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272.ある襲撃者の扇動

 大混乱に支配される城内を、何人もの侵入者達が疾走する。

 一人は計画の要たる人物に接触する為。一人は協力者達をこの城から連れ出す為。残りの五人は陽動として得物を使ってとにかく暴れていた。

 別働隊の一人、索敵能力にも長けたヘブンは、城内を走りながら所持していた鏡に魔力を感知した。懐からそれを取り出し、追っ手の攻撃を躱して「どうしたクソガキ」とおもむろに言葉を零す。


『こちら、ターゲットの誘拐及びその他回収完了。オーバー?』

「は? ンだよオーバーって」

『悪ぃ悪ぃ、とにかくそっちは大丈夫か?』

まだ(・・)殺しは禁止だからクソめんどくせぇ。だが後五分もありゃこっちもいける」

『おけ〜、じゃあ五分後に迎えに行くわ』


 ヘブンはカイルとの鏡の魔力を用いた通信を終えると、その手に持っていた鏡に今度は自ら魔力を込め、


「お前等、後五分間はとにかく暴れ続けろ。五分後にクソガキが迎えに来る事になったから、その時点で侵入経路辺りに集合しろ、いいな」


 陽動班にカイルとの話を共有した。

 一度に複数の鏡と繋げると、流石に一方通行でしか声を届けられない。なので、ヘブンは僅かながらにスコーピオンの面々がこれを聞いていない可能性を考慮した。

 しかし、それは杞憂だった。


「「「「「了解!」」」」」


 決してヘブンには声が届かずとも、スコーピオンの面々はヘブンの言葉をきちんと聞いていた。

 それぞれ別々の場所で己の役目を果たそうとする彼等彼女等は、頭目リーダーの言葉を聞いて、ほぼ同時に反応していたのだ。これがスコーピオンの絆である。


(……でけぇ鏡)


 ヘブンは道中で鏡を見つけた。これを好機とばかりに、彼はその鏡に触れて魔法を使う。


「──干渉範囲は城内全域。ターゲットのいる場所に最も近い鏡に繋がれ!」


 刹那、その鏡には全く違う景色とある少年の姿が映った。まるで波打つ水面かのごとく鏡は揺らぎ、ヘブンの体を飲み込んでゆく。

 ほんの数秒間。瞬く間に、ヘブンは先程までとは全く違う場所に辿り着いた。

 鏡から平然と出て来た侵入者を目の当たりにし、少年とその父親らしき人物は目を白黒させた。


「だ、誰だ!?」

「覆面……報告にあった侵入者か!」


 父親──セレアードがレオナードを庇うように前に出る。その後ろで、レオナードは状況を分析していた。


(あのガキが、この作戦の要ねェ。確かにちと頭が働くように見えるが、それでもガキだ。果たして計画通りに行くのか? ったく、ガキ共に貸しがなければ誰がこんな厄介事……!!)


 本当に面倒な計画に巻き込まれたと、ヘブンはもう何度目かも分からない後悔に、ため息を強く吐き出した。


「……──あー、オレ達は秘密結社ヘル・スー……ベニア? だ。ここの歌姫と、氷結の聖女はオレ達が戴いた」


 随分とまぁやる気のない事で。

 ヘブンの役割は、この計画の要たるレオナードが動かざるを得ない理由を伝える事──つまり、ローズニカとアミレスの誘拐の事実を告げる事だった。

 本当にこんなので上手くいくのかと半信半疑な彼の心境が、その声音に滲み出ている。

 普段のレオナードならば、ここで多少疑う事もあっただろう。だがしかし、今の彼からはそのような冷静さが欠けてしまっていた。


(……──今、なんて?)


