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364.ある者達の意向

場面が何度も切り替わります。

「大変です、大公様! 白の山脈から魔物が次々と雪崩込んで来て!!」

「……──そうか。まさか本当に、この時が来てしまうとはな」

「た、大公様?」


 フォーロイト帝国南部、ディジェル領内が領主の城にて。

 一人の兵士が現大公ログバード・サー・テンディジェルの執務室に飛び込み、突然の異常事態を報告する。

 しかし、ログバードは驚く様子もなく静かに瞳を伏せるだけだった。


(アミレス王女殿下の言う通りになったな。あの方の先見の明が無ければ、ワシ等はこの後あっという間に魔物共に蹂躙されただろう)


 だが、と彼は鋭い笑みを浮かべた。


「──問題無い。黒狼騎士団と蒼鷲騎士団に伝令を。各騎士団の指揮は団長及び副団長に任せる。そして、訓練通り(・・・・)に動けと!」

「はっ、はい!!」


 ログバードの命令に、兵士は敬礼してすぐさま部屋を飛び出した。

 数ヶ月前、大公領の一件を終えて帰宅する際にアミレスが知らせた、未来の可能性。それを信じて、ログバードは数ヶ月間魔物の行進(イースター)対策をレオナード達と講じ、同時に様々な訓練を行って来た。

 あの時見た、わずか十三歳の少女の真剣な面持ちを信じて。



♢♢



「え、魔物の行進(イースター)が発生した? それ本当に言ってるの、マアラ?」

「誰がそんな不吉な嘘つくんですか。確かな報告ですよ……で、どうするんですかロアクリード様」


 今日も今日とて仕事に勤しむロアクリードの元に、疲れた面持ちのマアラが面倒な案件を引っ提げて現れる。

 その報告に、ロアクリードは心底面倒くさそうな表情でため息を零した。


「そうだなぁ、とりあえず片っ端から魔物を掃討すればいいだろう。出来る限り白の山脈に近い場所を前線として、腕の立つ者達を派遣しておいてくれ。マアラも行ってくれる?」

「仕方無いですね、分かりました。ロアクリード様はどうなさいますか?」

「私は──……そうだな。ちょっとやる事があるから一旦皆に任せるよ。ただ、何かあればすぐに魔導具を使って連絡してくれ。飛んで行くから」

「では、そのように指示を出してきます」


 ぺこりと一礼し、マアラは各員に指示を出すべく元老院を尋ねに行った。

 リンデア教のもと一つとなった連邦国家ジスガランドでは、教皇聖下と言えども独断で何かを成す事は出来ず。何事もまずは、元老院にて議論にかけなければならないのだ。

 一連の話を黙って聞いていたベールは、ロアクリードの横顔を見つめてニコリと笑う。


「何か、いい案を思いついたのですね?」

「……君には隠し通せないか。うん、ちょっといい筋書きを思いついたんだ」

「私にも聞かせてくださるかしら? その対価に、魔物の行進(イースター)の対応を手伝って差し上げてもよろしいですわよ」

「君が手伝ってくれるのか。はは、ならば話さない訳にはいかないね」


 まさに聖女と呼ぶべき姿。優雅で美しい祭服を揺らしてベールは立ち上がり、ロアクリードの机に軽く腰掛ける。

 協力関係にあるベールにそうせがまれては、ロアクリードも話さざるを得ない。

 雪解け水のように美しく、しかして冷たく肌に刺さるような笑顔を作り、


「……──この混乱に乗じて、教皇を暗殺しようかなって思ったんだ」


 ベールの耳元で小さく呟いた。


「──それは、また……予定より早いですわね。あまり事を急いては功を逃してしまいますよ?」

「それはそうなんだけど、完璧な計画を思いついたからさ。せっかくの好機を逃したくないんだ」

「ふむ……ちなみに、そちらの計画は私の協力が必要ですか?」

「少しだけ君の力を借りたい。構わないか?」


 ロアクリードの真摯な言葉に、 ベールは黄金の瞳を柔らかく細め、


「勿論ですわ。そういう約束ですもの」


 花のように微笑んだ。

 ある一人の少女の為、力と権力を欲したお人好しな青年は──……ついに。悲願の為なら手段を選ばない、大嫌いな父親譲りのその本性を剥き出しにした。



♢♢



 ある昼下がり。

 神殿都市の一角では騒ぎが起きていた。

 その中心に在るのは神々の愛し子、ミシェル・ローゼラ。天空教の信徒達は、またあの少女の癇癪か……と疎ましげに、その様子を遠巻きに眺めていた。


「離してっ! 行かなきゃ、今すぐあたしは戻らないといけないの!!」

「落ち着けミシェル! とにかく一旦落ち着いて、ゆっくり話をしよう!」

「ミシェル……何があったの、何が嫌なの? 全部言ってよ、おれが何とかするからさ。ね?」


 身を捩り暴れるミシェルを羽交い締めして、必死に落ち着かせようとするハーフエルフの青年セインカラッドと、縋るような表情でミシェルに訳を聞こうとする彼女の幼馴染、ロイ。

