275.戦いの前に2
「あ……申し訳ございません、過ぎた事を口にしてしまいました」
慌ててアルベルトが謝るものだから、私はハッとなり誤解だと説明する。
「貴方を責めてる訳じゃないの。少し思うところがあって、語気が強くなってしまっただけで……こちらこそごめんなさい、ルティ。責めるような事を言ってしまって」
「しかし…………」
まだ何か言いたそうな表情をしているが、アルベルトはここで引き下がった。
何だか気まずい空気が流れる。この雰囲気にローズは言葉を探っており、イリオーデとアルベルトは元々無口な方だ。
つまり、私が何か会話を切り出さないとこの空気はカイル達が来るまで消えないという事だ。なんそれなんていう地獄??
「……まあ、その。とにかく揃って歳下には興味無いって事よね。ほらね、ローズ。やっぱり大丈夫じゃない!」
「え? う、うん。そう……だね?」
私は強引に会話を始めた。中々のキラーパスだったのだが、ローズは困惑しつつも反応してくれた。
「男は狼だなんだと言うけれど、イリオーデもルティも色恋に興味無いらしいし、そもそも私はこの通り子供だし。二人共、私になんか興味無いでしょ?」
特に心配はしてなかったのだが、二人の発言から襲われる事はないと安心したので、私は意気揚々と彼等の方を振り向いた。
一応、この体はアミレスのものなので私としても大事にしたいのだ。……こんな事言ってる割に、いつも思いっ切り怪我してるけどね。
「興味云々でしたら、寧ろ私は王女殿下以外の全てにさほど興味がありませんが……何分、四六時中王女殿下の事を考えておりますので」
「常日頃より主君に興味関心を向けるのはお仕えする者として当然の事かと思いますが、違ったのでしょうか? でしたら至急改善しなければ……」
あれぇ────? 何か予想と正反対の答えが返ってきたぞ?!
「ほらあ! あんな事言っておいて、やっぱりこの方々もアミレスちゃんの事を狙う狼なんですよー!!」
「ちょっと待ってローズ、まだそうと決まった訳じゃないから。何も興味があるイコール恋愛対象と決まってる訳ではないから!」
「アミレスちゃんみたいな魅力的な人を好きにならない方がおかしいよ! 私だって本当は抱き締めたり抱き締められたりしたいもん! 男の人達なんかきっともう、凄い事考えてるよ!」
「何が何だかよく分からないけど話が飛躍し過ぎじゃないかしら?! 一回落ち着いて、とにかく落ち着いて!!」
突然顔を赤くして取り乱し始めたローズを落ち着かせる。精神的に何故か疲れ、ぜーはー言いながらローズに「落ち着いた?」と確認する。彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。
「ふぅ……あのね、ローズ。こういう事を自分の口で言うのは非常に恥ずかしいんだけど」
息を整え、私は躊躇う気持ちを押し殺し、仕方無いと自分に言い聞かせて口を開いた。
「──イリオーデとルティはね、忠誠心が凄まじいのよ。簡単に言えば、そう、主大好き……みたいな感じの人なの。私至上主義過激派なの」
こんな事、本当に自分の口から言いたくなかったんだけどね!! 事実なのだとしても私の口からこんな事言いたくなかったわ本当に恥ずかしい!
よくよく考えたら、二人が私に興味あると発言するのは当然の事だった。だって二人共私の従者だし! 仕える相手に気を配るのは当然の事だもの!
