305.赤熊の百合2
そんなこんなで作ったスーパーや、量産型の市民向け服飾店、更には飲食店など……これらの店の店員は勿論貧民街の人達。彼等の中には読み書きが出来ない人も多い為、読み書きが出来なくても注文を取ったりメニューを頼んだりが出来るユニバーサルデザインを考えた。
当然、希望する人達には読み書きや計算などを教えている。これについてはディオ達が週二とかで教鞭を取ってくれているので、私が彼等にボーナスを出すだけで済むから楽だ。
そうやって、まだまだ発展途上ではあるが、彼等の衣食住を全てあの広大な見放された地区に作り上げた。元々西部地区は貴族街と呼ばれる東部地区よりも広く、住人も多かった。なのでこのようにちゃんと開発すれば、多くの人が住み働ける活気ある地区へと様変わりするのだ。
そりゃあ、膨大な費用はかかったものの……全く後悔などしていない。初めてこの街に来た時と比べて活気ある街並みへと変貌したのを見れば、達成感ばかりが私を包み込む。
もう、見放された地区とも貧民街とも呼ばせない。ここはもう立派な──……帝都の西部地区よ!!
「アンタ等自分の身分、分かってます? 侯爵と伯爵令嬢と王女と王子がいる割に護衛少なすぎねぇか?」
馬車を降りると、呆れ顔のディオが腕を組んで出迎えてくれた。
まあ確かに、傍から見れば護衛が少ない。ただ……本日の護衛枠には、イリオーデとアルベルトだけでなくシルフもいるので問題は無いかと。そう考えている私の心を読んだかのように、
「大丈夫だよ、ディオ。だってボクがいるから」
堂々と、まるで何処かの女帝様かのようにシルフが宣った。だが、宣言してから少し不安になったのか「……あと、イリオーデとルティもいるし」と、付け加えていた。
「シルフの言う通り、大丈夫よディオ。私だって、今日は緊急時に備えて動きやすい格好で来たから!」
「オレもこの通り剣は持って来ている。いつでも戦えるぞ」
「アミレス様に仇なす輩はその場で灰にする覚悟です!」
「では、私は木っ端微塵にでもしましょうか」
次々と戦える事をアピールする私達。
「何なんだよこの王侯貴族!! 物騒すぎるだろ!」
それにディオが大声でツッコむ。その表情といいツッコミ方といい……ディオって漫才向いてそうね。
「まぁまぁ。今に始まった事じゃないだろう? 深く考えない方がいいよ、ディオ。俺だってもう、王女殿下達の事に関しては何も考えない事にしてるからね」
「ラーク……お前が考えるのをやめたら終わりじゃねぇか……」
ディオの肩をポンッと叩き、ラークは諦観の念で瞳を細めた。
ディオとラークは貴族の美男子達とは違う荒削りで素朴な魅力がある。それをどうにか活かしたくて、私の趣味で色々と服を送りつけたりもしたので……清楚な身なりに逞しい体と整った顔の美男子二人となっている。
さぞや街でモテて遊び相手に困らない日々を送っているものだと思っていたのだけど……今のところ、そう言った浮いた話は全然聞かない。
ディオとラークに限らず、シャルもエリニティもジェジもユーキもシアンもメアリーも全然。いやまぁ、エリニティはメイシアに会う度に告白しては玉砕してるらしいんだけども。
皆顔が良いんだから、絶対モテてると思うんだけどなぁ。
バドールとクラリスのキューピットになろう大作戦で、自分達の恋愛とかにも目を向けたりしてないのかな。
うーむ……基本的には、上司としては部下の恋路を応援したいんだけどなぁ。その部下が全く恋をしてなくて応援したくとも出来ない。
くそぅ、凄くかなしみ。
「とりあえず、視察に行きましょうか。視察と言っても……ただ街を見て回るだけなんだけどね」
そして、ディオとラーク先導のもと、視察は始まった。私の両隣をメイシアとハイラが歩き、男性陣は後ろを歩いている。
どんどん増えていく新築の家々や公共施設、色んなお店に働ける場所。活気溢れる人々の営みや、二年前にはほとんど見られなかった笑顔を見ると、貧民街大改造計画の成功を実感出来て本当に嬉しい。
この時の為に私は、無謀だ偽善だと言われようとも大枚はたいてこの計画を実行したんだ。
多くの人の協力があって、この街に住む彼等彼女等の協力あって初めて叶った事だけど……この街が変わる切っ掛けになれた事が、私はとても誇らしい。
