290.終幕 傾国の王女
「お帰りなさいませ、姫様。長旅お疲れ様でした」
こちらに気づいたハイラが、懐かしい侍女服を翻して会釈した。一年ぶりに見たその姿に目を丸くしていたら、
「アミレス様っ! お仕事お疲れ様です!」
メイシアが満面の笑みで私の腕に抱き着いて来て、
「……──おかえり、アミレス。元気そうで何よりだ」
マクベスタが少し離れた所でニコリと微笑む。酷く安心したような、心から安堵したその表情に……何故か、私は妙な胸騒ぎを覚えた。
「ただいま、皆。元気にしてた?」
私は食堂に入り、そして楽しい誕生日を過ごした。
たった二ヶ月程離れていただけなのに、こんなにも皆と会える事が嬉しいなんて。
誕生日パーティーが始まってからすぐに、シルフと共に何故かボロボロの師匠もやって来て……シルフの姿を見て皆驚いていた。それはもう驚いていた。
その時シュヴァルツだけ随分とへそを曲げていたのが記憶に残る。シルフの美貌には言及せず、気に食わないとでも言いたげに唇を尖らせていた。
それはともかく。私兵団の皆はどうしても今日街の手伝いをしなければならないとかで……シュヴァルツが前もってプレゼントを預かってくれていたらしく、私は二年続けて皆から心温まるプレゼントを貰えた。
勿論、皆からも沢山プレゼントを貰ったとも。
シルフと師匠からは持ち運びしやすい小綺麗な短剣。懐刀として持っておけばいいよと言われた。ちなみに今回も師匠お手製の魔剣らしい。軽率に魔剣を作るな。
イリオーデからは私が旅先で飲んで密かに気に入っていた果実水を一瓶丸々。なんと私が気に入った事に気づいていて購入してくれたらしい。
アルベルトからは真っ白な薔薇の花束。この季節によくそんなものを用意出来たな……とかなりたまげた。
今年はナトラとシュヴァルツも合同で用意してくれたらしく、二人で仲良く差し出してきたのは……前世で見たハーバリウムというものによく似た硝子の円筒だった。中には色とりどりの小さな宝石と、一輪の青い花が入っていて、下から光が発生しているのかとても幻想的だった。
私の反応を見て、二人はしてやったりとばかりに腕をトンっと合わせていた。
ハイラからは大きな箱に入った大量の魔石。何でも、丁度一か月前とかにララルス領で新たな魔石鉱山が見つかったとかで、その高品質さ故に今や高値で取引されているとの事。そんな宝の山を見て、カイルが前のめりで目を輝かせていた。
いつも世話になってるし、後でいくつかお駄賃替わりにあげようかしら。
メイシアからはふわりと膨らんだドレスだった。生地がとても軽く、まさかの衝撃反射と防刃防水の付与魔法がかけられているとの事。
更に足につけられる肌に優しい素材のソードベルトつきという……なんとも戦闘民族の私向きなドレスだった。
マクベスタからはまさかの指輪だった。マクベスタの髪と瞳とそっくりの、金枠にエメラルドの指輪。『気が向いた時にでもつけてくれ』と言われたのだけど……これ、どう考えてもめちゃくちゃいい宝石よね?
昨年のブルーナイトパール事件以降、宝石についても多少勉強したけど、この輝きっぷりは絶対そんじょそこらのエメラルドじゃない。
更に、昨年同様ミカリアとリードさんからもプレゼントが届いていた。
ミカリアからは聖物という、無病息災祈願のお守りのようなものを貰った。この真っ白な彫刻入り置物をどこかに置いておけば、その建物は全く事故等が起きなくなるとか。
かなりの高レート品で、全国各地の貴族が国教会に多額の寄付をしてでも手に入れたがる代物らしい(ハイラ談)。
これまた恐ろしい代物を贈られたが、去年のような魔導兵器じゃないだけマシか。……と、安心するのも束の間。
今度はリードさんから魔導兵器を贈られてしまった。『多分、役に立つから』という文面を添えた、綺麗なブレスレット。
その能力は魔力吸収で、対象物と周囲の魔力をほぼ無尽蔵で吸収し、蓄えるらしい。カイルが目ん玉ひんむいていたぐらいだし……本当になんて恐ろしいものを贈ってきたんだあの人。
相変わらずぶっ飛んだお二人からのプレゼントの次は、なんとこれまで関わって来た人達からのプレゼントだった。
オセロマイト王家からは『昨年はプレゼントを贈れず大変申し訳なく思う』という謝罪と共に、長期間の保存が可能だというオセロマイト産のめちゃウマ野菜や果物が山のように届いていて、食料倉庫が凄い事に。
ランディグランジュ侯爵家からも同様に、ランディグランジュ領特産の野菜や、それを用いた焼き菓子などなどが届いた。
シャンパージュ伯爵家からは何かの招待状。内容はまさかの、今度新しくオープンするらしい高級レストランのオープニングセレモニーの招待状だった。メイシアに何か知ってる? と尋ねると、『それはその時のお楽しみです!』と意味深な笑顔が返ってきた。
それと……差出人が不明なのだが、東宮の玄関前に置かれていたというプレゼントの中身も確認した。中身は氷や雪がモチーフの綺麗な髪飾り。
シュヴァルツ達はこれがカイルによるものだと思ってたらしいのだが、カイルは違うと否定する。こんな見るからに高価そうなもの、一体誰が私にプレゼントしてきたのかしら?
