301.青い星を君へ3
「……のう、ハイラよ。アミレスがあれ程までに無欲なのは、あやつの家族が原因なのか? そうだと言うのならば、我は例えアミレスに嫌われてでも原因を排するぞ!!」
「…………っ」
ナトラが勢いよくマリエルに詰め寄る。ナトラの顔は真剣そのものだった。
嫌われても構わない……それでアミレスが少しでも幸せになれるのならと、ナトラが言ったものだから。その気迫にマリエルも言葉を詰まらせる。
アミレスの為に原因を排除したならば、アミレスがどうなるか分かったもんじゃない。マリエルとてそれは分かっているのに…………それを否定出来なかった。アミレスを思うあまり、彼女達はにっちもさっちもいかなくなっていたのだ。
「何故、どうしてアミレスばかりがこんなにもつらい思いをせねばならんのじゃ? アミレスが何をしたというのじゃ? あやつは、あやつはただ……必死に生きたいと足掻いておるだけじゃろう…………」
今にも泣き出しそうな声音で、ナトラはマリエルに泣きついた。マリエルのドレスに顔を埋め、涙を必死に堪えているようだった。
そんなナトラを、マリエルは優しく抱き締めていた。
(──異様なぐらい無欲で、何かと常識からズレた価値観…………王女だからかって思ってたけど、同じく王子の俺は言う程常識から外れてないし。もし、アイツの異常性が全て前世関連だとしたら……)
まだ寝起きでぼーっとした表情のまま、床に座り込んでいるカイルが思考する。
「アイツ、どんな前世送ってたんだよ」
何をどうしたらこんな事になるのかと。想像もつかないアミレスの前世に、カイルはうっかり心の声を漏らしてしまった。
この場に、五感に優れた人ならざる者達がいる事を忘れて。
「──お前、今なんて言った!?」
シュヴァルツが鬼気迫る顔で詰め寄ると、その後ろからナトラとシルフも顔を覗かせた。
「カイルの言葉に明らかに不自然な空白があったが、なんじゃ今のは!」
「さっさと話した方が身の為だぞ、カイル!」
人ではない彼等には聞き取れたが、人間であるマクベスタ達には何も聞こえなかった。カイルが何か良からぬ事を言ったという事だけが、マクベスタ達に伝わる情報だった。
(やっば……!? コイツ等の前で思いっきり前世とか言っちまった!? でも何か空白がどうのって言ってたし、もしかして俺達が転生者で前世の記憶持ちだって情報すらもこの世界の奴等には言えないって事か……? マジぃ…………?)
チラリ、とカイルが横目でマクベスタを見上げると、複雑な感情が入り交じる瞳で彼はカイルを見下ろしていた。
それにチクリと心を痛めながらも、カイルは必死に考えた。どうやってシュヴァルツ達の追及を言い逃れようかと。
「……言った所でどうせ伝わんねぇよ。それはお前等が一番分かってんだろ?」
「はぐらかすな、いいから言えって!」
「分かった分かった。言えばいいんだろ、言えば」
シュヴァルツが何度も追及するから、カイルはついに口を開いた。もはや言い逃れる事なんて出来ないのだから、この際全てを話すしかないと開き直った。
「……──『俺達は元日本人の転生者で、前世の記憶を持っている。そして、アイツはその前世で相当酷い人生を送ってたんだろうな』って、思ったんだよ」
カイルが口を開いた瞬間。それを聞いた面々の耳には、言葉というにはあまりにも拙い耳鳴りのような奇妙な音だけが、絶え間なく届いていた。
彼等が無事に認識出来たのは、最後の「って、思ったんだよ」の部分のみ。この前代未聞の事態に、彼等は開いた口が塞がらなかった。
その中で、一番最初に口を開いたのはシュヴァルツだった。この中で唯一似たような経験のある彼だけが、ある事実に気づいた。
「お前は……お前達は何者なんだ──?」
カイルからフラフラと離れたシュヴァルツの呟きが、静かな廊下に落とされる。
「俺達さ、この世界に嫌われてるみたいなんだよ。ごめんな、俺もアイツも……これ以上はお前等に何も言えない。言いたくても言えないだけで、わざと隠してる訳じゃないんだ。だから許してくれ」
カイルが顎を引いて謝罪すると、誰かが「世界……」とボソリと零した。その直後、
「「「────神々の仕業か!!!!」」」
シルフ、ナトラ、シュヴァルツの三名が、血走った目で激しい怒りを露わにした。その時放たれた圧倒的な威圧感にその場にいた人間達は等しく恐怖を抱き、膝をついた。
それもその筈。普段は本人達が意図的に抑えているそれ──……精霊王と純血の竜種と高位悪魔の魔力やオーラが怒りと共に同時に解き放たれたのだ。
寧ろ、自我を保てているだけでも凄いというもの。
(なん……っ、だ、これ!? 頭痛てぇ、足潰れる……っ! 息も、出来なくなりそ…………っ!!)
