331.竜達の涙2
「主君! 俺が頑張ってるのにどうして俺以外の奴ばかり構うんですか! 俺が一番頑張ってるのに!!」
「今度は貴方なの?! もうっ、本当に何が何だか分からないんだけど! ルティまで何か角とか羽とか生えてるし!」
「俺を一番褒めてください! 俺に一番構ってください!!」
「いやここ戦場!! あのね! 私達は今、黒の竜と戦ってるんだよ!?」
クロノと戦っていたルティだったが、マクベスタとイリオーデが戦うのをやめてアミレスを構い始めたからか……ついにルティまでもが戦うのをやめた。
子供のように駄々をこねるものだから、アミレスもかなり戸惑っている。めちゃくちゃ焦ってる。
アイツ等は絶賛魔人化で理性を失くしてるから……あれは本能のままの言動なんだろうが、マジで魔族らしからぬ本能だな。
マクベスタはベタベタ触ってアミレスの存在に安心してるし、イリオーデはとにかくアミレスを守る事が出来て幸せそうだし、ルティはめちゃくちゃアミレスに甘えてるし……なんだアイツ等。
魔族になって本能解き放った結果がこれって。どんだけアミレス大好きなんだよ、コイツ等…………そんでもって欲無さすぎだろコイツ等。軽く引くわ。
『──おい、人間共……そちらから喧嘩を売っておいて、何を呑気に遊んでるんだ』
そりゃあクロノだって怒るよな。
「あっすみません! 戦いましょう!! ほら皆離れてっ、今から黒の竜と戦うんだから!!」
まるで子守りかのように、アミレスがベタベタとひっついてくる男達に向けくわっと叫ぶも、
「駄目だ、お前は戦うな。オレが戦うから、お前は何もしないでくれ。辛い事も苦しい事も怪我をする事も無い平和で安全な所で、何もせずに待っていてくれ」
「王女殿下をお守りする事こそが私の役目です。王女殿下のお傍を離れる訳にはいきません」
「……たくさん、褒めてくれますか? 今度こそ俺だけをたくさん褒めて、いっぱい構ってくれますか?」
あの男達は一向に離れる気配を見せない。駄々っ子のようにああだこうだとほざいてやがる。
「〜〜っ、ああもう分かったから!! 戦わないし後で褒めるから! とにかく離れて戦って!!!!」
ついにアミレスまでもが自暴自棄になった。あのアミレスでさえも、魔人化の影響で暴れ馬となったアイツ等の手綱は握れないようだ。
「……なぁナトラ、ちょっとアイツが可哀想だから今のうちに黒の竜に話し合いとか持ち掛けれねェか?」
流石のオレサマも申し訳なさを感じた。
良かれと思ってやった事で、またアミレスが想像以上に苦労してるから……ここらでクロノに交渉したいのだ。
そろそろ戦うのはやめねーか、ってな。
「あまり自信は無いが……やるだけやってみるのじゃ。このままアミレスを兄上と戦わせる訳にもいかぬからの」
「まァ、もう既に本能のままに黒の竜と戦ってる連中がいるけどよ」
「しかし、あやつ等は何故魔人化しただけで兄上と戦えるようになっておるのじゃ……? 頭おかしいんじゃないのか?」
「元々頭おかしいのが魔人化で加速しちゃったからねー」
ハハハ。と乾いた笑いを零しながら、クロノの説得の為に一歩踏み出したナトラの背を見送る。
堕天族となったマクベスタが振るう聖剣ゼースを使った全殺剣と、妖魔騎士族となったイリオーデが扱う鉄壁の防御を誇る青炎、黒山羊族となった事により純粋に威力が跳ね上がったルティの闇魔法。
波長の合う魔族へと人間を変貌させる魔人化の魔法が、ここまでハッキリと効果を見せた事なんて今まで無かっただろう。
どうしてもアミレスを戦わせたくないのか、三人共己の限界を超えるんじゃないかって勢いで戦ってやがる。
そんな魔人化連中に守られるように後方で立ち尽くすアミレスは、何とも間抜けな顔──ごほんっ。開いた口が塞がらない様子で呆然としているようだった。
そして……オレサマがかけた弱体化の呪いも効いて来たのか、なんと黒の竜が押され気味になっているのだ。
──そういえば、クロノが前に言ってたな。『君に腕を消し飛ばされた所為で、元の姿でいると魔力が不安定になって面倒なんだ。人間体の方が楽だなんて竜種の名折れだよ……まったく……』とかなんとか。
だからか、勝手にオレサマの城に住み着いてからと言うものの、アイツはずっと人間体に擬態して暮らしてたな。
つまり。オレサマ、超ナイスじゃね? 腕をぶっ飛ばしておいただけでなく、弱体化の呪いまで……めちゃくちゃ天才的なアシストしてんじゃねェか。流石はオレサマだわァ〜〜!
