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270.必要悪の動機2

「おはよう二人共。今日もちゃんと部屋で寝た?」

「おはようございます、王女殿下。命令通り部屋で就寝しました」

「おはようございます、主君。ワタシも仕事を終え次第自室で寝ました」


 扉を開けると、当然のように二人が部屋の前にいる。

 実はこれ、この旅が始まってから習慣化したやり取りなのだ。本当に毎朝確認しないとこの人達すぐ夜通しなんかするから……! 半分は私の所為みたいなところがあるから、私が二人の健康を守る義務がある。

 その為、毎朝の『ちゃんと寝た?』というやり取りを習慣にしたのだ。

 二人が虚偽の申告をしてない限り、このやり取りを習慣化してからはちゃんと寝てくれているらしい。


「………………王女殿下。つかぬ事をお伺いしますが、そちらの犬は一体……?」


 イリオーデの困惑混じりな視線が、私の足元に向けられる。


「朝起きたらいたんだよね。城の人達に確認して問題無さそうだったら、引き取らせてもらおうと思って。名前はセツだよ」

「は、はぁ……。一体どこから、そもそもどうやって王女殿下の寝室に侵入したのでしょうか」

「それが私にも分かんないの。結界張ってたから、普通に考えたら鼠一匹入れない筈なんだけどね」

「もしや、その犬は何らかの能力を保持しているのでは? ワタシにお任せください。必ずや吐か……明らかにします」

「いやいいよ。特に敵意や悪意は感じないし。多分、この子は悪い子じゃないから」


 突然の見知らぬ犬に困惑するイリオーデとアルベルト。そりゃそうなるよね、と納得の反応に私は苦笑する。

 ひとまずセツを連れて朝食の席に向かう。

 道中でこちらを二度見する侍女とすれ違ったので、テンディジェル家に犬が苦手な方がいないかどうかを聞いておいた。

 そういう方は特にいないと返って来たので、食堂の前までセツを連れて行って一旦おすわりさせた。

 食堂の中で待ってくれていたテンディジェル家の方々に事情を話して、セツを見に食堂の前まで出て来てもらった。


「何だァ、この犬っころは」

「初めて見たね……」

「えぇ……こんな犬、この城にいましたか?」

「見て下さいお兄様! とっても可愛い犬ですよ!」

「そうだね。雪みたいに真っ白だ」


 セツを見たテンディジェル家の方々は、完全に初見の反応をしていた。ちなみに城の人達にすれ違う度にセツの事を聞いていたけれど、見事に誰も知らなかった。つまりセツはこの城の子ではないという事。

 ……この子本当にどこから来た子なのかしら。


「この子はテンディジェル家のペットではないのですね? でしたらわたくしが引き取っても構わないかしら?」

「勿論構いませぬ。ただ、一つ気になる点があって……」

「気になる点?」


 大公が含みのある言い方をする。


「えぇ。ディジェル領の犬と言えば成人男性程の体長の猟犬なので、このようなごく一般的な小さい犬が生息していたとは思えないんですわ」


 マジか。成人男性と同等の大きさの猟犬と比べられたら当然か……というかそんなおっきい犬しかいないの? この領地。


「つまり、どこから来たか分からないと……」

「そうなりますなァ……」


 じっと皆でセツを見つめる。セツは、私と目が合った時だけ「ワンッ!」と元気よく鳴いた。

 私以外の人が触ろうとすると何故かツーンとして、私が触ろうとする時だけ尻尾を振る。

 この子、人懐っこいと思ってたけど実はそんなに人懐っこくない? 私以外には塩対応過ぎないかしら……。

 結局セツがどこから来た子なのか分からないまま、私達は朝食を食べる事に。朝食を食べている間も、セツは少し離れた所で凄く大人しくおすわりして待ってくれていた。


 朝食後、私の寝室にて最後の作戦会議を行う事に。今日はレオ達も明日に控えた即位式の準備があって忙しいとかで、特に何かに誘われる事も無かったので引き篭るのは簡単だった。

