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297.ある側近の懊悩

 ある冬の日だった。わたしは、それはもう頭を抱えていた。


『──領地内で王女殿下とローズニカ公女の誘拐事件が発生して、領主の城が半壊し、王女殿下達を救い出す為の戦いで二百人近い犠牲者……秘密結社ヘル・スー・ベニアと名乗る襲撃者組織は未だ行方がわからず、即位式は中止してログバード氏が暫く大公を継続。大公位の継承権は弟のセレアード氏から、長男のレオナード公子に。だがレオナード公子はまだ幼い為、いずれ帝都に向かわせて大公の名代として仕事をさせる……この件に関する罰は王女殿下より個別に受けているものの、改めて処罰を受ける所存であり──……』


 早馬で(わたし)の元まで届いた大公からの書信には、謝罪と状況説明がびっしりと書かれていた。これを読んだ時、本気で目眩がした。あまりの情報量に額に手を当てて天を仰いだぐらいだ。

 ──あの、ものの一週間で何が起きてるんですか?! 

 彼女はどうしてそう行く先々で厄介事に巻き込まれるのか。彼女はもう、そういう星のもとに生まれてしまったのではないかと眉間を揉む。

 まあ、最早起きた事はしょうがない。彼女は無事なようですし、彼女自身からも何か罰を与えたみたいだから、(わたし)がすべきなのは法に則った罰を与えるだけ。

 とりあえず上納金増額は決定として上納品目を増やしてやりますか……数年前に『あれ生産量少ないから嫌だ』とか言われて断固拒否された絹の布地なんてどうだろうか。シャンパージュ伯爵家辺りに流せば確実に帝国の服飾市場が更なる活性化を…………っと。


 細かい話はひとまず置いておこう。ディジェル領の一件は確かに法に則り罰を与えるべきなんだが──、いかんせん当事者の彼女が許しちゃってるっぽいのがなぁ。

 そりゃあ、当然然るべき罰は与えるとも。もし彼女に被害が出ていて彼女が許してないのならば、(わたし)は法など無視し、家門も領地も滅ぼす勢いで徹底的に制裁を下していただろう。

 だが彼女に被害らしい被害は出ていなかったらしく、かつ彼女が許してしまった。ならば(わたし)には、あくまでも法に則った罰を与える事しか出来ない。

 誠に遺憾ではあるが、幼き王女が広い心で慈悲を見せた以上……我々が厳罰に処すと彼女の面目を潰す事となってしまう。

 陛下などはそれを良しとする…………というか気にしないでしょうが、(わたし)は気にします。なので、じわじわ苦しい罰に留めておいてあげましょうか。と上納金の増額と上納品目の追加を通告したのですが。


「あのテンディジェル家が通告からたったの数ヶ月で通告通り……いやそれ以上の納税をするなんて。今年の冬は槍でも降るのだろうか」


 かの大公家に、罰と称して様々な事項を通告してからはや三ヶ月。眼前には、通告以上の数の品々が広がっていた。

 これらは二ヶ月近くに渡りディジェル領から送られて来た上納品。それが山のように積み重なっているのだ。

 テンディジェル大公はかなりものぐさな性格で、年貢に関しても期日より遅れて納める事が多い。それでも規定通りの品々と金額は納めている為大目に見て来ましたが……まさか、こんな日が来ようとは。

 本当に、一体何が起きているのか。これまでのテンディジェル大公ではまず有り得なかった出来事が起きていますが、レオナード公子が次期大公に内定しただけでこんなにも変わるものなのか。

 こんな事ならもっと早く、レオナード公子には次期大公に決まって欲しかったですね。さすれば苦労しなくても良かった事がいくつも……。


「過去を悔やんでも仕方無いですね。とりあえず……今は舞踏会に向けて準備をしなければ」


 上納品のチェックが終わったので、そろそろ本業に戻らねば。

 これはあくまでも、法務部を通すと時間がかかるからと(わたし)の権限で処罰を与えた結果、(わたし)が処理しなくてはならなくなった追加の案件ですからね。

 本業は勿論別にありますとも。えぇ。相変わらず陛下に仕事を押し付けられるので、本業は山のようにありますとも。果たしてもう何日寝ていないでしょうか。

 ──あの人、僕を過労死させたいのかなぁ……。


「はぁ……ため息をつくと幸せが減ると言いますけど、どうして仕事は減ってくれないんでしょうねー……」


 たいへん行儀が悪いが……懐より下位万能薬ジェネリック・ポーションを取り出して、時間短縮の為に歩きながらそれを飲む。

 すれ違った文官がこちらを二度見していましたが、恐らく(わたし)が顔の布をつけたまま飲食をしているからでしょう。(わたし)が顔につけているのは布ですから、飲食も自由なんですよね。

 絶対仮面とかよりこっちの方がいいですよ。風で靡くのが嫌なら魔導具の一種の布を使えばいいですし。仮面なんて邪魔でしょう、あんなもの。夏場なんて熱が籠って暑そうですしね。


「……おや。これはフリードル殿下ではないですか。この辺りにいらっしゃるとは珍しいですね」


 首をポキポキと鳴らし、腕をグルグル回しながら歩いていたら、前方にフリードル殿下を見つけた。(わたし)の声に気づいたフリードル殿下はゆっくりと振り向いて、


「ケイリオル卿に用事がありまして、丁度捜していた所です」


 足早にこちらへと歩を進めた。

 ふふ。やはり……内容がなんであれ、彼女やフリードル殿下に頼りにされるのは嬉しいですね。二人共、なまじ何でも自分一人で出来てしまうが故に、大人を頼る事を知らないので…………こうして、少しでも他人に甘える事を覚えていただけるのはとても喜ばしい変化だ。

 あとは、まあ。単純に舞い上がってしまう。(わたし)が少しでも彼等の親代わり──とまではいかずとも、頼れる存在になれているのなら、これまでの四十年近い波乱万丈な人生も無駄ではなかったと、そう思えてくる。


(わたし)に何か用事があるのでしたら聞きますよ。どうかされましたか?」

「実は……二つ、用件がありまして。比較的良い情報と比較的悪い情報、どちらから話しましょうか」

「比較的良い情報と比較的悪い情報……?」


 おや? 珍しい。フリードル殿下がこんな冗談(ジョーク)紛いの言い方をするなんて。

 彼女への愛情を思い出してからというものの、フリードル殿下がかなり変な方向に変化していっている気が…………ちょっと面白い上に、良い変化なので道を正す気は全く無いですけども。


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