「兄上! どうか、我等と話し合おう! 我は……っ、兄上と戦いたくないのじゃ!!」
人間達の急変っぷりに狼狽えるクロノ。これを好機とばかりにクロノの尾にしがみつき、ナトラが大声で訴えかける。
クロノが自由に尾を動かせなくなっている事から、ナトラはその場で相当踏ん張っているのだろう。巨人が踵を落としたのかってぐらい、その地面はへこみ大地に亀裂を生んでいた。
「兄上が我の事を思ってこうしている事は分かる。そうするだけの理由がある事もよく分かっておる! じゃが……それでも我はっ、最後にもう一度、人間を信じたいと思ったのじゃ!!」
『……赤と青の事が恨めしくないのか? 白が人間共に囚われ、辱められているのに憎らしくないのか? 僕達を裏切ったこの世界が、不要だとは思わないのか?』
「──思わない! 我はこの世界を愛しておる! 姉上や兄上達と共に産まれ、共に生きたこの世界を心から愛しておる!! だからこそ、我は兄上達の分までこの世界を愛し生きると決めた。いつか必ず姉上を救うと決めた。そして、我を孤独と絶望から救ってくれた恩人と共にこの世界を生きると決めた!」
ナトラの訴えに、クロノはぐっと押し黙る。
「我等を産み落としたこの世界を愛している。束の間の幻想だったとしても……我等に温かな家族の思い出をくれたこの世界を愛している。我をあやつと出会わせてくれたこの世界を愛している! だからっ、我は人間を恨みこそすれど、この世界を恨めしいとは思わない!! 姉上達と愛し育んだこの世界の自然が好きだから……兄上達と皆で過ごした時間が大好きだから、我は、その思い出が残るこの世界を失いたくないのじゃ!」
ナトラは拳大に口を開け、涙ながらに本音を叫んだ。
ポタポタと、ナトラの大粒の涙がクロノの尾に落ちる。それを見たクロノの体が、軽い爆発音と共に煙に包まれた。
「緑……本当に、まだこの世界を愛しているのかい?」
煙が消えると、そこには黒髪と黄金の瞳を持つ隻腕の男が立っていた。クロノが人間に擬態した姿を見て、アミレス達は唖然としている。
ナトラは人間体へと擬態したクロノの体に抱き着いて、ぐりぐりとその泣き面を押し付けていた。
「……当然じゃ。兄上は、本当にこの世界を嫌ってしまったのか?」
「……分からない。ただ、人間がとても憎いんだ。人間が憎くて憎くて仕方無いから、人間諸共この世界を滅ぼしたかった」
「どうしても人間を許せないのか」
「当たり前だろう。大事な弟達を殺され、妹まで封印されたんだ。寧ろ……どうすれば、人間共を許せるんだ?」
しゃくり声のナトラと、重苦しい声音のクロノ。そんな二体による話し合いを、オレサマ達は静かに見守っていた。
「何の見返りも求めず、我に手を差し伸べてくれた人間がいたのじゃ。そやつのお陰で我はこうして元気に生きておるし、人間への憎悪を抱かずに済んだ」
「……それが、あの娘なのか?」
「そうじゃ。兄上もきっと、あやつの凄さに驚くじゃろう。あやつは我に色んな事を教えてくれたのじゃ。ひとりぼっちで寂しかった我に、温もりを思い出させてくれたのじゃ。だから我はあやつが──アミレスが大好きだ。兄上達と同じぐらい、あやつの事も大好きなのじゃ」
「だから、この世界を滅ぼしたくないのか。その人間が生きる世界だから」
「兄上、アミレスは我等を裏切った人間とは違う。とても心優しくて……超がつく程のお人好しで馬鹿で愚かでおかしい人間じゃ」
突然ナトラから数々の罵声を浴びせられたアミレスは、「えっ……??」と驚いた猫のような顔になっている。
しかし当のナトラはというと。鼻をすすり涙を流しているものの、とてもアイツらしい笑顔を浮かべていた。
「だが、絶対に我等を裏切らない。あやつが、人間達の悪意から我等を守ってくれる。何せアミレスは必ず約束を守ってくれるからの!」
ギザギザの歯を出してニッと笑うナトラを見て、クロノは泣きたいのか怒ってるのかも分からない複雑な表情を滲ませた。
「そう、なんだ」
「じゃから兄上もアミレスを信じて、もう戦うのをやめてくれぬか?」
「それは……」
クロノは口ごもった。ナトラの言葉を信じたい気持ちと、人間共への深い憎悪がせめぎ合っているのだろう。
それとはまた別で……きっと、アイツが大人しく首を縦に振れない理由がある。そしてそれにアイツは気づいていない。
ならば、平和的解決の為にオレサマが更に一肌脱いでやるか。
「なァ、黒の竜。お前が本当に許せないのは、かけがえのない弟妹を守れなかったお前自身だろ。だがその事実を妹に話したくなくて、お前は人間に責任転嫁してる。ま、人間がお前達に取り返しのつかないような粗相を働いたのも事実だろうし、間違いなく正当な怒りではあるみたいだがな」
これまでずっと静観を貫いていたオレサマが急にしゃしゃり出たからか、ナトラもクロノも……アミレス達でさえも目を丸くしているようだった。
「──っ!!」
「……兄上?」
「僕、は…………」
オレサマの指摘にクロノは明らかに狼狽えた。まさかこんな所で図星をつかれるとは思わなかったのだろう。八の字に下げられたナトラの眉が、困惑するクロノの瞳に映る。
さァ、この弟妹馬鹿ドラゴン。さっさと自分の気持ちと向き合って──……ウチのお姫様との話し合いに応じやがれ。