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344.帝国議会2

「と、とりあえず……雪花宮大移動の件の続きなのですが。移動予定地は帝都郊外──ランディグランジュ領とハーヴィ領の境にある平原。あの一帯を整備して、街灯と共に除雪魔導具を設置する事で積雪が酷くならないようにし、妖精の水飲み場とも呼ばれる美しいシンラス湖を囲むように九つの宮殿を配置する予定です」


 ごほん、と咳払いをして舞踏会対策室の人間が例の件について続ける。聞けば聞く程めちゃくちゃなその計画に誰しも気が遠くなる中、フリードルが更に補足する。


「それらは雪花宮から名称を改める事になり、舞踏会の貴賓達の宿泊場所として使用された後は、ある行事の際に貴族達が宿泊する事を許される特別な場所となる事だろう」

「っ、我々にもあの雪花宮に泊まる機会が?!」

「あの絢爛豪華な雪花宮に!」

「なんと名誉な事か……」

「いやしかし、皇太子殿下は特別な場合に限るといった事も仰っていたような」

「ある行事、と仰りますと……?」


 側妃達の住まいであった美しき宮殿に泊まれると貴族達は一瞬喜んだものの、フリードルの勿体ぶるような言い方にすぐさま固唾を呑んだ。

 貴族達の視線を集め、フリードルはおもむろに口を開く。


「皇帝陛下が即位されてから二十年近く行われる事はなかった行事──……皇室主催の狩猟大会。それを来年度より復活させる事を皇帝陛下が決定された。その狩猟大会の参加者達の宿泊場所として、九つの宮殿を解放するそうだ」


 フリードルは淡々と語るが、これを聞いた貴族達の顔はみるみるうちに喜色に満ちてゆく。

 何を隠そう、この狩猟大会というのはフォーロイト帝国において年に一度行われていた伝統的な大会にして、平民達も大盛り上がりの祭り(・・)だった。

 約一週間に及ぶ長期間の狩りと、それに合わせて帝都で一週間行われる祭り、狩猟祭。そしてその最終日には最も良き成績を残した者に優勝賞品と『英傑』という称号を贈呈し、その者が主役となり讃えられるパーティーが王城にて開かれる。

 優勝者はその年の『英傑』として、一年間全国民より尊敬の眼差しを受ける事となる。


 そんな貴族も平民も愛する帝国の一大イベントがこの皇室主催の狩猟大会なのだが……大のパーティー嫌いで有名な現皇帝エリドルは、この狩猟大会の全て(※狩猟大会には皇室も全員強制参加なのである)が嫌で仕方なかったらしい。

