320.水無月の思い出4
自分に呆れつつ、悪巧みする二人の傍から離脱。お酒を飲む精霊さん達と大人達から離れた所で、私達子供も、ジュースと料理で場の空気を味わっていた。
私は時々歩き回っては皆の写真を撮って、アルバムに入れていってたのだけど。お陰様でどんどんアルバムが埋まっていく。
とても楽しい一日。キラキラと宝石のように輝き、愛おしくて尊くて。そんな、貴重で思い出深い、眩しい一日になった。
ふふ、式場でこっそり撮った二人の写真は後でクラリスに渡してあげよう。こっちのメアリー達のスピーチで号泣してる写真も、あとこっちの写真も──……。
アルバムを捲りながら、今日の主役に渡す写真の選定をしていた時だった。何者かが、軽やかな足取りで私達に接近して来た。
「プハァーーッ! やっぱ酒は美味ぇなァ! おねぇちゃんも一緒に飲もうぜ〜〜っ」
ワイングラスを一本抱えたシュヴァルツが、やたらと上機嫌に絡んで来た。彼から匂ってくるお酒の臭いからして、多分手に持ってるワインを空にする勢いで飲んでるんだろう。
「やめんか、シュヴァルツ。アミレスはまだ子供なのじゃぞ。人間の子供は酒を飲んではならんそうなのじゃ……故に、我がアミレスの代わりにお前の酒盛りに付き合うてやるわい」
「ええー、ぼくはおねぇちゃんと一緒に飲みたいんだけど!」
「我儘を言うでない。これ以上アミレスを困らせるならば、今飲んだ酒全て腹から吐き出すぐらい腹を殴ってやるぞ」
「それは嫌かなァ!」
なんとも頼りになるナトラが矢面に立ってくれたので、シュヴァルツは絡み酒を止めて逃げるように走り出した。
しかしその後も、シュヴァルツは何本もワインを空にしてはラークやディオに絡むので、その度にナトラが保護者のように「やめんか!」と言って彼を鎮めていた。
その時メイシアが、「シュヴァルツ君も子供なのに、何であんなにお酒を飲んでるんでしょうか……」と呟いたので、ハッとなった私とマクベスタは「「確かに」」と声を重ねた。
だがここは宴の席。どうせなら楽しもう! と、にんまり笑いながらアルベルトを呼び寄せ屈むように伝えて、
「ルティ。誰にも気づかれないように、子供でも飲めそうなお酒を見繕って来てくれない?」
私は悪の道への誘いを耳打ちした。
「酒ですか。しかし……主君はまだ成人されておりませんし……」
「大丈夫よ、お酒を飲むのが数年早まっても問題無いわ」
「…………畏まりました。それが、貴女様の望みならば」
かなり悩んだようだ。アルベルトは渋々とばかりに了承し、一礼してお酒が置かれている区画に向かった。そして持ち前の隠密技術で、私達のテーブルまでお酒を持って来てくれたのだ。
「こちらは柑橘系の爽やかな風味の酒で、あまり強くない為酒に弱い人でも楽しめるものです。これならば、主君にも楽しんでいただけるかと」
軽く説明しながら、アルベルトは酒をグラスに注いだ。見た目はオレンジジュースのような感じで、確かに匂いもそれを彷彿とさせるものだった。
それをワクワクと眺めていると、マクベスタとメイシアが心配そうにこちらを見つめて、
「本当に飲むのか? お前はまだ十四歳なのだから、あまりそういった事は……」
「そうですよぅ、もしお酒に毒されてしまったりしたら……」
口々にやめておけと伝えてくる。
しかし、ここまで来てはもう止まれない。私はこのままお酒を飲むぞ! というかそもそも……実の所、お酒を飲むのはこれが初めてではない。前に一度、ラ・フレーシャでお酒と知らずにお酒を飲んだ事があるもの。
だから私は結構お酒に強い。多分大丈夫だ!
「どうせなら二人も一緒に飲んでみましょうよ。ね、いいでしょ?」
共犯者を増やそうと、猫撫で声を作って教唆犯となる。私の秘技・上目遣いおねだりはかなり打率が高い。だから……もしかしたらいけるかなーと思ったのだけど。
「ぐ……っ、お前は……どうしてそう……!!」
「いいえと言う選択肢が無いじゃないですかぁ!」
予想以上にチョロかった。
二人共、先程の心配など嘘のように、あっさりと空のグラスを差し出して来たのだ。
寧ろこっちが心配になるレベルの単純さである。大丈夫なのかな、この子達……悪い奴に騙されたりしないのかな。心配になって来たわ。
三人で乾杯してからお酒を飲む。弱いお酒だからかもしれないが……あまり酔ったりする事はなかった。
ちょっぴり苦いね、でも癖があって面白いね。と未知の味に三人で目を丸くして、笑い合って。途中からはアルベルトにも席に座ってもらい、私はセツの頭を撫でながら、皆とこの貴重な席を楽しんだ。
「いつか……ちゃんと大人になったら、その時はわたしが最高級のお酒を用意しますから、またこうして一緒にお酒を飲みましょうね。アミレス様! 今度は二人きりで!」
「こうして一緒に、と言いながらオレとルティは除外するんだな」
「だってアミレス様と二人きりがいいんですもの。マクベスタ様とルティさんは邪魔です、邪魔。わたしとアミレス様の二人きりの甘い時間には不要なのです」
「……君、あの日以降オレ達の扱いが酷くなってないか?」
「うふふ。だって恋敵は早々に蹴落としておかないと、わたしを選んでいただけませんからね」
「蹴落とす、ね…………」
お酒を飲み始めてから二十分ぐらいが経つと、二人共ついに酔ったのか、何やら黒い笑顔でバチバチと火花を散らしていた。
それにしても、大人になったら……か。
帝国では男女共に十七歳が成人年齢と定められており、周辺諸国でもだいたいが十七歳か十八歳だ。
ならば、私は大人になれない可能性の方が高い。
何せアミレス・ヘル・フォーロイトは──ゲームで十五歳の時に死ぬ。それも、ほぼ全てのルートで絶対に。
その運命を変える為に何年もずっと足掻いて来たが…………本当に上手くいくか分からない。アミレスが十五年以上生きた事は、私が知る限り一度もなかった。
だから……生き残りたいと思う反面、本当に可能なのかと不安に思ってしまう。私のやり方は正しいのかと、このままでいいのかと問うてしまう。
それに、ルートにもよるがメイシアは十四歳で自決し、マクベスタもルートによっては十八歳とかで若くして死んでしまう。
私達三人が一緒に大人になれる日が来る可能性は、悔しい事に、本来ならばゼロパーセントに近い事なのだ。
「……──もし、皆で大人になれたなら。その時は、またこうして一緒にお酒を飲もうね」
例え何があっても、あなた達だけは絶対に大人になってね。もしも、私がいなくなっても……私の分も大人になってたくさんの思い出を作ってね。
あなた達の事は絶対に死なせない。あなた達の未来は、私が絶対に守るから。運命も何もかもぶっ壊して、ハッピーエンドにしてみせるから。
あなた達があんな風に苦しみ悲しむ事がないよう、私が頑張るから。あなた達との約束未満の約束を守る為に、私は頑張るから。
だから、どうか。
「はい! 今から三年後が楽しみです!」
「そうだな。早く皆で成人して、今度こそ堂々と酒を飲もう」
これからもずっと、笑顔でいてね。
私の大切な──……大好きな、初めての友達たち。