「王女殿下だ!」
「お姫様こんにちはー!」
「わー! 王女様ーー!」
「きゃー!!」
私達に気づいた人達が手を振って私を呼ぶ。この計画を経て、この街の人達は野蛮王女の噂を忘れた……──いや。アミレス・ヘル・フォーロイトという存在を見直してくれたのだろう。
あんなにもこの銀色の髪を恐れていたのに、今や私を見ても嫌な顔一つせず、寧ろああやって笑って声をかけてくれるまでに至った。
「おいディオ、ラーク! テメェ等ばっかずりぃぞ、王女殿下に贔屓されてよ!」
「何かオッサンがうるせぇな」
「あぁん? まだケツの青いガキの癖に生意気だなァ!」
「がはははっ、しつこいオッサンとかゴミ以下じゃねぇか」
「え、オレしつこい? つーかテメェもオッサンだろうが」
「それもそうか、ダァハハハハッ!」
「がはははは!」
簡単に手を振り返していると、露天のおっちゃん達がディオ達へと軽い野次を飛ばす。それに辛辣に返すディオ。だが彼等はこんなの慣れっことばかりにそれを笑いへと変えた。
本当にディオ達はこの街の人達に慕われてるな。と思いながら、「こんな所でオッサン同士が乳繰り合うなよ…………」と呆れた顔でため息をこぼすディオの背を眺める。
その時、ふと視界の端にラークの横顔が映った。何かをじっと、慈しむように見つめるその視線の先には──ディオがいて。
ラークは随分と楽しそうにディオと話していた。だが時折、ふと辛そうな表情をしているみたいだった。
それが妙に頭に引っ掛かって、私は暫しラークを観察していた。ずっと彼を見つめていたものだから、メイシアに不審がられてしまった。
「アミレス様、さっきからずっと彼を見てますが……何か理由がおありなのですか?」
「えっ? いや、特には……」
「でしたら彼を見ずに街を見ましょう! それかわたしを見て下さい!」
メイシアはその場で立ち止まり、リスのように頬を膨らませて可愛らしく怒っていた。その顔が本当に可愛くて、私は無言で彼女の膨らんだ顔を手で包み、むにむにと触る。
「ひゃうっ!?」
メイシアが不思議な声を漏らす。みるみるうちに彼女の顔が赤くなっていくのだが……しかし私はメイシアのツルスベもちもち肌をもう少し堪能したくて、暫くはそのままむにむにとし続けていた。
この状況、誰がどう見ても異様でしかない。その為、周りの保護者達が何事かとばかりに困惑した表情をこちらに向けてくる。
三分程メイシアの頬を堪能した頃だろうか。メイシアの恥ずかしさが限界を超えたのか、その瞳には涙が浮かび始めていた。
それを見てようやく正気を取り戻した私は、慌てて弁明をする。
「メイシアって本当に可愛いね……私が男だったらどんな手段を使ってでも嫁にしてたよ」
ん? 弁明するんじゃなかったの? 一体何をほざいているんだこの口は。
ハッとなり、今度こそ弁明をと口を開いた時。メイシアの顔が先程よりもずっと真っ赤になって、更には涙も止まったようで。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
メイシアは両手を赤くなった頬に当てて、声にならない声をあげていた。何度も口をパクパクとしては、興奮の中で言葉を探すように視線を泳がせていた。
結局何も言葉が出て来なかったのか、頭から湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にしては、メイシアがこちらに倒れ込んできて。
「…………すきです。だいすきです、アミレスさま」
彼女の体を受け止めた私の耳元で、熱っぽい声でメイシアはボソリと零した。それはいわゆる愛の告白というもので……私も好きだよと返すべきなのかな、と考えていた時にふと気づく。
本当に熱でもあるんじゃないかと思う程、メイシアの体が熱いんだけど、これ大丈夫なやつ??
そんな私の心配など他所にメイシアはゆっくりと顔を上げて──、
「わたしをこんな風にした責任、取ってくださいね」
私の頬に温かい唇をそっと触れさせた。その時のメイシアの表情が年齢不相応に色っぽくて、私は言葉を失った。




