304.赤熊の百合
昼になり、私もある程度仕事を片付けて、皆と一緒に西部地区に向かった。
アルベルトとイリオーデは御者台。人数の都合で、二人には前に座ってもらう事になったのだ。黒髪色白美形執事と、長髪ムキムキ美形騎士が並んで座っている事から、相当注目を浴びていることだろう。
そして馬車の中には私とマクベスタとシルフ。この後メイシアとハイラも乗る事を考えれば、皇家印の高級馬車でも少し狭いぐらいだ。
シュヴァルツ、ナトラ、セツも行きたがっていたが、定員数の問題でお留守番だ。
何度目立つでしょうと伝えても、ワガママモードのシルフは聞いてくれず……近頃お気に入りらしいヴァイオレット製の紳士服を着ては、前に流した長く太い三つ編みに顔を隠す為の瓶底丸眼鏡をしている。
が、そんなものでシルフの美貌が隠せる筈もなく。溢れ出る眩い程に美しいオーラが、下手な変装など無意味である事を証明する。
整備された道を進む馬車は特に揺れる事もなく、皇家印の高級馬車という事もあって全く苦はない。馬車での移動に関して苦はないのだが……それとは別の要因で少しばかり苦を感じている。
「ねぇ、シルフ」
「なぁに?」
「重いよ」
「そうかな?」
「自分の身長体重考えてください〜」
「はーい……」
馬車が出発してからというものの、隣に座るシルフがずっとこちらに体を傾けていた。シルフの身長は目算でも軽く百八十センチはありそうだし、体も決して細い訳ではない。
その為、こうもずっと体重を預けられていると重くて重くて。
流石にそろそろ重いなぁと思ってシルフに直談判した所、普通に退いてくれた。こんな事ならもっと早く言っておけばよかったな……。
そんなやり取りをしているうちに、私達は早くもシャンパージュ邸に到着した。皇家印の馬車という事もあって周囲がやけにざわざわとしているが、私はここで降りる予定はないので、気にせずメイシアが来るのを待つ。
そうして待つ事数分。馬車の扉が開き、メイシアが顔を見せた。
「朝ぶりですね、アミレス様!」
「ええそうね。こんにちは、メイシア」
「はい。こんにちは、アミレス様。お隣、失礼してもいいですか?」
メイシアはふんわりと笑って、私の隣に座ろうとした。その際に私が「ちょっと待って」と言うと、メイシアが少しだけしょんぼりとしてしまった。
もしかして隣は嫌だとかそういう風に受け取られた!? ちがっ、違うのよ! そうじゃなくて!!
「あ、あの、違うのよメイシア。今はシルフも座ってるから狭くなっちゃうし、一旦シルフにマクベスタ側に移動してもらってから……って思って。決してメイシアに隣に座って欲しくないとかそういう訳ではないのよ!」
慌てて弁明する姿は、まるで浮気がバレた人のよう。馬車の外からは、メイシアをエスコートしていたアルベルトが何事かとこちらを見ている。
そして私の隣ではシルフが「えっ、ボク邪魔なの……?」とこちらもショックを受けている模様。邪魔という程ではないけれど、この後どうせハイラが来たら移動してもらうから、それなら今から移動してもらった方がいいかなって。
シルフがぶつぶつと呟きながらマクベスタの隣──向かいの席に移動したので、私も少しズレてメイシアが座るスペースを作る。
ホッとしたように目元を綻ばせたメイシアが、「では失礼しますね」と言って隣に座り、ぴったりと体をくっつけてくる。
……もしかして今日ってこういう日なのかな。やたらと体重を預けられるような。メイシアは軽いから全然大丈夫だけども。
メイシアが座ったのを確認してから、アルベルトは馬車の扉をしっかりと閉めて馬を走らせる。
街中なので、馬車はゆっくりと進む。たまにカーテンを捲り外を見ると、皇家印の見るからに高級な馬車という事もあってかすれ違う度に臣民達がこちらを見ている。
これは顔を出さない方がいいな……と、嫌われ者の野蛮王女はそっとカーテンを元に戻した。
そうこうしているうちに次の目的地、ララルス邸に到着する。これまた数分待っていると、開かれた扉からハイラが入って来た。
不思議な事に、メイシアが入って来た方とは逆側……私側の扉から入って来た。そして並んで座る私達を見て、にこりとしたり顔で彼女は笑う。
「ルティに確認した甲斐がありました。姫様、お隣失礼しても宜しいでしょうか?」
「あぁ、うん。どうぞどうぞ」
てっきりメイシア側から入って来ると思っていたので、こちらに詰めていたのだが……改めてメイシアに詰めてもらい、ハイラが座るスペースを作る。
ハイラとメイシアは三人で並んで座る事を予感していたのか、どちらもボリュームの無いドレスで来ていたので、特に狭さなども感じる事無く座れた。
二人との距離がやけに近いのは、きっと三人で並んで座ってるからだろうな。でも何だか楽しいからいっか!
