展させる事が出来るのか。考えても動いても何も成果は出ず、自暴自棄になっていた時。俺はシャンパー商会初の直営洋菓子店パティスリー・ルナオーシャンを知り、涙が溢れる思いになったよ。これこそが今までのスイーツ業界に足りなかったものであり──これからのスイーツ業界を変えてくれる存在なのだと……そう、ようやくスイーツ文化を守り発展させる方法が分かった気がしてな」


 パティスリー・ルナオーシャン──……それは今から二年程前にシャンパー商会会長自らが設立し、今も尚ホリミエラ・シャンパージュその人が運営するシャンパー商会初の直営洋菓子店(パティスリー)

 これまでにもシャンパー商会系列の菓子店はあったが、それはあくまでもシャンパー商会傘下の家門が経営する店だった。

 つまり。シャンパー商会直営の洋菓子店の設立とは……かのシャンパー商会がついにスイーツ業界に足を踏み入れた事を指す。


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