 その為か、自身が即位してからは『ハミルディーヒ王国との戦後処理の為』と何かと理由をつけてはただの一度も開催して来なかったのだと、まことしやかに囁かれている。


 そんな皇帝が、ついに狩猟大会を開催すると言った。それはまさに、狩猟大会に焦がれていた国民達にとって青天の霹靂。

 特に三十歳以上の者が多いこの場において、彼等も参加した事が間違いなくあるであろう、あの狩猟大会が復活するという報せは──……


「やっ────」

『やったああああああああああああ!!!!』


 年甲斐もなく飛び跳ねて喜んでしまう程のものだった。


「ついに狩猟大会が復活するのか……っ」

「あの祭りが帰ってくるぞおおお!」

「なあ、当然狩りに出るよな?」

「当たり前だ。狩猟大会までに腕を慣らしておかねば」

「狩猟大会に憧れていた息子が喜ぶな」

「数十年ぶりの英傑は誰になるのだろうか」


 わくわくが抑えきれないのか、貴族達は興奮冷めやらぬまま口々に狩猟大会への期待を零す。

 そんな貴族達だったが、フリードルが「その為」と更に続けるように口を切ると、水を打ったようにその場は静まり返った。


「狩猟大会の開催には、雪花宮の移動が必要不可欠となった。これならば、どれ程難題に思える宮殿の移動とて……少しはやる気が起きるというものなのだろう?」


 もっとも、僕には分からない事なのだが。と言いたげな口調のフリードル。しかし今の貴族達にとってはそのような些細な事はどうでもよかった。

 大事なのは、雪花宮の移動と狩猟大会の開催がイコール関係で結びついた事。それは狩猟大会に焦がれていた帝国民にとって絶大なモチベーションとなる。


「我が家門でも何か良き案がないか話し合ってみます!!」

「代々宮廷魔導師を輩出する家門が話し合ってくれるとは、なんと頼もしい事か」

「新たな魔導具を開発してはどうだろうか。例えば、そう……重たい物を持ち上げる魔導具とか」

「では、魔導開発研究室にて議題にあげてみましょう」

「おお、頼みましたぞ!」


 がやがやと再び賑わいに包まれる議会場。

 それから二十分近く、貴族達は狩猟大会に思い馳せ、雪花宮の移動について議論を白熱させていた。

 やがて勢いが少し落ち着いた頃に、議会場の扉を開いてケイリオルが姿を見せた。突然の彼の登場に、貴族達は慌てて冷静を装い一礼する。


「皆さん、随分と盛り上がっていたようで。そこで朗報なのですが……フリードル皇太子殿下、よろしいですか?」

「えぇ、構いません」

「ありがとうございます」


 コツコツとわざと立てられたような規則正しい足音を響かせ、ケイリオルはフリードルの隣に立つ。そして咳払いを一つして、語り出す。


「ややあって、狩猟大会の開催を陛下との攻防を経てもぎ取ったのですが……実は他にも、色々と頑張りまして」


 ケイリオル卿がここまで言う程に頑張った事とは……!? と、貴族達は固唾を呑んだ。ケイリオルの手はスっと心臓の高さに掲げられ、その手は親指を立てた。


「新年祭、建国祭しかここ数十年は開催されてきませんでしたが──……来年は全て(・・)やりますよ。雪解祭(ゆきどけさい)星祭(ほしまつり)も、 秋染祭(あきぞめさい)も! 全て陛下からの開催許可をもぎ取ってきましたとも!!」


 ケイリオルはどやっ、と得意げに言い放った。

 それは全て『別にいらんだろ』と皇帝たるエリドルが開催させなかった季節ごとの祭り。突然祭りがなくなって悲しんだ国民も多かったと聞くそれを、なんとケイリオルは狩猟大会同様、十数年越しに復活させたのだ。

 そりゃあ、本人がつい威張ってしまうのも無理はない。


「さっ、流石ですケイリオル卿!」

「あの皇帝陛下よりこれだけの祭りの開催許可をもぎ取るなんて……!!」

「ああ……ついに帝国があるべき姿に……っ」

「ボロムスの爺さん泣いてるじゃないか」


 貴族達の喜びようを見て、ケイリオルは肩を撫で下ろした。


(まぁ、これまでパーティーや祭りを開催出来なかった理由の中には……ハミルディーヒ王国との事実上の冷戦状態に、そう何度も祭りを開催して予算や人手をそちらに割いては、もしもの時国が危ういから。という理由もあったのですが…………本当に、パーティーや祭りが嫌いな陛下の独断とでも思ってそうだ)


 そう思われるような言動ばかり──というか、それを公言しているエリドルにも勿論非はある。

 ケイリオルもそれはよく分かっている。それでも彼があのように、パーティーや祭りを行わない事がエリドルの好き嫌いによるものと誤解されるように話すのは、エリドルがそれを望んでいるからなのだ。


(……彼がパーティーや騒がしい事が嫌いなのは確かに事実だけれど、城でのパーティーや国をあげての祭りが少ないのは全て国民の為。仕方無かったんだ。ああやって全てを彼の我儘にする事こそが最善策だった。国民が少しでも平和と幸福を享受し続けられるように、最善策を取る必要が──(わたし)達が悪となる必要があった)


 色々と気が早い貴族達が直近の祭り、秋染祭(あきぞめさい)に向けての話を進める様子を見つめ、ケイリオルは口元を少しだけ綻ばせた。


(あなた達はそのまま全てを彼の仕業にして、少しでも不安を感じたりせず日々を過ごしてくれたらいい。それが、(わたし)達の望みだから。いつ戦争が起きるかも分からない──……そんな恐怖は覚えなくていい。あなた達の平和な日々の営みを守る為に、(わたし)達がいるのだから)


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