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273.ある天才の奮起

 ヘブンがいなくなってからというもの、レオナードはふつふつと煮えたぎる怒りを覚えていた。


(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! ローズと王女殿下を攫っただと? 俺にとってかけがえのないものを、あんな奴等が奪っただと? クソ野郎はどっちだ……っ! 絶対に、何があっても許さない!!)


 血走る眼。その眉は憤怒から強く顰められ、顔には青筋が立つ。これまで滅多に『怒る』という行為をしてこなかった男が、かつてない程に強く激しく憤慨していた。


「……──なぁ、父さん。ここまで来てまだ目を逸らすつもりなの? 領民がああなったのも、この件も、元を正せば全部父さんが原因だ。それなのにどうして、ここに拘るの? 母さんを連れてさっさとどこか遠くに行けばいいだろ」


 レオナードは蹲るセレアードに歩み寄り、彼の肩に手を置き優しく語り掛けた。だがその淡々とした口調や、無に近い表情は……優しさなどとはかけ離れた壊れた人間のそれだった。


「れ、レオ……?」

「別に父さんには怒ってないよ。俺が怒ってるのはあくまでもローズと王女殿下に手をかけた奴等にだ。でもこのまま父さんがどうにかするのを待ってるだけじゃ駄目なんだ。悔しいけど、あの侵入者の言う通り、今すぐ奪い返しに行くしか方法はないから」

「待て、レオ。一体何を言って──」

「みなまで言わなくても分かるだろ。これから、何があろうと必ずローズと王女殿下を奪い返す。その為に──……俺が大公になる」

「ッ!?」


 レオナードの覚悟に、セレアードは戦慄した。


「王女殿下を相手に一本取る程の侵入者達を相手にするには、騎士団と領民の力が必要だ。だけど今の彼等は父さんと母さんの事で意見が分裂し、協力なんて出来ないだろ。だから俺が、新しい大公としてそれを無理やり繋ぎ止めて統率する」

「し、しかし、お前はまだ子供で……!」

「フォーロイト帝国の初代皇帝だって十五歳で即位されたんだ。こと継承において年齢とかどうでもいい判断基準に過ぎないでしょう。大公としての責務を果たせるのなら、そこに年齢も性別も関係無い」

「それは……そう、だが……っ」


 セレアードは何も言い返せなかった。そもそも、セレアードはこれまで一度たりとも、レオナードに口で勝てた試しがないのだ。


(分かってる、私だってよく分かってるさ。本当は私よりもレオの方がよっぽど大公に向いている事も、レオの言う通りにやっていればこうはならなかったかもしれないって事も! だけど……っ)


 悔しさから、彼は強く拳を握った。


(レオにまで、兄さんと私のような目に遭って欲しくなかったんだ。若い頃から大公として奔走する事の大変さと辛さは、私もよく知っている。だからこそ、あんなにも才能に溢れた未来ある子供に、私達と同じような道を歩んで欲しくなかった! レオの才能はレオのものなのに、私が不出来な人間だからとそれを横取りしたくなかったんだ!!)


 今にも泣きそうな皺だらけの顔で、セレアードは懊悩する。

 いつかの日に、レオナードが子供ながらに全てを理解して、セレアードに渡したある制度の草案があった。それを見た瞬間セレアードはレオナードの才能を理解し、同時に、絶対にレオナードの才能を利用するような真似だけはしないと。そう、決めたのだ。

 それが彼の目標への明確な近道だと理解していながら、彼は息子を守るべく回り道を選んだ。そんな、これまでの十年強に及ぶ彼の懊悩が、一度に息を吹き返して彼の中で暴れていた。


「……本当に、大公になるつもりなのか」


 セレアードがぽつりと呟いた。まるで、違うと言って欲しそうな縋る声で。


「ああ。もう、それしか方法がないから。父さんも十分頑張ったよ……後は俺に全て任せて」


 しかしレオナードの意思は固く、セレアードの思いは彼の心にまで届かない。この言葉を最後に、レオナードは目を吊り上げ部屋を後にした。

 部屋を出たばかりのレオナードとすれ違ったヨールノスは、あまりにも雰囲気が変わったレオナードを見て不安げに「レオ……?」と呼び止めるも、


「…………父さんと一緒にどこかに隠れておいて。多分、母さんも狙われてるから」


 振り返る事なく言い残し、レオナードはまた歩き出した。

 その背を暫く見つめ、ヨールノスは慌ててセレアードの元に向かった。レオナードが出て来た部屋に入ると、そこには地に膝をついて項垂れるセレアードの姿が。


「あなた! 一体何があったの!?」

「…………ヨル。私は……私が情けなくて仕方無い」

「え……?」


 ヨールノスがドレスを揺らして駆け寄ると、セレアードはポタポタと地面に水滴を落とした。それは、一人の父親が流した悔しさだった。


「君を幸せにすると誓ったのに、全然幸せに出来なかった。レオとローズを守ってやれなかった。レオに全てを押し付けてしまった。私が家族の為にとやって来た全ては何一つとして上手くいかず、こうして最悪の結果を招いただけだった」


 歯を食いしばり、セレアードは嘆く。


「レオが私の代わりに大公になると、そう言ったんだ。あんな子供が、私の尻拭いの為にと……っ! 私は、私は……っ、我が子にあんな言葉を言わせた自分が情けない……!!」

「あなた…………っ」


 嗚咽を必死に堪えるセレアードを、ヨールノスはひしと抱き締めた。その目には、彼女の海のように深い愛情が如き大粒の涙が浮かんでいた。



♢♢♢♢



(──確か、この辺りにあった筈なんだけど……あぁ、あったこれだ)


