340.キョーダイの約束5
クロノの東宮滞在にあたって、私はクロノの事を適当にぼかしてケイリオルさんに報告した。
しかし何やらケイリオルさんもかなり忙しいようで、『え? また新たな使用人? あぁはい、構いませんよ。ただ万が一の事が起きぬようお気をつけください…………──はぁ、原因不明の魔法の解明と郊外の地割れの原因調査に舞踏会進行に魔界の扉の洗い直し……休みたい……』とぶつぶつ呟く彼からあっさり許諾を得る事が出来た。
正直、あの時は許諾云々よりもケイリオルさんの体調が心配になってしまった。なのであの後、疲労回復に効果のあるポーションをナトラと作って、こっそりケイリオルさんに差し入れしておいた。案外、私にはポーション作りの才能もあるらしい。私というか、アミレスにだけど。
それから一週間。クロノも少しずつ人間社会での生活に慣れて来た頃。
「……ナトラ、この服じゃないと駄目なのかい?」
「うむ。これは制服じゃからの、兄上が我と同じ様に働くと決めたのならば勿論同じ服を着る必要があるのじゃ」
「でもこれ、可愛いナトラならまだしも僕みたいな雄が着るものではないような」
「大丈夫じゃよ、兄上。我の次くらいに似合っておるから!」
片腕が無いクロノだが、なんと、侍女服を着てナトラと共に侍女業に取り組むようになった。当然男である事は見て分かるゴツさだが、それはそれとしてよく似合っている。なんでこの世界には女装が似合う男性が多いんだ。これがファンタジーか?
言ってくれたら執事服も用意したんだけどな……と思いつつ、ナトラが楽しそうだからまあいいか。と私は竜の兄妹を見守る。
クロノに教えた人類を苦しめる方法も、今すぐに効果を見せるようなものではない。だからひとまずは安心していいだろう。
ホッとしながら、私は今日も今日とて仕事に励む。
ちなみに。例の魔人化とやらはシュヴァルツの言った通り、半日後には効果が切れて元に戻った。その後の三人の慌てようと言ったら。
イリオーデは特に何も変わらなかったが、マクベスタとアルベルトの慌てようが本当に凄かった。顔を真っ赤にして土下座するアルベルトと、顔を真っ赤にして自分の顔面を拳で殴るマクベスタ。とにかくあの場は混沌としていたなぁ。
シュヴァルツがそれを見て腹を抱えて笑い転げ、三人にとっちめられそうになり逃げ回ったのは、言うまでもない……。
♢♢
「──あれ。何でいるの、穀潰し」
「お前……今更気づいたのか?」
クロノがアミレスに言いくるめられ、東宮に来てから一週間。仕事中にたまたまクロノとばったり出くわしたら、藪から棒にそう言われた。
コイツ、一週間もオレサマに気づかなかったのかよ。確かにオレサマの擬人化は完璧だが……だとしても気づけよ、お前の片腕ぶっ飛ばした張本人だぞ。
それに……あの後こっそり弱体化の呪いを解いたとは言え、ある程度弱体化するまで放置してたのに。何で気づかねェんだコイツ。オレサマに興味無さすぎだろ。
「オレサマにも趣味ってモンがあるんだよ。だから間違ってもアミレスには手ェ出すんじゃねェーぞ」
「……どいつもこいつも、ここの人間はあの娘の事ばかりだな」
「当たり前だ。こんな人間にとっての生き地獄、好き好んで滞在したがる正気な奴なんているワケねェだろ? ここにはアイツの事が好きで好きで仕方無い連中しかいねェの」
なんなら精霊王にも好かれてる、って言ったらコイツもさぞかし驚く事だろう。
「……──あ。そーだ。オレサマの正体は他言無用で頼むぜ?」
「君の事なんてどうでもいいし、別にいいけど」
「一言余計だがまァ良し。これからもよろしくな、クロノ」
「……よろしく」
軽く挨拶を交し、仕事に戻ろうとした時。クロノがオレサマを引き止めた。
「あの娘は、狂ってるのか?」
「なんで急にそんな事を聞くんだ?」
「……僕はこれまで人間共の浅はかな欲や、醜穢な本音を多く目にしてきた。だがその中でも、あの娘は一際異常なんだ。普通の人間が様々な色が混ざる濁ったオーラを纏っているとすれば、あの娘は……黒一色か白一色なんだ。その時々でオーラの色が変わるなんて珍しい事ではないけれど、だとしても、あれは極端すぎる」
コイツの言うオーラってのは恐らく魂の事だろう。そして、普通なら何かしら色がある筈の人間の魂が……アミレスの場合は黒か白にしかならないと。
その事には薄々気がついていた。アイツの魂が他と比べてかなり異常なものである事ぐらい、初めてアイツを見た時から気づいていた。
契約も無しに精霊を従える人間。何かと面白そうで、あの時一目見てアミレスに付いていく事に決めたぐらいだ。
アイツの異常っぷりは、流石の黒の竜もスルー出来ない程のものらしい。ま、その原因はオレサマにも精霊のにも分からねェんだけどな。
「……まァそうだな。アイツは何もかもが異常なんだよ。だからオレサマも、ナトラも気に入ってるんだ」
「それは何となく分かる気がする。あの娘と一緒にいると、退屈する事は無さそうだったし」
「ハハハッ、退屈が大嫌いなオレサマ達からすれば、最高の存在だろ?」
「そうだな。それに……あの娘なら、本当に僕達を裏切らないかもしれない。なんて、考えてしまった」
「へー、だからアイツの提案に乗ったのか。まァ……オレサマ達の期待は裏切り続けるけどな、アイツ。そこがまた面白ェのよ」
「…………趣味わっるいなあ」
「うるせェ」
神々相手なら別に怖くないと意味不明な事を言って立ち上がった事といい、クロノ相手に人類を生殺しにする事を提案した事といい。アイツは本当に狂ってやがる。
だからこそ、オレサマ達の退屈な日々に素晴らしい刺激を与えてくれる。こんな中毒性の高い人間、数千年生きてるが初めて会った。
面白くて、おかしくて。気がつけばアイツの事ばっか考えてるし、ついつい目で追っちまう。コロコロ変わる表情とかあのイカれた考え方が癖になって───。
「……──それじゃあ、ぼくはそろそろ仕事に戻るから。ばいばーい」
今、何考えてた? 何だ、この違和感。今まで感じた事のないこの悪寒。まるで見てしまったが最後、二度と目を逸らす事なんて出来ないような、酷い悪夢が這い寄ってくるかのよう。
腹の底から湧き上がる悪寒を捨て去りたくて、急いで会話を切り上げた。仕事でもすれば、この悪寒だって消え去ると思ったんだ。
本来の分担は二階東側通路の掃き掃除なんだが……なんとなくアミレスに会いたい気分だしアミレスの部屋の掃除でもするか。
アイツの傍にいると、ほんっと退屈だけはしない。
そうだ……オレサマ達のような長命種が喉から手が出る程求めるもの──退屈を紛らわす刺激になるから、オレサマはアイツの傍にいようとしているのだ。
きっとアミレスの傍にいれば、二度と、オレサマは退屈を覚えたりしない筈。あんな死よりも辛く恐ろしい空虚な時間に、震えなくていい筈なんだ…………。