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342.ある聖職者と竜2

『分かりました。その取引に応じましょう』

「まあそうだよね、流石にそんな簡単には──……って、え? うそ、これだけで??」


 思わず聞き返してしまった。そんな簡単にいっちゃっていいの?


「取引を持ちかけている私が言うのもあれだけど、こんな条件でいいのかい? もっと色々望んでいいんだよ?」

『とは言っても……私の望みは兄さんと妹の元に行く事と、私を封印したあの子供の血縁に、この恨みを晴らす事ぐらいしか……』

「封印した子供? ああ、聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーンの事か。彼の血縁はいないよ、というか彼自身がまだ生きてるからね」

『……え? あれからもう百年近く経っているのに? たかだか人間の寿命を超えてますわよ?』

「かの聖人様は神に近づきすぎたが故に不老不死になって、老いて死ぬ事はなくなったらしいよ」

『なっ……! 人間の癖に生意気なと思いましたが、しかしこれは私にとって好都合。あの時の子供をこの手で倒す事が出来たならば、きっとこの恨みも晴れるでしょう』


 どうやら白の竜は聖人を恨んでいるらしい。それもそうか、白の竜からすれば、聖人は自分を封印した相手なのだから。

 ……これは、私に運が向いて来たな。


「白の竜……これはまったくの偶然なんだが、実は私がどうしても超えたい相手も、聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーンなんだ」

『おや、奇遇ですわね。まさかの利害の一致、という事になるのでしょうか?』

「そうなるね。私は聖人を超える為に君の力が欲しいので、君にある程度の自由を約束する。そして君は妹達に会うべく自由になり、聖人への恨みを晴らす──……せっかく、こんなにもお互い目指す方向が同じなのだから、手を取り合うべきだろう?」

『ふふふ、そうですわね。私にとっても都合がいいですし、ここはあなたの意見に同意しておきましょうか』


 白の竜の体に繋がる鎖。そのうちの一つに触れながら、私は白の竜と会話していた。まさかこんなにもあっさりと、穏やかに事が進むとは思わなかったな。


「それでは、改めて。私との取引に応じ、共に来てくれるかな? 白の竜よ」

『……あなたは私に対して何一つ嘘をついていない。そのオーラも善良なものである為、信用するに足る人間だと判断しました。白の竜の名にかけて、この取引が無事遂行されるその時まで、あなたの味方である事を約束しますわ』


 私の言葉に、白の竜が首を縦に振ったその瞬間。

 その巨体に繋がれていた鎖が、一斉に弾け飛んだ。


『───え?』


 白の竜が黄金の目を丸くする。


『あなた、何をしましたの? 私を百年近く縛り付けた封印が、こんなにもいとも容易く……』

「別に、これと言って大した事はしてないよ。聖人が施した封印を普通に解くのは流石に骨が折れるから、この封印と同等の封印をぶつけたんだ。そうすれば封印同士がその効果を発動しようとしてぶつかり合い、相殺されどちらも消滅する。ただそれだけの事だよ」