楽観的な私はこのまま馬車の時間を楽しむ事にした。
「……ねぇマクベスタ、あれどう思う?」
「アミレスが楽しそうだな」
「あれをそれで済ますの??」
「まぁ……彼女が楽しそうだからいいんじゃないか」
「むぅ、君はこっち側だと思ってたのに。ハイラ達め……同性だからって自由過ぎないか? ずるくない?」
「彼女が嫌がってたならば、オレとて何か言っただろうが……見た所、彼女は楽しそうだし嬉しそうじゃないか。アイツが笑っていられるなら、それでいいだろう」
「やっぱり君とは妙に価値観が合わないな」
「そもそも、精霊と人間の価値観が合う訳がないだろうに。シルフも面白い事を言うな」
「…………なんか、君、変わったよね」
「……変わらざるを得なかったんだよ」
私達が三人で仲良く話す間、シルフとマクベスタもまた二人で何か話しているようだった。ただ、メイシアの話に集中していたからその内容までは分からないけれど。
そして、西部地区──貧民街に到着した。
貧民街とは言ったものの……ここ二年近くの貧民街大改造計画によって、今や貧民街の大部分が清掃・改装され、貧民街と呼ぶにはあまりにも綺麗で発展した地区へと大変身した。
諸費用や給金は私とララルス侯爵家で折半。建材や人材はシャンパー商会が用意してくれるので、こちらも特に問題は無し。次々に建築されてゆく様々な施設は、貧民街に住む人達のマンパワーによってあっという間に貧民街を埋めつくしていく。
沢山の集合住宅や、孤児院や託児所。大衆浴場やお手頃価格の診療所。他にも住民の要望を聞いて子供が遊べるような遊具のある公園や、低価格で高品質な日用品を購入出来るスーパーのようなものも作った。
スーパーのようなものに関しては、まさか本当に実現するとは思わなかった。百均のようなものを作りたいなぁと思い、シャンパージュ伯爵にダメ元で相談してみたところ、『面白そうですね!』と乗り気になってくれたのだ。
あの時のシャンパージュ伯爵の顔は、まるでごちそうを目の前にした子供のようだった。
当然、そんな誰もが利用したがるような店が出来てしまっては元々あった大通りなどの直売所等の商売が成り立たなくなる。その問題を解決する為に、シャンパー商会が帝都の商業組合で色々と企画提案し、帝都中の店と業務提携を結んで強引に解決した。
シャンパー商会経営のスーパーで取り扱う品々の一部を帝都にある自営業の各店舗から定価+手数料で仕入れる事で、各店舗の売り上げダウンを阻止し、 仕入れた物はシャンパー商会の方で加工等してスーパーで売り出せる最低ラインの、お手頃価格の商品にする。
シャンパー商会内で自己完結するよりも、かなり手間も金もかかるのだが……シャンパージュ伯爵は、
『我が商会のブランド力があれば多少値段が張ろうとも、誰もが買い求めますよ。それに……後々に発生しかねない厄介事を考えると、ね?』
淡々と、ニコリと微笑んだ。
帝国市場を支配していると言っても過言ではない商会の若き天才会長なだけあって、本当に恐ろしい。理想を叶える為の手段と実力を兼ね備えているのだから、本当に凄まじい。
というか、『我が商会の力を舐めないで下さいまし、王女殿下。例えどんな状況どんな品であろうとも適正な価格で必ず売り切る。それが、我々の信条ですので。そもそも売れない品など用意しませんよ』って……怖いわあの人。
流石はシャンパージュの鬼才、ホリミエラ・シャンパージュ氏…………マジであの人が味方でよかった〜〜!