283.幕を下ろしましょう。2
「貴方達への罰は──レオとローズを暫く帝都に滞在させる事にしましょうか。いい加減子供の力を頼らず、自分達で何とかしてみせなさいな」
私がニコリと言い放つと、誰もがぽかんとしていた。中でも、レオが一番戸惑っているようで。
「王女殿下、そのような罰では……俺達の罪への制裁になどなりません」
「あら。これでも十分制裁になると思うけれど」
「え……?」
レオも察しが悪いわねぇ。まぁ、まだ自信があんまり無いなら仕方無いのかな。
「レオの頭脳とローズの歌をこの領地から奪うのよ? 貴方達からすれば大損害でしょう。形無き制裁とでも言うべきかしら?」
上手い事言えたと密かに喜び、口角が独りでに上がろうとする。しかし、大公が遅れて口を開いた事で私は再度集中し、真面目な顔を維持出来たのだった。
「……成程。王女殿下は我々からレオとローズを取り上げると。それが、我々の罪への制裁なのですな」
「えぇ。これからきっと、領地を益々繁栄させるであろうレオの頭脳と、領民達の心の拠り所となるであろうローズの歌。そのどちらをも、私が一時的に預かります。社会勉強も兼ねて帝都にも来てもらおうかなと」
この領地は──ここの領民達は、レオとローズに頼りすぎている節がある。その癖全くありがたがらずに、それが当然なのだと思っているようなのだ。
そんなの許せないよね。なので私は彼等から二人を引き離し、保護や社会勉強として一度帝都に来てもらおうと思ったのである。
まぁ単純に……せっかく仲良くなったのにここでお別れなんて寂しいから、っていうのもあるけど。
この発言に一瞬喜ぶ様子を見せて、ローズはハッとなり慌てて顔色を元に戻していた。あの感じは……本当に喜んでくれているのだろう。嬉しい限りだ。
「ハッハッハッ! いやはや、そう来ましたか……あの布野郎が太鼓判を押すだけはある。流石の御慧眼です王女殿下、我々にとって最も手痛い罰をお選びになるとは。その処罰、甘んじて受け入れさせていただきたく存じ上げます」
豪快な笑い声の後、大公は左胸に手を当てて頭を垂れた。……布野郎ってケイリオルさんの事かしら?
「レオ、ローズの誕生日が終わり次第お前達は帝都の屋敷に向かえ。王女殿下からのご命令だ……きっちり社会勉強して来い」
領地の事はワシ等に任せておけ。と大公は胸を叩いた。
予想外の展開なのか、レオは開いた口が塞がらないまま動かなかった。その隣でローズが顔を輝かせて、
「いいんですか、伯父様!」
興奮気味に身を乗り出した。大公は一度ため息をついて、
「いいも何もこれが罰なんだからワシには拒否権など無いわ」
キッパリと言い捨てた。さっきは笑っていたけど、やはりレオとローズがいなくなるのは彼等としても困る事なのね。大公の顔がどことなくぶすっとしてるわ。
「……では罰の話はこれで終わりという事で。して、私共は何をお話しすればよろしいのでしょうか」
話が一段落ついたので、本題へと移った。
これに大公は真剣な面持ちとなり、重々しく口を切った。
「無論、事件当時何があったのか──それについてです。ローズから概要は聞きましたが、王女殿下からも詳しい話を聞きたく」
「成程……ですが私はローズ以上の状況説明など出来ませんわ。突然部屋に侵入して来た不審者によって不意をつかれ、恥ずかしい事に気絶させられてしまい、その後目が覚めたら雪の上に倒れてましたから……生憎、不審者の顔も見てないのです」
「ふむ。王女殿下達が襲撃者に襲われ、自分は人質に取られた……とローズも証言しておったが、そこに嘘偽りは無かったらしいなァ。何か襲撃者に関する情報があれば良かったのですが」
どうやらローズも頼んだ通り、嘘の証言をしてくれたようだ。騙すようで本当に申し訳ないのだが、こればかりは正直に話す事も出来ない。
だから私も当たり前のように嘘をついたのだが、大公はこの言葉を信じてくれたらしい。ありがたいのだけど、どんどん罪悪感が蓄積していくわ。
「ところで私共が眠る間に一体何があったのですか? 美しい平原が焼け野原のようで……」
こうして、何も知らない被害者感を出す為とは言え、私は自ら罪悪感が増すような言葉を口にした。
暫し重たい空気が流れたのだが、それを打ち破ったのはまさかのレオだった。
「──俺の、所為なんです。俺が……とにかく襲撃者達を排除するように、領民達に伝えたから。怒りのままに皆を扇動してしまったから。だから、あんな事に」
ぐっと握り拳を震わせて、レオは俯いた。
……怒りのままに扇動した?