何だかほのかに嫌な予感がするんだけど、なんでだろうか。
そうやって、一日中皆でご馳走を食べながら笑って話をした。大公領はどうだったとか、何があったのかとか。
また明日から二週間程かけて公式的に帝都に戻るから、皆とは今一度お別れとなる。
だからその分も今日たくさん話そう、と休む間もなく話は続き、結局今日は東宮で寝泊まりして、朝になったらカイルにあの街まで送って貰う事になったのだ。
その日の夜。久々の我が家に気持ちが昂り、夜中に廊下を散策していた時だった。
「あら、こんな時間に何してるの、カイル」
まだパーティーの様子が残る食堂の扉が開いていて、中を覗くと……そこには椅子に座って窓の外を眺めるカイルがいた。
カイルはこちらに気づくと、「よっ」と片手を上げた。
「俺は元々超夜型人間なんだよ。前世では夜通しゲームしたり、徹夜残業も当たり前だったからな」
「貴方、社畜だったの? それ、そんな笑い事じゃないでしょ──」
カイルの正面に座り、頬杖をついて反応したのだが、私はここでふと気づいた。
今、カイルは前世の事を話してなかった? 私同様記憶が無いと言っていたのに、どうして平然と語っているの?
「……何か、思い出したの?」
僅かに震える唇から、言葉を紡ぐ。
私達二人の共通点──、それは前世の自分にまつわる記憶が無いという点。
それ故に。私達がゲームや自分以外の事柄に関する前世の記憶を持った状態で、どうしてこの乙女ゲーム世界に転生したのか……それを突き止める手段がこれまでは無かった。だけど。
何か、私達の前世に共通点があったのか。どういう基準でもって私達が選ばれたのか……それを突き止める為の手がかりが、ようやく手に入るというの?
「おう。前世の自分の名前だけは何となく思い出した。でもそれ以外は相変わらずぜーんぜん。まぁ……思い出す価値もない人生を送ってた気がするけどな」
肩を窄めて、彼はなんて事ないように語る。
「名前……どんな名前だったの?」
「んー……内緒。俺、あんまりあの名前好きじゃねぇんだよ。だからこれからもカイルかルカって呼んでくれりゃあ、それでいいぜ」
「はぁ? ここまで来て引っ張るとか……性格わるーい」
「別にいいだろぉ? ぶっちゃけ前世の名前とか俺達の目指せハッピーエンド計画には関係無いんだし」
「それはそれ、これはこれ、でしょう!」
何故か名前を教えてくれないカイルを睨み、深夜に二人でぎゃあぎゃあと騒ぐ。
その途中でふとカイルが何かを思い出したように「あ」と言葉を漏らして、サベイランスちゃんをいじり始めた。
こいつ、急に私の事無視するじゃないの……と僅かに苛立ちを覚えていると、机の上に小さな白い魔法陣が浮かび上がってそこには見覚えのあるシルエットが現れた。
──あれは、まさか。
「またうっかり渡し損ねる所だった。はいこれ、誕生日プレゼント。結構作るの大変だったんだぜ?」
「これって、あれよね……カメラだよね?」
「強いて言えばポラロイドカメラだな。魔力さえあればその場で印刷出来るし、これ使ってアイツ等……特にマクベスタとかさ、皆との思い出をたくさん作ってやってよ」
カイルが渡して来たのはカメラだった。それも、その場で写真が出てくるタイプのカメラ。
真新しいものを見たような気分で、物珍しさから暫しそれを手に取り弄っていた。そんな私の様子をカイルは不思議そうに眺めていて。
「……何その反応。いくらお前が元JKでもポラロイドカメラとか、インスタントカメラとかぐらい見た事あるだろ。それこそなんかネット映えするとかで一時期流行ってたし。そんなカメラを初めて見た子供みたいな反応せんでもいいだろーが。ジェネギャで殺す気か?」