 急激に襲いかかる恐怖に、レオナードは戦慄いた。心臓が強く早く鼓動する。恐怖に引っ張られて震える薄い唇から、消え入るような声が漏れ出る。


「ロー、ズと……王女殿下、が……さら、われた?」

「ッ、何が目的だ! 一体何の目的があって、王女殿下と私の娘を!!」


 セレアードの問いに、ヘブンは「ハンッ」と鼻で笑う。馬鹿にするような反応が相当癪に障ったのか、セレアードはわなわなと肩を震わせて、真っ赤な顔でヘブンに詰め寄った。


「何がおかしい!?」

「何もかもがおかしいだろ。つぅか……テンディジェルの人間ならそれぐらい自分(テメェ)で考えろよ、クソ野郎」


 セレアードがヘブンに掴みかかろうとしたものの、相手はフォーロイト帝国随一の港町を裏で支配する闇組織の頭目。

 例えディジェル人らしい肉体を持っていようとも、一筋縄ではいかない。

 しかもセレアードは元より外で遊ぶより部屋で本を読むタイプの人間だったので、体術なんかは護身術程度しか習得していない。

 そんな男が、裏社会の荒くれ者達を統率するヘブンに勝てる筈がなかった。

 足を払われたセレアードがバランスを崩して倒れそうになると、そこですかさずヘブンは彼の腹部に膝蹴りをお見舞いした。

 呻き声を上げながらその場で蹲るセレアードを見下ろし、ため息を一つ吐き出してからレオナードに視線を移して、


「……返して欲しけりゃ奪い返してみろ。お前にそんな事が出来るとは思わねェけどな」


 吐き捨てるように言い残して、ヘブンは鏡の中に戻ってゆく。

 鏡を通って移動し、数分後には集合場所に到着した。そこには既に他の別働隊メンバーの姿があった。軽く言葉を交わしつつ、迎えを待つ面々。十分頃が経ってようやく迎えの人間が姿を見せた。


「わりー、ちょっと向こうでやべー騎士と執事にシメられてて迎えに来るの遅れたわー」


 ヘラヘラとした口調。しかしどこか疲れが見え隠れするそれを聞いて、ヘブン達はカイルなりの苦労を悟り、遅刻した事を責めるに責められなかったようだ。


「それじゃあ早速お前等の事を転移させるから。ちょっと気分悪くなっても許してくれめんす〜」

(((((くれめんす……?)))))


 疲れて気が抜けたカイルから脳死で発せられた謎の発言に、スコーピオンの面々は脳内で疑問符を浮かべていた。

 別働隊を転移させ、カイルは背伸びをしながら一息つく。一人だけその場に残り、カイルは「もう一仕事頑張りますか」と遠くを見据えた。

 実はカイルにはまだ仕事が残っていた。この後、アミレスとローズニカを攫った襲撃者がどこに逃げたのか──それを領民達に懇切丁寧に教えてあげる為に、カイルがその囮役を担う事になっていた。

 カイルならばいざと言う時戦う事も逃げる事も可能なので、適任だとの判断である。ちなみにこれはカイル自らが立候補した役回りだ。


(あんだけ多くの人に追いかけられてリアル大逃走とか、何が起きるか分かんねぇしな。女にやらせるぐらいなら俺がやるしかねぇよな)


 遠くに見えて来た追っ手達の姿に、カイルはうげぇ〜と声を漏らした。

 古今東西、戦場に身を置く男達というものは時にやりすぎて(・・・・・)しまう生き物だ。相手が彼等にとっての大罪を犯した罪人なら尚更。

 もし囮役を女に任せ、万が一領民達に捕まるような事があり惨たらしい暴力に遭ってしまったら──。

 そんな最悪の事態を予想して、カイルは自ら危険な役回りを受け持つ事とした。女が苦手……いや嫌いではあるのだが、彼はそれ以上に、女を欲の捌け口として認識する人の形をしたゴミが心底嫌いだった。

 故に、彼は嫌いなものを守るような行動に出る。


「いたぞ! あの覆面、襲撃者だ!」

「追えーーーーッ!」

「至急襲撃者を捕らえよ! 拷問でもしてローズニカ様の居場所を吐かせろ!!」

「敵は一人だ。周囲に彼奴の味方が潜んでいる可能性とてある、警戒は怠るな!」


 追っ手がついにカイルの姿を捉えた。当然カイルはとっくにそれに気づいている。なので、すかさず翼の魔力でその背に翼を生やし空を駆けた。

 領民達は鳥のように空を飛ぶ男を見上げ、騒ぎながらもその行方を追う。魔法を放ち、カイルを撃ち落とそうとするが……何一つとしてカイルには届かなかった。


「何か思ってたより余裕だなこれ。あ、やべ……めっちゃフラグ建てた気がする〜!」


 悠々と。誰にも聞こえないからと、空中で一人騒ぐ。

 あくまでも領民達がその行方を辿れるよう、わざとらしく低空飛行でゆっくりと飛行するよう心掛け、カイルはまるで忖度のような逃走を繰り広げたのだった。


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