その勘違いにも気がついて、二重の恥ずかしさから顔が熱くなるのが分かる。
怖いもの見たさで件の男達をチラリと横目に見た。彼等は先程とは打って変わった喜色満面の表情で、
「私共の忠誠心を王女殿下にもご理解いただけていたようで、幸甚に存じます」
「主君至上主義過激派……まさに俺達を言い表す言葉です。流石の御慧眼です、主君」
優美に浮かれ、歓喜に沈んで言い切った。
ひとまずそれには反応せず、私はローズに視線を移してボソリとこぼした。
「ね、言ったでしょう。色恋とかじゃなくて、この人達はこういう性格なのよ」
「…………そうみたいだね。逆にちょっと怖いかな……」
流石のローズも、イリオーデとアルベルトの風格に圧倒されたらしい。畏怖にも尊敬にも取れる複雑な眼差しを彼等に向けていた。
わちゃわちゃと会話をして待つ事数分。この拠点にヘブン達別働隊が到着した。ローズに彼等の事も軽く紹介していると、程なくしてカイルも到着。
今の所、計画は万事滞りなく進んでいる。
ただ……あまりにも順調過ぎて、嫌な予感がする。これが杞憂で終わればいいのだけど。
♢♢♢♢
「主君。騎士団と兵隊と領民達を合わせた五百人近い敵影を確認しました。うち百人ずつが左翼・右翼として展開、そちらには騎士団が多く配置されているようで……恐らくは左右からの挟撃が本命かと。勿論、断言は出来ませんが」
ローズ(と私)の誘拐事件から二時間。偵察に行っていたアルベルトからの報告を受け、ついにその時がやってきたのだと息を呑んだ。
「ローズ、さっき言った通り絶対にここから出ちゃ駄目よ? ここにいる限りは私達が絶対に守るから」
「うん……」
「それじゃあ行ってくるね」
実はこっそりアルベルトに持って来てもらった椅子と布を渡して、即席暖炉に火を灯し、ローズのいる部屋には簡単にだが結界を張った。
この中にいる限りは大丈夫だと告げ、私もそろそろ出ようかと背を向けた時。ローズの声が私を引き止めた。
「アミレスちゃんっ! あの、その……無理はしないでね」
それはとても、優しさに溢れた言葉だった。
「皆がいるから大丈夫よ」
少しだけ振り向いて、サムズアップする。心配そうに眉を下げるローズに手を振って、私はアルベルトと共にその部屋を後にした。
要塞を出ると、入口では既に皆が待機していた。この要塞の出入口は正面にある一つだけ。窓という窓はカイルの趣味で鉄格子になっているので、この中に入るにはこの正面入口から入るしかない。
この後の作戦としては、いい感じに戦って、いい感じに負けて、いい感じにローズの救出劇を演出し、途中で私とイリオーデとアルベルトはいい感じに戦線を離脱し、要塞とは別の場所で監禁されてました感を出す。
ローズ及び私達の救出中に別働隊はサラッと撤退。誰一人捕まらないように逃げようね、という事になった。
何とも大雑把で行き当たりばったりな作戦である。
ちなみに、アルベルトが闇の魔力の応用で影分身が出来るとかで……アルベルトが五人ぐらい増えたので戦力が増えた。
アルベルト曰く、『頑張れば意識の並行稼働も可能です。凄く頑張れば』との事なので実際にやってもらったところ、何と六人のアルベルトがそれぞれ自我を得たかのように見えた。
ただそれはあくまでもアルベルト本人の意識を分割してから割り振って、それを並行稼働と精神干渉を用いて管理・使用し、なんとか影分身の各個体の独立を実現しているらしいのだ。
その為、かなり疲れるとか。更に六箇所から同時に情報が入ってくるから脳が大変な事になるかもしれないと。それを聞いて、とりあえずキツかったらすぐやめるよう言いつけた。
なので一旦影分身をやめ、戦闘が始まり次第もう一度影分身をするとアルベルトは言っていた。
「うっわー、ほんっとに人多いな。ゴミのようじゃん」
「ナチュラルに大佐にならないでくれる? でも本当に……いざ見ると、ちょっと不安になるわね」
「ふぅん。でも怖気付いたってタチじゃねぇしな、お前は。何が不安なんだよ」
「死者は出さないつもりだったんだけど、これだけ人がいたら死者の有無の確認なんてしきれないなぁと。知らない所で死なれてたらどうしようかなって、不安で」
「視点が神か何かか? そこんとこはもうなあなあでええじゃろ。あんだけ人がいて、俺達もそこそこ本気で戦うつもりなんだから。人の一人や二人は死ぬ事になるだろうし、相手さんとてそこは重々承知の上だろ」
徐々に近づいてくる大軍を眺め、要塞に背を預けてカイルと会話する。
そんな私達を、少し離れた所から睨むようにじっと見ているイリオーデとアルベルト。ヒソヒソと何か話しているようなのだが、覆面の所為で何を話しているのかは全く分からない。
それにしても、皆は相変わらずカイルへの当たりが強いな……確かにカイルは休戦協定中の敵国の未来の王太子だけども、うちの情報を流したりはしないし、何ならハミルディーヒの情報を流す事も無い。
平然と密入国してるけど、スパイ行為はしないって言ってたから安心していいと思うんだけどな。
カイルはかなりめんどくさいオタクだが、かなり接しやすいし誰とでも仲良くなれるタイプの男だからさ、皆ともすぐ仲良くなるものだと思ってたけど……一年近く経ってもこの通り、まだまだそれなりに警戒されたり不審に思われているようなのだ。
こんなにも話しやすいのにね。どんなくだらない話でも返事してくれる最高の悪友なのにね。
「まぁそうよね。どちらも多少の怪我や犠牲は覚悟の上でしょう。あっ、そうだ……その事で皆に伝えたい事があるんだった」
「伝えたい事?」
そうなの。と頷いて、カイルを伴いヘブン達の元に向かう。勿論イリオーデとアルベルトと一緒にだ。
少し離れた所で話していたヘブン達に合流し、私は話を切り出した。