 ヘブン達別働隊とも鏡を使って通信し、私はセツを抱えてモフモフを堪能しつつ作戦会議に臨む。

 まず初めに、昨夜も仕事をしていたアルベルトによる情報が共有される。


「領民達は昼頃に最終勧告として城門前で抗議するとの事です。その抗議でセレアード氏が領民の声に応えたら内乱までは行かない模様。しかし、その可能性は九分九厘無いので間違いなく内乱が発生します」


 アルベルトはキッパリと断言した。だがそれには私も同意である。

 セレアード氏がいかに奥さんを愛しているか……それはここ数日で、見てるこっちが恥ずかしい程理解した。そんなセレアード氏が奥さんを切り捨てる選択を取る事だけは無い。

 出会って数日の私達でさえそう確信しているのだから、領民達も最終勧告にはなんの期待もしていないのだろう。

 端から内乱を起こすつもりで、領民達はこの日を迎えただろうから。


「領民達の作戦としては、城内の協力者に城門を開けさせて城内に侵入。セレアード氏と夫人を殺害する事が最終目的だそうです。その過程で、どうやら公女を自陣に引き込む思惑も一部ではあるようです。以上が、俺が昨夜聞いた内容になります」


 アルベルトには昨晩、内乱を画策する領民達が集会などを行う拠点に潜入してもらい、何かいい情報が無いか探ってきてもらったのだ。

 どうせこの手合いの集団は直前に作戦会議をする。今の私達のように。

 なので昨夜に山を張って潜入してもらったところ、領民達は有難い事にペラペラと作戦内容を話していたとの事。

 お陰様で私達は相手の出方をほぼ全て把握出来たのだ。


『あー、じゃあ俺達が動く時、ド派手にぶちかました方がいいか』

『ド派手って、具体的にはどうするつもりなんだよクソガキ』

『え? そりゃあもう……船沈めた時と同じぐらい思いっきり魔法ぶちかまそうかなって』

『…………つーかやっぱりお前等だったんだな、あん時船沈めたのは! マジで何なんだよお前等!!』


 鏡の向こうで、カイルとヘブンが楽しそうにぎゃあぎゃあ騒いでいる。


「その件だけど、別働隊にはとにかく思いっきり暴れて欲しいの。それこそ、私達三人でさえも為す術なく……って思われるぐらい思いっきり。だからルカの案には賛成よ。完全犯罪術式(コード・モリアーティ)だっけ? あれも、人が死なない程度ならぶちかましていいよ」