『それだけの事、ですか……あの子供もそうでしたが、近頃の人間は誰も彼もがこのような異端者なのですか……? 人間、末恐ろしいですわ』


 重たい体を持ち上げつつ、白の竜は困惑を声に出す。しかし間もなくして『はぁ……』とため息を一つ零し、爆発音のようなものと共に白い煙が辺りを包み込んだ。

 突然何だ、と思い煙が晴れるのを待つ。すると、突如として白い煙の中から人影が。


「ふぅ、この姿に戻るのも百年ぶりですわね。ああ、そう言えば……あなた、名前はなんと?」


 肩上に収まる純白の内巻きの髪に、黄金の瞳。豊満な体を持つ絶世の美女が、煙の中から現れた。それは先程まで会話していた白の竜のようで。

 一瞬呆気に取られた私は、慌てて彼女の問に答える。


「……っああ、私はロアクリード=ラソル=リューテーシーだ。長いから好きに呼んで貰って構わないよ」

「そうですか。ではロアクリード、仲間となった記念に頼みたい事があるのですが、よろしくて?」

「ど、どうぞ……私に出来る事であれば」

「ふふ。そう怯えなくとも、とても簡単な事です──どうか、私に名をください。これから先人間に度々白の竜と呼び捨てにされると考えると、あまりいい気はしませんの」

「そういう事か。それならば、私でも叶えられそうだ」


 ふむ……と顎に手を当て思案する。白の竜は簡単に言うが、竜種に名をつけるなど責任重大で、それがより思考の荒波で私を難破させるのだ。

 悩む事十分。何とか、それらしい案を思いついた。


「──ベール。というのはどうだろうか。君の純白の髪から連想したのだけど」

「……そうですわね、中々に良いではありませんか。これからはベールと名乗る事にしましょう」

「気に入っていただけたようで何よりだ」


 ベールという名を彼女がそれなりに気に入ってくれたようで、私は深く胸を撫で下ろした。

 そして。白の竜改めベールの手を引き、私達は水底神殿を後にした。二人で箒に乗り、ジスガランドに向かう途中。ベールは百年の間に様変わりした世界に興味津々なようだった。

 ジスガランドに戻ると……表向きには地方の教会巡回という名目だった私が、数百年前に流行していた衣装を身に纏う美女を連れ帰ったものだから、大聖堂はまさに大騒ぎ。

 その騒ぎを鎮めるべく、ベールに少し失礼を働いてもいいかと許可を取った。

 するとベールが、「私は狭量ではございませんもの、少しなら別に構いませんわ」と返事をしたので、「ありがとう、恩に着るよ」と告げ騒ぐ者達に向け私は堂々と宣言した。


「聞け、信徒達よ。ここに御座す方は我等が神の友と言い伝えられるかの白の竜であらせられる! あらぬ罪を着せられ、忌まわしき異教徒の男に封印されていた彼女を私が救ったのだ。尊き白の竜はその恩返しにと、私に力を貸す事を約束してくれた。つまり彼女は──……今この時よりロアクリード=ラソル=リューテーシーの右腕となり、同時に我等がリンデア教の賓客となるのだ! 皆、この御方への礼節を弁えるよう努めよ!!」


 嘘偽りだらけのこの演説に、信徒達は「ロアクリード猊下万歳───!!」「白の竜様───!!」と大歓喜。この噂はカセドラル中に瞬く間に広まる事となり、尊き白の竜が聖地に舞い降りた日を祝う、降臨祭なる祭りを後日行う事が決まってしまった。


「ふふっ、神が私達の友だなんて。人間達の思い込みの言い伝えというものは本当に面白いですわね」

「……あんまり、そういう事は言わないで貰えると助かるなぁ。ここ、一応宗教国家だし」

「あら。ごめんあそばせ」


 ベールは彫像かのように、美しく微笑む。

 だけど、どうしてだろうか。目の前のこの美しい竜の微笑みよりも、私の人生の道標となったあの少女の笑顔の方が、ずっと眩く記憶に残る。


「さて。ベールの協力を得られた事だし、私もそろそろ動くかな」

「何か、大事をなさるおつもりなのかしら?」

「そうだね。ちょっと──……この宗教を乗っ取ろうかなって」


 人類最強の聖人、ミカリア・ディア・ラ・セイレーンに対抗する為に。

 私は、このリンデア教(ジスガランド)教皇(トップ)となる。


「──それは、また。とても面白そうですわね。私も協力してさしあげますわ。だって、そういう約束ですもの」

「そう言って貰えると助かるよ、ベール。私一人じゃ少し大変だっただろうからね」


 とりあえず教皇になって、それから──ああ、そうだ。今年の終わりにはアレがある。何だ、とても丁度いいじゃないか。


「ベール。今年の終わり頃に、緑の竜に会いに行かせてあげよう。だがすまない、それまでは私の側にいてくれ」

「……仕方無いですわね。今年の終わりならばきっとすぐでしょうし、我慢しますわ」

「ありがとう、君の寛容な心に敬意を表するよ」


 ベールの約束も取り付けた。これで、きっと問題は無い筈だ。私はリンデア教の教皇となり、あの男を超える。そして彼女の幸せを支え、見守ろう。

 また、色んな国の話もしてあげたいな。あの時よりもずっと、()は強くなったんだよって自慢したいな。さよならも言えなかったから、次会う時はきっちり挨拶もしたいな。本当の私の名前も、君に伝えたいな。

 ああ、だからこそ。今年の終わりが待ち遠しい。

 ……───国際交流舞踏会、とっても楽しみだなぁ。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

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