「それって、どういう……」
思ったままに口から言葉が漏れ出ると、レオは悔しそうな声音で続けた。
「ローズと王女殿下達を助ける為に、俺は領民達を率いて襲撃者を排除しようとしたんです。難しい事を言っても強敵の前には無意味だと、そう思って……俺は単純に『忌まわしき襲撃者を排除する事だけを考えよう』って、そう伝えたんです。それが領民達にどんな影響を齎すかも知らずに」
物々しい空気が流れる。少し荒れた指先で喉元をなぞり、レオは瞳を揺らした。
私の思い通りにレオが領民達を統率してくれたのは良いとして、そこで何か問題があったって事なのかしら……。
私なりに推測する。しかしどうも的を射ない推測ばかりが頭に浮かび上がるのだ。
「俺があんな言い方をした所為で……俺が音の魔力なんてものを持っていた所為で、軽い精神支配を受けたらしい領民達はとんでもない手段に出たみたいなんです」
「とんでもない手段、とは?」
「……口にするのも恐ろしいのですが、いわゆる自爆特攻です。俺からの指示は無かったけど、襲撃者を確実に排除する為にそういう話になった。と領民達から聞きました」
一瞬、体が硬直した。だがそれと同時に安心してしまった。あの自爆特攻がレオの指示によるものではなく、領民達の自己判断によるものだったと知って……レオがあんな無慈悲な事をした訳ではないのだと、無意識のうちに肩を撫で下ろしていた。
「俺がもっとちゃんと考えて発言しておけば……襲撃者達を逃す事もなく、領民達を死なせずに済んだのに」
違うわ。貴方の所為じゃない。こんなやり方でしか貴方達を救う方法を見つけられなかった私の所為なの。
私達が殺さないように気をつけていればいいなんて、そんな甘えた事を考えていたから。死なない程度に痛い目に遭って欲しいなんて余裕ぶった事を考えていたから。
だからあんなにも多くの人を死なせてしまった。悪人だって分かってる海賊達を殺した時とは訳が違う……大なり小なり恨みがあれども、それでも無辜の民と呼ぶべき人達を死なせた。
いくら氷の血筋と言えども、流石にこればかりはかなり堪える。
もっといい方法があったかもしれないと考える度に、後悔が私の首を締め付けて声を奪っていく。呼吸が、私の体と共に小さくなっていく。
いつの間にか俯き、下唇を噛みながら自分のマメだらけの手のひらを見つめていた。
「……──もしもやたらればの話をしても過ぎた事でしょう。これは誰の責任でもなく、関わった全ての人間の責任です。一人が責任を感じ、罪悪感や後悔を抱え込む必要など無いのです」
突然の事だった。イリオーデが、レオを慰めるような言葉を口にしたのだ。
思わず私までそれに慰められたような気分になる。
ゆっくりと彼の横顔を見上げると、イリオーデがこちらに気づいたようで、何も言わずただ柔らかく微笑んでくれた。
レオも私と同様に、イリオーデの言葉に少し気分が明るくなったようで、悔恨に沈んでいた顔には僅かながらも生気が戻っていた。
「ランディグランジュ卿の言う通り……確かに他にもやりようがあったかもしれんが、全てはもう過ぎた話。これから領民と向き合い、領地を立て直す事がワシ等の役割だ。分かっておるな、レオ」
「…………はい。俺の所為で死んでしまった人達の為にも、帝都に行くまでの間は領民と向き合い領地の為に働きます」
「ならば良い。お前だって原因の一端なのだ、セレアードも手伝え」
大公に話を振られ、セレアード氏は少し肩を跳ねさせた。しかしすぐにもその表情を真剣そのものに塗り替え、「勿論」と首肯していた。
どうやらこれで話は終了。私達は一度部屋に戻される事となった。
今後の事──争いの事後処理や死んだ人達の集団葬儀、そして即位式をどうするのか……等々、一度補佐官達を招集して会議を開くとの事だった。
なのであくまでも賓客、あくまでも部外者の私達は一時待機という風に伝えられ、部屋に戻ってお待ち下さいと言われたのだ。
「はぁ……無事に計画は成功したのに、全然嬉しくない……」
寝台の上でセツをもふもふとしながら、ボソリと愚痴を零す。そこでアルベルトが紅茶を入れてくれたので、紅茶の香りを楽しんでなんとか落ち着こうとする。
やさぐれモードの私は、アルベルトの入れてくれた絶品の紅茶にいとも容易く絆されてしまった。ハイラの入れてくれる紅茶とはまた違った美味しさがあるのよね、アルベルトの紅茶って。
「はい、騎士君の分」
「イリオーデだ。紅茶はありがたくいただこう」
いつもと変わらぬ二人のやり取りに、クスッとなる。お陰で少しは曇る気持ちが晴れるようだった。
更に、セツも私の事を心配してくれているようで、つぶらな瞳でこちらを見上げて来るではないか。寂しそうな鳴き声まで漏らして……可愛いなあ、おまえは。
「よーしよしよし……」
「ワゥン!」
ティーカップを置き、両手で撫で回してあげるとセツは嬉しそうな声を上げる。本当に人懐っこい子である。何やら私限定らしいけど。
「──ねぇちょっとアミィ、どういう事? 何でボク以外の動物をそんなに可愛がってるの!」
「シルフ!」
うわびっくりしたぁ。急に背後に現れないでよ……そもそも何をそんなに怒ってるのさ。
「セツだよ。可愛いでしょう?」
「ガァルルルルル……ッ」
「アミィ、その犬に騙されてるよ。その犬めちゃくちゃ威嚇してくるじゃないか」
「あれ、本当だ」
セツの前足をひょいっと上げて、手を振るように動かし紹介したのだが……セツがシルフに向かって敵意を剥き出しにしている。
まるで仇でも見るような目で、シルフを睨み低く唸っているのだ。
「何だよこの犬生意気だな。何か気に食わない気配もするし……無性にぶん殴りたい」
「ゥウ……アォンッ!」
「何だよやるのか? 言っておくけれど、アミィの家族の座は譲らないからね」
「グゥルルルルル……」
どうしてこの二体の間では会話が成り立っているのか。それにしてもシルフは大人気ないわね……犬相手に何を対抗してるのか。
暫く会わないうちに、シルフも何だか随分と雰囲気変わったなぁ……。