流石に不味いと思ったのか、カイルがあわあわとしながらも何とかシルフ達を落ち着かせようとする。
「っ、三人共落ち着けよ! アイツはともかく、俺なんてどちらかと言えば神々に愛されてる側だし。なんでこうも世界に嫌われてるのか……俺達も実はまだ分かってないんだ。だからそうやって決めつけるのはよくないって! あと、そろそろ足腰潰れそうだからマジで落ち着いてくれ!!」
カイルの必死の訴えに、シルフ達はハッとなり、静かに魔力やオーラを抑えた。
だがそれでも。この王城敷地内の魔導具がほぼ全て故障し、皇宮や王城では、人ならざる者達の濃い魔力を浴びて体調不良を訴える者も続出した。僅か一分足らずの出来事でも、相当な被害を彼等は出していた。
この中だと……魔力に耐性のないディオリストラスとイリオーデがその被害を受け、蹲り顔色を悪くしていた。
普段から魔法を扱う事の多い、カイル、アルベルト、マリエルは慣れからそれを耐え……保有魔力量が多いが故に、メイシアとマクベスタも何とか耐えていた。
だが、全員少なからずこの三体の影響は受けていた。その証拠に、今だってカイルの足は僅かに震えていた。
「……ごめん、取り乱した。必要なら治癒魔法かけてやるけど、いる?」
最初に落ち着きを取り戻したのはシルフだった。特に顔色の悪いディオリストラスに声をかけ、彼が小さく頷いたのを確認し、その場で治癒魔法を発動した。
「原因が分かんないとか言うけどさぁ、世界に嫌われてるとかどう考えても神々案件だろ。マジでクッソ胸糞悪ぃんだけどぉ」
「…………あの若造共は好き勝手【世界樹】をいじくっておるからの。十中八九あやつ等が原因じゃろうな」
シュヴァルツが苛立ちを表に後頭部を掻きむしると、その横でツインテールを指で梳くナトラが不機嫌に頬を膨らませた。
シルフの治癒魔法でなんとか全員の体調が回復する。よっこらせ、と立ち上がったカイルが話を切り出した。
「俺等の話よりもさ、今はアミレスの事だろ? 結局、シュヴァルツは何で俺達を呼び寄せたんだ?」
「……作戦会議だよ。彼女がぼく達の予想を遥かに上回る無欲っぷりだったから、どうしたものかっていう話し合い」
仏頂面のシュヴァルツが軽く疑問に答える。
「あー、つまりはあれか。俺が前に言ったアイツの事をめっちゃ愛してやれよってやつを実践する為に作戦会議しようぜって事か?」
「わざわざお前に言われなくても元々そのつもりだったけどね。でもまぁ、今回はそんなところ。流石のぼくも戸惑うレベルだったから、情報共有して作戦会議したかったんだよ」
なるほどな〜、とカイルは腕を組み何度か頷く。
「じゃあとりあえずはアイツの体に教えてやらねぇとな。お前の求める愛は特別でもなんでもない普通のものなんだぜって」
「「おい言い方!」」
誤解を招きそうな言い方に、思わずシュヴァルツとシルフがツッコむ。しかしカイルはそれをスルーし、更に続ける。
「ただ一緒にいて、名前を呼んで、一人の人間として扱う……──ふむ。まあこれ自体は俺達からすりゃ簡単だな。俺は多分無理だから、お前等に任せるけどよ」
「どうしてお前は無理なんだ? ……お前が、一番アミレスと親しいというのに」
マクベスタの鋭い視線がカイルに向けられる。
「何でって、そりゃあ……俺、女も恋愛も嫌いだし」
ケロッとした様子でカイルが言うと、その場にいた全員が「は?」と声を重ねた。それだけ、誰もが予想だにしない言葉だったのだ。