 一人で戦う覚悟を決めたレオナードがまず向かった先は、城の物置部屋。その一角で埃を被った箱を取り出し、中を見た。

 その中身は拡声魔導具。それは大範囲にその声を届ける事の出来る代物。ディジェル領では主に魔物の行進(イースター)の際に使われ、魔物の大群を相手取る為の指揮に活躍する。


(これと音の魔力があれば、きっと……)


 レオナードは拡声魔導具を手に走り出した。人並みの身体能力と人並みの体力しか持たない彼は、寒さから何度も白い息を吐いて城を囲む外壁の櫓を目指した。

 肩で息をしながら外壁内部の階段を駆け登り、櫓にて見張りをする兵士に「どいて」と告げて街を見下ろす。


(外壁と城の破壊で領民達も混乱している。壊れた外壁周辺には人が集まってきてるし……抗議に出ていた人達はこれを好機と城内に侵入しているな)


 息を整えながら、レオナードは領民の様子を観察していた。


「れ、レオナード様。一体何が起きて……?!」

「しかしどうしてレオナード様がこちらに?」


 レオナードの背中にとにかく疑問をぶつけるのは見張りの兵士。領民による示威運動(デモンストレーション)だけでなく、外壁諸共城を破壊・襲撃されたこの状況にも関わらず、彼等は自らに与えられた役目を全うし、ここで見張りを続けていた。

 故に、彼等は今この地で何が起きようとしているのかを全く把握出来ていなかった。


「いいから、今は静かにしてて。これから全部説明するから」


 レオナードは深呼吸をして、拡声魔導具を起動する。それを口の前に掲げ彼は口を開く。音の魔力を使用した聞いた者の心に直接届く言葉が、拡声魔導具に乗せられ街中に拡散する。


《───聞け。一度口を閉ざし武器を下ろせ。今は領民同士で争ってる場合じゃないんだ、そんな無駄な事はするな》


 領民達はその声を聞いた瞬間、無意識に口を閉ざして武器を下ろした。そして、空から降り注ぐレオナードらしからぬ彼の言葉に耳を傾けていた。


《今から俺達が恥じるべき事実を伝える。我が領にとっての賓客たる王女殿下と、俺の妹ローズニカが何者かによって攫われた。先の轟音──城の破壊を実行した襲撃者達が犯人だと思われる。このような状況で、俺達が何をすべきか分かるか?》


 アミレスとローズニカが誘拐された事を知った領民達の顔が青ざめる。帝国唯一の王女と、領地の歌姫の誘拐事件……その事の重大性を彼等も理解したらしい。


《抗議か? 内乱か? 弾圧か? 違うだろ。俺達が今一番やるべき事は王女殿下とローズニカの救出だ! 何があろうとあの二人を助け出し、このような事件を起こした不届き者を法の下に裁く。それこそが、今の俺達がやるべき事だろ!!》


 その魔力ことばは人々の心に直接届く。どれだけ疑り深い者でも、純粋な者でも、誰もが等しくレオナードの声を聞いていた。

 それだけ、レオナードの言葉は人々の心に訴えかけるような感情的なものだった。それが音の魔力で力を増して軽い精神干渉をも起こした為、誰もがレオナードの言葉に意識を集中させていた。


《本来俺にはこうやって皆に語りかける勇気も、偉そうに命令する権利も無い。だけど……それでも今ばかりは俺の行動を許し、支えて欲しい。俺は、何があっても王女殿下とローズニカを助け出したいんだ! 一秒でも早く彼女達を取り戻したいんだ! だから頼む──……俺に皆の力を貸してくれ!!》


 曰く、この地で初めに妖精の祝福を受けたのは一人の天才だったと言う。

 その者は統治者として君臨し、やがてその地に生きる者達にも自身と同じ様に祝福を与えて欲しいと、仲のいい妖精に頼んだ。

 妖精は大好きな人間の為にと土地そのものに祝福を与え、そこに生まれる人間にも祝福が与えられるようにしてあげた。その恩を忘れさせないとばかりに、土地の民が統治者一族に服従するよう祝福に小細工までして。

 そのような過去があり、ディジェル領の民はテンディジェルの一族の言葉に無条件で従っていたのだが……それは時を経て効果を失っていた。

 しかし。今ここに、始まりの統治者と同等かそれ以上の天才(・・)が現れた。その才能をようやく自覚し、ここに活用せんとする者が。

 まさに統治者の再来。領民にとって……この地の者達にとって──レオナードは、服従しなくてはならない存在となったのだ。

 人々は、静かに跪いた。それは他ならぬレオナードへの服従の証。彼の言葉に従いたいと心より思った、領民達の本能から来た行動。

 レオナードは見渡す限り目に映る、何故か跪く領民達に若干戸惑いつつも話を続けた。


《そもそも俺には軍事執行権が無い。だから俺はここに宣言する。型破りで順序が何もかも間違っているけれど……我が父セレアード・サー・テンディジェルに代わり、レオナード・サー・テンディジェルが大公位を継承する!》


 彼の覚悟が詰まったその言葉に人々は歓喜した。領民達にとって服従すべき相手が、彼等の悩みの種をも解消して統治者になると宣言したのだから。

 それにより示威運動(デモンストレーション)は中止。内乱は未然に防がれ、更にはアミレスとローズニカを救い出す為に領民達はレオナードの下一つとなった。

 そう、これはまさに──アミレスが思い描いていた通りの展開となったのだ。

 一連の話を聞いて、ログバードは小さく口角を上げる。


「フ……ようやくか、レオ。待ち侘びたぞ」


 誰よりも早くレオナードの才能を見抜いていたログバードは、彼の才能がようやく開花した事を知って、嬉しそうな声を漏らした。


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