 二人の攻略対象を前にしても、ミシェルは「早くしなきゃ!!」と騒ぎ続ける。

 その騒ぎを聞きつけて、ついにあの男が出向く事となってしまった。


「──そう喚いては、周りの信徒達の耳が壊れてしまうよ」


 そう言いながら、空からミカリアは現れた。彼に伴うようにラフィリアとジャヌアも現れると、周囲の信徒達は思わず息を呑み、口を閉ざす。

 国教会のトップたる聖人の登場により、その場には水を打ったような静寂の帳が下ろされた。

 その背に生えていた天使のような羽を光の粒へと変えて、一歩踏み込みミシェルへと問う。


「ミシェル・ローゼラ。次は何が不満なんだい? 相も変わらず自分勝手に騒ぎ立て、敬虔なる信徒達に迷惑をかけるぐらいなら……僕も、聖人として然るべき措置を取る必要があるのだけど」


 ゲームの彼とは全く違う、冷め切った瞳。

 喉に刃物を突き立てられているかのような緊張感の中でも、ミシェルは必死の形相でミカリアへと訴えかけた。


「早く、早く村に戻らないと……おじいちゃんやおばあちゃんが──、村の皆が死んじゃうの!!」

「……は? 急に何を言って」

魔物の行進(イースター)が起きて、白の山脈から近いあたし達の村はすぐに滅ぶの! それで、村の皆は死んで……あたしは…………っ!」

「──君の村が滅ぶ?」


 涙を浮かべて必死に叫ぶ彼女の言葉に、誰もが耳を疑った。


「やだ、やだよ……まだおじいちゃんとおばあちゃんに何もお礼を言えてないのに……っ、いつもこんなあたしに優しくしてくれたおじさんやおばさん達に、何も返せてないのに……!」


 しゃくりながら涙を流す少女の姿は、これまでの我儘な振る舞いを知る者達でさえも『嘘ではない』と分かる程の、切実さが伝わる程のものだった。

 この涙は本物だった。彼女がようやく変化したからこそ、人への感謝や親愛を思い出して流れ出した本音だった。


(確かに、魔物の行進(イースター)は起きる。彼女の故郷がハミルディーヒ王国内でも真っ先にその被害を受ける事は明白だ。だけど……まさか、あの我儘娘がこんな事を言って涙を流す日が来るなんて)


 ミカリアは戸惑っていた。

 しかし、この涙が嘘だとは流石の彼とて思えなくて、短くため息を吐いてからジャヌアを一瞥し、


「ジャヌア、愛し子を故郷の村に連れて行ってやっておくれ。丁度いい機会だから実戦経験を積ませよう」


 ミシェルの意思を汲んだ。

 それにジャヌアは驚いたように体を一瞬膠着させ、すぐさま背を曲げる。


「了解しました。しかし、宜しいのですか?」

「ああ。だがこれはあくまでも愛し子が帰郷するだけであって、君はその送迎役だ。何があっても、手出ししてはいけないよ」

「……は。絶対中立を死守致します」


 国教会は絶対中立。本来、特定の国にだけ肩入れする事があってはならない。

 故に、ジャヌア程の重大戦力をただの送迎役にせざるを得なかった。ジャヌアもそれをよく理解しているので、どこか重い声音で命令を承った。


「本当に? 村に行かせてくれるの?」


 どこかほっとしたような面持ちでミシェルが零すと、


「あの、聖人様。おれもミシェルと共に村に戻りたいです」

「でしたら、オレも……いくら彼女が神々の愛し子と言えども、一人で魔物の行進(イースター)の対応をするのは危険ですから」


 ロイとセインカラッドがミカリアの前に膝をつき、村への同行を懇願する。


「──聖人、声掛、無礼」

「別にこれぐらい構わないよ、ラフィリア。ジャヌア、彼等も連れて行ってあげて。事実、愛し子には護衛が必要だから。司祭達でも立場的には微妙だし、同じ村出身の彼と友人という彼が共に愛し子の故郷に行く事自体は、中立の立場にも響かないだろうからね」

「聖人様のお言葉のままに。では愛し子と少年達よ、準備に取り掛かりなさい。善は急げと言いますし、今日の夜にでもこの場に集合し、村に向かいますよ」


 ジャヌアがロイ達の前に立ってそう告げると、三人は顔色を明るくして大人しく自室へと戻った。ジャヌアもまた、自身の準備の為にと動き出した。


「主、当方達、如何?」

「僕達はこの都市と学園を守りながら、要請があれば平等に手助けに行くだけだよ」

「了。学園守護、誰?」

「うーん、じゃあラフィリアとアウグストに任せるよ。二人いれば(・・・・・)十分だろう(・・・・・)?」

「当然」


 ふふんと鼻を鳴らしてキッパリと言い切るラフィリアに、ミカリアの薄紅の唇からは、少しばかり笑い声が漏れた。


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