 初日につい張り切り過ぎて、私達三人の強さを周知のものにさせてしまったので、カイル達にはちょっと頑張ってもらわなくてはならなくなった。

 わざとじゃないのよ、わざとじゃ。

 その尻拭いをさせるようで少し申し訳無いのだが、私は躊躇いなくカイルにゴーサインを出した。


『よっしゃ任せろ、こんな事もあろうかと攻城戦専用の魔法作って来たからさ』


 何をどう生きてたらその可能性を想定するのか分からないけど、流石は天才ね。頼りになるわ。


『魔法を作る……?』

『前々から思ってたけど、アンタ、何者なんだよ?』


 ヘブンによって選抜されたスコーピオンの構成員、ラスイズとマノがカイルに詰め寄る。カイルは『どこにでもいる普通のオタクだよ』と適当にはぐらかしていた。


「ああそうだ、計画決行は抗議が始まった直後だけど……そっちは準備出来てる?」


 話を進めるべく、話題を変える。


『おう。魔法薬で髪色変えて、覆面も変装も完璧だぜ。今は城近くの宿の一室で待機中だ』

「ルティが取っておいた部屋に無事入れたのね」

『座標さえ分かればこっちのモンだからな。計画決行のタイミングは、抗議開始直後なら好きなタイミングでいいんだな?』

「そこは貴方の采配に任せるわ。別働隊の指揮官は貴方なんだから」


 淡々と作戦の最終確認をしてゆく。

 別働隊には城内の地図と兵の配置図を全て頭に入れてもらって、内乱発生より前に城に突入する手筈になっている。

 そしてその後、私達は必要悪(スケープゴート)となり、大事件を起こす。

 半年以上かけて準備して来たこの計画……絶対に成功させなくては。


『──そんじゃ、また後でな。そっちも手筈通りに頼む』

「勿論よ。また後でね」


 作戦会議が終わり、鏡が普通の鏡に戻る。

 ふぅ……と一息ついてから、私は立ち上がってイリオーデとアルベルトに言葉を投げかけた。


「イリオーデ、ルティ。悪人になる覚悟はいい?」


 この言葉に二人はその場で跪き、


「──勿論でございます。私は貴女様の剣です。どのような戦場でも、お供致します」

「──主君のお望みとあらば、俺は巨悪にだってなってみせます」


 強い意思の篭った声で肯定を口にした。

 相変わらず大袈裟だと思う反面、これでこそこの二人だと思えてしまう今日この頃。慣れって怖いな。

 ──この作戦会議から二時間弱。城門前にぞろぞろと領民達が集まり始めたと、偵察に行ったアルベルトから報告があった。

 ついに、私達の計画が始動する。



♢♢



「そんじゃ、そろそろやるかぁ」


 瞬間転移で宿から抜け出した別働隊の面々は、城門前に群がる民衆を見て計画を決行する。


「おいクソガキ、ここは予定していた侵入経路とは違う場所だが」

「いいんだよ、ここで。どうせ俺がいりゃどっからでも侵入出来るんだから」

「はぁ?」


 ヘブンの圧をのらりくらりと躱しつつ、カイルはサベイランスちゃんを起動した。


「さぁ見せてやるか、サベイランスちゃん。じゃんじゃん活躍しちゃおうぜ! 大戦兵器化(モード・ワルキューレ)、発動!!」


 ぽかんとするヘブン達を置いて、カイルは活き活きと宣言した。

 その瞬間、夥しい量の魔力がサベイランスちゃんに集約する。


《星間探索型魔導監視装置、限定起動。魔導変換開始。事前指定、目次参照完了。魔力属性の並行使用最大値を記録……演算処理の最適化、完了。形状変化、開始。大戦兵器化(モード・ワルキューレ)──発動》


 無機質な音声と共に、その魔導具は変形する。

 何重にも魔法陣を重ね、現在進行形で質量を増してゆくそれは、やがて全長三メートル程あるスナイパーライフルのような形状へと変化した。

 眼前で起きた目を疑うような出来事に、ヘブン達は開いた口が塞がらなかった。そんな彼等に、カイルによって更なる追い討ちがなされる。


「サベイランスちゃん、一定範囲の無機物だけ破壊して」

《承認。破壊対象、無機物に限定。生物には無効となる術式を再構成……完了》

「よしっ。ぶちかましてくれよ、サベイランスちゃん!」

攻撃準備カウントダウン、開始。三、二、一……──魔力圧縮弾、発射》


 その銃口に、大中小と魔法陣が三つ。放たれた弾丸は、その魔法陣を通過する度に規模と威力を増幅させた。

 地に固定された大砲と見紛う巨大な狙撃銃は、カイルの膨大な魔力を最高効率で弾丸へと変化させた。

 これに用いられた魔力属性の数、およそ十五。彼の持つ魔力の大半を使用して、最も効率的に銃と弾丸を顕現させたのだ。

 しかしこれはただの銃と呼ぶにはあまりにも──、


「ビームは男の浪漫だよなぁ!」


 破壊力が異常だった。サベイランスちゃんから放たれた一撃は、尋常ではない量の魔力を消費したビーム砲だったのだ。いやはや、弾丸とは。

 カイルのめちゃくちゃな命令オーダーにも完璧に応えたその一撃は、当然のように城門と外壁を破壊し、更には城の一部に巨大な空白を作り上げた。

 しかし。この一撃で死に絶えた生物は一つとして無かった。この一撃は……本当に、無機物のみを破壊してみせたのだ。

 だが銃口付近の地面は抉れ、衝撃波で近くの建物の窓はことごとく割れた。

 あまりにも濃く強烈な魔力の塊が放たれた事により、付近にいた人達の大半が魔力酔いを起こした。

 ……この通り、人的被害がゼロという訳ではないが。


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