カイルがため息混じりにそう言うものだから、私は思ったままの言葉を口から零してしまった。
「これが、カメラ。実物って初めて見たかも。知識としてはあったし、電子機器のカメラ機能は使った事あるけど…………カメラなんて、私の周りには無かった」
何も覚えていない前世が、不親切にカメラというものを初めて見た事だけを知らせてくる。
「マジ? そんな事ある? デジカメとかも含め無いわけ? 親とかさ、あと学校とかで絶対見ただろ」
とても驚いた様子のカイルが身を乗り出して問うてくる。だがどれだけ思い出そうとしても、私に前世の記憶は無い。
「カメラも、親も、学校も、全部分からない。何も思い出せないの」
──そもそも、私にそんなものが……そんな経験があったかも怪しい。
「…………なんつーかさ、前から思ってたんだが……俺はともかくお前の記憶力でここまで前世の記憶だけが無いってのも変な話だよな。マジでどうなってんだか」
はぁ。とカイルは眉間に皺を寄せて項垂れる。
それについては一理ある。ゲームの事やどうでもいい内容は一言一句覚えているのに、肝心の前世の事などは全く覚えていないなんて、明らかに不自然だ。
考えても考えても、答えは出ない。一度頭を整理させる必要があると、私は席を立って自室に戻る事にした。
去り際に、「カメラ、ありがとう。貴方も早く寝なさいよ?」と伝えてカイルとは別れた。
カメラを机に置いて寝台に倒れ込み、ぼーっと考える。
……──私は、私達は。どうしてこの世界に生まれ変わったんだろう。
♢♢
「……マジで訳わかんねぇわ。元JKでカメラ見た事ないとかどんな環境に生きてりゃそうなるんだよ」
どこか思い悩む面持ちのアミレスが自室に戻った後、俺はまだ暫く食堂で一人黄昏ていた。
アミレスのあの反応、あれは嘘や演技ではなく正真正銘の反応だった。つまりアイツは十七年間生きてるうちに、本当にカメラを一度も見た事がなかったという事。
いやどんな環境。無理だろそんなの。防犯カメラとかさ、とにかくカメラと名のつくものなんてごまんと溢れかえってる世界でそんな事可能なのか?
などと他所の家の事に真剣に首を突っ込もうとしては、流石にこれは過干渉だしキモイかと反省。流れのまま、俺は先程のアミレスとのやり取りを思い返す。
『名前……どんな名前だったの?』
首を傾げ、アイツは素直に聞いて来た。だけど俺は元々好きじゃない名前だった事と……単純にバレたら恥ずかしいって理由から名前を教えなかった。
「はぁ……言える訳ねぇよなぁ。ついうっかり、こう呼んでくれって言っちまった手前さぁ……」
背もたれに体を預けて暗い天井を仰ぐ。
なんという偶然か、はたまた俺が無意識のうちに合わせにいってしまったのか。今更前世の名前を名乗るに名乗れない状況になっていたのだ。
「──穂積瑠夏とか、恥ずかしくて今更名乗れねぇっつの……! 今思い出してもマジで女っぽい名前だなぁこれ…………これに苦しめられてきた記憶まで蘇りそう」
大っ嫌いな家族と同じ苗字。女っぽくて弄られがちだった名前。その所為か昔からずっと苦手だった、俺の名前。
「その癖、何でアミレスにはルカって呼ばせようとしてんのかねェ、俺は。矛盾しすぎだろ」
謎の矛盾から、呆れてため息も出ない。
瑠夏って呼ばれんの嫌いだったのに。何でルカなら問題ねぇのかな。そんな事を延々と考えていたら──気がつけば、窓の外からは朝日が射し込んできて。
「……マジ?」
考え事だけでオールナイトしてしまった自分に軽く引きつつ、俺は眩しすぎる朝日を拝んでいた。
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